悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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希望の魔法使い

オーロラカーテンを抜けた先で、空気の匂いが僅かに変わった。

海鳴の夜より乾いていて、それでいて、どこか焦げたような魔力の残滓が薄く漂っている。

なのは達は周囲を見回し、クロノは無意識に結界の反応を探り、ユーノは自分の知るどの世界とも違う流れに眉を寄せていた。

俺はそんな連中をひと通り見渡してから、面倒な教師役を引き受けるみたいに肩を鳴らした。

 

「さて、課外授業の続きだが、まずはこの世界の前提からだ」

 

俺がそう言うと、晴人は少し離れた場所で呆れたように息を吐いた。

いきなり自分の世界へ連れてこられた挙げ句、説明役まで押しつけられそうになっているんだから、機嫌が良い方がおかしい。

けれど、こいつはそういう顔をしながらも、必要な場面ではちゃんと立つ。

そういうところが、魔法使いの仮面ライダーらしい。

 

「この世界の魔法は、お前達の魔法とは少し違う」

「術式を積み上げて、理論で扱う力じゃない」

「絶望を乗り越えた人間が、自分の内側に宿した怪物の力を制御して使う、それがこっちの魔法だ」

 

なのはが目を瞬かせる。

魔法という言葉から想像するものが、最初から違っているんだろう。

無理もない。

ミッド式だのベルカ式だのと聞いて育った連中からすれば、絶望から魔法が生まれるなんて、まともな理屈には見えない。

 

「絶望を乗り越えた人間が、魔法を使う……」

フェイトが小さく繰り返すと、晴人が帽子のつばを軽く触りながら口を開いた。

 

「こっちじゃ、そういう資格を持った人間を“ゲート”って呼ぶ」

「そいつらの心の中には、ファントムって怪物が生まれる」

「普通ならそいつに食われて終わりだけど、絶望を越えた奴だけが、逆にそいつを抑えて魔法を使えるようになる」

 

「ファントム……」

はやてが胸の前で手を組みながら、その言葉の重さを測るみたいに呟く。

守護騎士達もまた、ただの怪物とは違うものを感じ取ったのか、軽口を挟まずに俺達の話を聞いていた。

 

「怪物退治の話じゃないってことだ」

俺はそう言って、全員の視線を一度まとめて受け止める。

「ファントムってのは、人間の絶望が形になったものだ」

「だからウィザードの戦いは、出てきた怪物を倒すだけじゃ終わらない」

「その人間が、絶望へ落ち切る前に救えるかどうかまで含めて、ようやく一つの戦いになる」

 

クロノが腕を組んだまま低く問う。

「つまり、その仕組みを利用すれば、人間を怪物へ変えることも出来る、ということか」

「出来る」

俺は即座に頷いた。

「そして、それを一番深く理解して、一番最悪な形で使った人間がいた」

 

そこで晴人が、少しだけ顔をしかめる。

この先の話が、こいつにとっても気分の良いものじゃないからだ。

だが、それでも俺は続ける。

 

「笛木奏」

「優秀な物理学者で、娘を喪った男だ」

「そいつは死んだ娘を取り戻すために、魔法へ手を出し、サバトって儀式まで起こした」

「魔法使いになれる人間を選び、必要なら踏み台にして、世界の理ごと捻じ曲げてでも失った娘を引き戻そうとした」

 

なのはの顔から、少しずつ色が引いていく。

フェイトは何も言わない。

だが、その沈黙の形だけで、こいつがもう次の名前を頭の中に浮かべていることは分かった。

 

「……似てる」

小さくそう漏らしたのは、ユーノだった。

頭の回るこいつは、こういう時に妙に結論が早い。

 

俺は視線をフェイトへ向ける。

逃がすつもりはないし、逃がしたところで、ここまで話が進めば意味もない。

 

「フェイト」

「お前の母親、プレシア・テスタロッサ」

「やってたことの形は違うが、根っこは笛木と同じだ」

 

