悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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データ

自宅の扉を閉めた瞬間、ようやく世界の音が一枚だけ外へ追い出された気がした。

戦いの後に残る静けさというのは嫌いじゃないが、今夜のそれは安堵よりも、まだ終わっていない問題を机の上へ並べ直すための静けさだ。

俺は上着を脱ぐより先に居間の灯りだけを点け、ソファへ腰を下ろす代わりに、そのまま立ったまま息を吐いた。

ナハトヴァールは終わった。

はやても取り戻した。

だが、夜天の書という災厄から切り離されたあの女――リインフォースが、このまま何事もなく残れるほど、世界は都合良く出来ていない。

救えたと言うには、まだ早すぎる。

 

「……ボス、帰ってきてからずっと怖い顔をしてるです。まだ噛み足りない相手がいるですか。」

デルタが、ソファの背へ身を乗り出すみたいにしてこちらを覗き込んでくる。

こういう時、こいつは分からないなりに一番まっすぐだ。

敵がいるなら噛み砕く。

ボスが困っているなら横に立つ。

理屈がなくても、それだけは揺れない。

 

「噛めば済むなら簡単なんだけどね、そういう話じゃないって顔でしょ、それは。」

ゼータが壁にもたれたまま、腕を組んで俺を見る。

気楽に言っているようで、目だけはちゃんと状況を測っている。

イータはテーブルへ持ち込んだ端末を前に、眠そうな顔のまま椅子へ沈み込み、画面へ青白い光を映していた。

それでも、指だけは止まらない。

研究の匂いがし始めると、こいつは眠そうなまま手数だけが増える。

 

「うーん……リインフォース、消える可能性、高いね。夜天の書の人格機能として成立してるなら、本体を止めた後に維持できる保証が薄い……かも。」

イータがそう言って、端末の画面をこちらへ向ける。

魔力波形の図と、夜天の書の反応ログが並んでいるが、見た目だけならよく分からない。

だが、こいつが“高い”と言う時は、だいたい嫌な方へ外れない。

 

「要するに、書を止めたらリインフォースまで巻き込まれるって話か。」

俺がそう返すと、イータは小さく頷き、眠そうな声のまま続けた。

「うん。人格だけ独立してるように見えても、基盤は夜天の書に依存してる。だから、本を止めるのと同時に、居場所を失って消える可能性が高い……ね。」

デルタが眉を寄せる。

「じゃあ、リインフォースは助からないですか。せっかく、はやて達があんな顔をしたのに、それは嫌です。」

ゼータがその言葉にすぐ乗る。

「嫌で済めばいいんだけど、問題は方法があるかどうかだね。助けたい、で押し切れるなら誰も苦労しない。」

 

俺はテーブルの端へ手を置き、少しだけ視線を落とした。

助けると決めた以上、方法がないで終わらせる気はない。

だが、決めたから出来るわけでもないのが、この手の話の面倒なところだ。

リインフォースは人間じゃない。

だが、ただの機能でもない。

人格がある。

意思がある。

主を想い、間違い、苦しみ、それでも最後には救われることを望んだ。

そんなものを“データだから”“プログラムだから”で片付けるのは、あまりにも雑だ。

 

「方法があるとしたら、一つだけ筋があるかもしれない。」

俺がそう言った瞬間、イータの目がほんの少しだけ冴えた。

ゼータもデルタも、同時にこちらを見る。

 

「仮面ライダーの中に、身体そのものじゃない場所へ成立していた意識の前例がある。」

イータがすぐに食いつく。

「……例えば?」

「Wのフィリップだ。」

俺は壁の時計を一度だけ見てから、ゆっくり説明を始めた。

「完全に同じじゃないが、あいつは単純な生身の人間として閉じた存在じゃなかった。地球の記憶と繋がって、情報そのものに近い在り方をしていた。」

 

ゼータが目を細める。

「つまり、人格や記憶が、生身の肉体だけに固定されていたわけじゃないってことだね。」

「ああ。それに、もっと分かりやすい例ならバグスターだ。」

イータが端末へ何かを打ち込みながら、声の速度だけ少し上げる。

「エグゼイドの、あれだよね。データとして成立してるのに、自我があって、感情があって、欲求も独立している生命体。」

「そうだ。」

俺は頷いた。

「人の身体から生まれ、データとして独立し、それでも人格を保っていた。つまり、存在の器が“人間の身体”じゃなくても成立する前例はある。」

 

デルタが難しい顔をしながらも、なんとか話へついてこようとする。

「えっと……つまり、リインフォースも、本じゃなくて別の場所に入れれば、生きられるかもしれないってことですか。」

「だいたいそういうことだ。」

俺がそう言うと、デルタの顔が少し明るくなった。

単純でいい。

単純な答えが必要な時もある。

 