フェイトの肩が僅かに揺れた。

けれど、目は逸らさない。

それでいい。

目を逸らしたところで、過去の形が変わるわけじゃない。

 

「笛木は魔法と儀式を使って、死んだ娘を取り戻そうとした」

「プレシアはジュエルシードとアルハザードに縋って、失ったアリシアへ手を伸ばそうとした」

「違うのは手段だけだ」

「どっちも、喪ったものを取り戻したい一心で、今生きてる誰かを手段にした」

 

フェイトの唇が、きつく結ばれる。

あいつにとって、それは母親を否定されるのと同時に、自分がどう扱われていたかをもう一度突きつけられる話でもある。

だが、ここで曖昧にしてやる気はなかった。

痛いところを避けた授業なんて、教師ごっこにもならない。

 

「理解は出来る」

俺は少しだけ声を落とした。

「喪った誰かを取り戻したいって願いそのものは、別に否定しない」

「失いたくなかった。やり直したかった。救えなかったことを認めたくない」

「そんなもん、人間なら誰だって一度くらいは考える」

 

その言葉に、なのは達が少しだけ顔を上げる。

否定のためだけに話しているんじゃないと、そこでようやく伝わったんだろう。

だが、本題はそこからだ。

 

「けどな」

俺はそこで一拍置く。

「願いがどれだけ強くても、それだけで正しさは決まらない」

「失ったものを取り戻したいって気持ちが本物でも、そのために今を生きてる誰かを犠牲にした時点で、そいつはもう救う側じゃない」

「ただ、自分の願いを他人へ押しつける災厄になる」

 

晴人が静かに息を吐く。

こいつにとっても、その結論は綺麗事じゃない。

実際に笛木の事件を見て、戦って、止めた人間だからこそ、なおさらだ。

 

「力ってのは、願いが強ければ正しくなるわけじゃない」

俺は一人ずつ顔を見ていく。

なのはも、フェイトも、はやても、クロノも、ユーノも、守護騎士達も、さっきまでとは少し違う顔で俺を見ていた。

戦いの後だからじゃない。

自分達の知っている痛みと、今聞かされた他世界の痛みが、同じ線の上にあると分かったからだ。

 

「力の本質は、願いの強さではなく、何を守るために使うかで決まる」

 

言葉が落ちたあと、しばらく誰も喋らなかった。

風の音だけが、知らない世界の空を薄く撫でていく。

その沈黙を最初に破ったのは、はやてだった。

 

「……守りたいって思うだけやなくて、誰を守るかを間違えたらあかん、ってことやな」

 

「そういうことだ」

俺は短く答える。

「喪った過去を取り戻すために力を使うのか」

「それとも、今ここにいる相手を失わせないために力を使うのか」

「似てるようで、その二つはまるで違う」

 

フェイトがゆっくりと息を吐く。

「母さんは……取り戻す方へ行った」

「でも、私はもう、あの時とは違う」

 

なのはも頷く。

「うん。失ったものを追いかけるんじゃなくて、今ここにいる人を守る方を選びたい」

 

俺はそれを聞いて、少しだけ肩の力を抜いた。

最初から全部を理解させるつもりはない。

だが、少なくとも、今の一言が出るなら十分だ。

授業としては、な。

 

晴人が隣でぼやく。

「全く、お前の課外授業は重すぎるんだよ」

「軽くしたところで意味がないだろ」

「それはそうだけどな」

 

そこで俺は、もう一度全員を見渡した。

ここから先も話すべきことはある。

だが、今の話だけでも、こいつらの中で何かは確実に変わった。

それなら、この授業は無駄じゃない。

 

「さて、今のが前半だ」

俺がそう言うと、なのはが露骨に顔をしかめる。

「えっ、まだ続くの……?」

「当たり前だ。課外授業は一時間って最初に言っただろ」

「ほんとに、先生みたいなこと言うね……」

「先生だからな」

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