イータが椅子から少しだけ身を乗り出す。

「だったら、理屈は立つね。リインフォースは“本の中の人”じゃなくて、“本を通じて成立してる人格”として切り分けられるかもしれない。」

「夜天の書そのものを残す必要はない。人格機能と暴走機能を分離して、人格だけ別の器へ移す。うん、それなら筋は通る……かも。」

ゼータがすぐに釘を刺した。

「筋が通るのと、成功するのは別だよ。移すって言っても、夜天の書と繋がってる間に無理やり引き剥がしたら、その瞬間に人格の方が裂けるかもしれない。」

「うん、それはあるね。」

イータはあっさり認めた。

「失敗したら、意識が壊れるか、魔力だけ残って人格が抜ける。そうなると救出じゃなくて事故……ね。」

 

俺は腕を組んだまま、イータの言葉を頭の中で並べる。

前例はある。

理屈も立つ。

だが、問題は成功率だ。

いや、正確には、失敗条件をどこまで潰せるかだ。

 

「成功率はどうだ。」

俺が問うと、イータは少しだけ考える仕草をしてから答えた。

「今のままだと、かなり低い。でも、器の質を上げて、移送の瞬間を安定させて、外からの干渉を全部切れれば……上がる。」

「ふわっとしてるな。」

「うーん……研究の初期段階って、だいたいこんなものだよ。」

「そのまま実行したら失敗する段階ってことだ。」

「そうとも言うね。」

 

ゼータが壁から背を離し、テーブルの横へ歩いてくる。

「器はどうするの。夜天の書と同格か、それに近い保存能力がないと、住み替えた瞬間に崩れる可能性がある。」

イータは端末を操作しながら答える。

「ユニゾンデバイス系統の器が一番近いと思う。補助人格を受け入れる設計なら、適性はある……かも。」

「でも、そんな都合のいい器が今すぐあるわけじゃない。」

ゼータの言葉は冷静で、だからこそ話を前へ進める。

楽観は役に立たないが、悲観だけでも何も作れない。

 

「作ればいい。」

俺がそう言うと、三人とも一瞬だけ黙った。

俺はその沈黙の間に、自分の中で答えを固める。

助けると決めた。

前例もある。

なら、足りないのは器だけだ。

器がないなら作る。

単純な話だ。

 

「理屈が立つなら、あとは現実へ落とすだけだ。」

イータの目がまた少しだけ明るくなる。

「つまり、やるんだね。」

「当たり前だ。」

俺は即答した。

「助けるって決めた以上、方法があるならやるだけだ。成功率が低いなら上げる。器がないなら作る。失敗条件があるなら潰す。」

デルタが勢いよく身を乗り出す。

「だったら、その器ってやつを守ればいいんですよね。移してる間に邪魔する奴がいたら、デルタが全部噛み砕くです!」

ゼータが呆れたように笑う。

「発想が最後まで獣だね。でも、役割としては間違ってない。」

「褒められたのです?」

「半分だけ。」

 

イータは端末の画面を切り替えながら、今度は完全に研究者の顔になっていた。

眠そうなのに、言葉の密度だけが濃くなる。

「じゃあ、必要なのは三つだね。人格保持に足る器、移送経路の安定化、それから夜天の書との切断タイミング。これを全部揃えれば、理論上は可能。」

ゼータがすぐに補う。

「理論上、ね。実際には夜天の書の残滓が黙ってない。管理局だって下手に動けば止めに来る可能性がある。」

「なら、余計に急ぐ必要がある。」

俺はそう言って、テーブルの上の端末へ視線を落とした。

「夜天の書の残滓が完全に沈む前に、リインフォースの座標と人格波形を固定する。器の作成は並行。外部対策はこっちで切る。」

 

イータが小さく笑う。

「うん、その並べ方は嫌いじゃない。データ取りの順番としても綺麗。」

ゼータは肩をすくめた。

「毎回そうだけど、結局は面倒な方向へ一直線だね。」

デルタは嬉しそうに尻尾を揺らす。

「でもやるんですよね。だったらデルタはもう大丈夫です。何を噛めばいいか、あとで教えるです。」

 

俺はようやくソファへ腰を下ろし、背もたれへ深く身体を預けた。

戦闘の疲れはある。

だが、それより先に頭が回っている以上、まだ休む段階じゃない。

問題は山積みだ。

だが、最悪のまま詰んでいるわけじゃない。

方法はある。

希望という言葉を簡単に使う気はないが、それでも、今夜の議論はそこへ手を伸ばせるだけの形をしていた。

 

「理論は立った。」

俺がそう言うと、イータが眠そうに頷く。

「うん。あとは作るだけ……ね。」

ゼータがすぐに切り返した。

「作るだけで済まないのが、毎回の問題だけど。」

デルタは一番簡単な言葉で、それでも一番大事なことを確認する。

「でも、やるんですよね。」

 

俺は三人を見て、短く答えた。

「当たり前だ。」

それだけで十分だった。

助けると決めた以上、あとはやるだけだ。

 

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