悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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課外授業の終わり

戦兎の言葉が静かに落ちたあと、研究室の中には、機械の駆動音だけがかすかに残った。

さっきまで聞いていた旧世界の記録と、今ここに立っている新世界の穏やかさがあまりにも噛み合わなくて、なのは達は誰もすぐには口を開けなかった。

それでいいと、俺は思う。

軽く頷いて終わるような話なら、最初からわざわざ世界を渡らせたりはしない。

 

俺は壁から背を離すと、視線を順番に全員へ向けた。

なのは、フェイト、はやて、クロノ、ユーノ。

守護騎士達もまた、それぞれ違う顔でこっちを見ている。

なら、最後は俺がまとめるんじゃなく、こいつら自身に言わせるべきだ。

 

「さて、二つの世界を見せた意味くらいは、だいたい見えてきただろ。」

 

そう言ってから、俺は少しだけ間を置いた。

全員が言葉を待っているのが分かったからこそ、その沈黙は必要だった。

 

「ウィザードの世界では、喪ったものを取り戻したいって願いが、使い方を間違えれば人を壊すってことを見せた。」

「ビルドの世界では、始まりがどれだけ最悪でも、力は使い方次第で救いに変えられるってことを見せた。」

「じゃあ聞くぞ、お前達は今、力そのものが悪だと思ってるのか。」

 

真っ先に反応したのは、やっぱりなのはだった。

考えるより先に心が動く。

だが、今のなのははそれだけじゃない。

ちゃんと見て、ちゃんと考えて、その上で前へ出る。

 

「私は、もうそうは思わない。」

「危ない力があるのは事実だけど、だからって最初から捨てるだけじゃ、守れないものまで手放すことになる。」

「だったら、どう使えば誰かを守れるのかまで考える方を選びたい。」

 

なのはらしい答えだった。

真っ直ぐで、少し青臭くて、だがその青臭さごと前へ出るだけの強さがある。

それを聞いたフェイトは、一度だけ目を伏せてから、静かに顔を上げた。

 

「私は、願いが強いだけじゃ駄目なんだと思う。」

「母さんも、笛木奏も、失ったものを取り戻したいって気持ちは本物だったはずなのに、その願いのために今を生きている誰かを傷つけた。」

「だから、力を見る時は、強い願いがあるかどうかじゃなくて、その願いで誰を守って、誰を傷つけるのかまで見ないといけない。」

 

その言葉は、たぶんこいつ自身の傷に一番近いところから出てきたものなんだろう。

だから軽くないし、簡単に慰める気も起きない。

だが、その痛みを自分の中だけで腐らせず、答えに変えたなら、それはもう十分価値がある。

 

はやては、胸に抱いたワンダーライドブックへ一度だけ視線を落としてから、ぎゅっと腕に力を込めた。

その仕草だけで、こいつが何を思い出しているのかは分かる。

消えそうだったリインフォース。

危険だから切り捨てるだけなら、あそこで終わっていたかもしれない存在。

 

「ウチは、危ない力でも、それだけで終わらせたらあかんって思う。」

「闇の書は確かに災厄やった。せやけど、そこからリインフォースを残せたのも事実や。」

「せやから、怖いから壊すんやなくて、その中に何が残せて、何を切り離すべきかまで考えなあかんのやと思う。」

 

その答えに、シャマルが小さく目を閉じる。

ザフィーラは何も言わないまま頷き、シグナムもまた、主の言葉を静かに受け止めていた。

ヴィータだけは少しだけ顔を背けたが、それでも口を挟まないあたり、今の答えに文句がないことくらいは分かる。

 

クロノは腕を組んだまま、少しだけ難しい顔で言葉を選んでいた。

こいつは感情だけで答えるタイプじゃない。

管理局の人間として、運用と責任の話まで噛み砕いてから口を開く。

 

「管理する側の立場から言えば、危険な力は封印して終わらせるのが一番早い。」

「だが、それだけでは最善にならない場合があることは、今の二つの世界でよく分かった。」

「なら必要なのは、力を恐れて切り捨てることではなく、制御と運用まで含めて責任を持つことだ。」

 

ユーノも、そのあとを継ぐように頷いた。

「理論だけなら、危険なものを全部排除する方が簡単なんだと思う。」

「でも、世界ってたぶんそんなに単純じゃない。」

「残せるものがあるなら残すための方法を考えるし、危険なら危険を減らすための仕組みを作る。」

「それが出来るなら、力そのものを悪だって決めつけるのは違うんじゃないかな。」

 

そこまで聞いて、戦兎が小さく口元を上げた。

理屈屋らしい答えに、理屈屋が満足した顔だった。

なのは達の答えは全部少しずつ違う。

だが、違うからこそいい。

同じ言葉を並べるだけなら、授業なんて意味がない。

 

「だいたいわかったらしいな。」

 

俺がそう言うと、全員の視線が改めてこちらへ戻る。

教師役なんて面倒だが、最後の締めだけは俺の仕事だ。

 

「力は便利だから正しいわけでもないし、危険だから間違ってるわけでもない。」

「結局、それを誰が、何のために握るかで意味が決まる。」

「お前達が今言った答えを忘れなければ、少なくとも同じ間違いを繰り返す可能性は減る。」

 

なのはが、少しだけほっとしたように笑う。

「それって、一応合格ってことなのかな。」

 

俺はわざと少しだけ考えるふりをしてから、肩を竦めた。

簡単に褒めてやるのも癪だが、ここで出し惜しみするほど意地も悪くない。

 

「そこまで辿り着いたなら上出来だ。」

「少なくとも、ただ強い力が欲しいなんて顔をしてる連中よりは、ずっとマシだな。」

 

フェイトがその言葉に、小さく息を吐いて口元を緩める。

はやても、胸の本を抱いたまま、今度こそ本当に少しだけ肩の力を抜いた。

クロノは相変わらず難しい顔をしていたが、あれはあれで納得した時の顔だ。

戦兎に至っては、もう話は終わったと判断したのか、机の上の器具へ手を伸ばし始めている。

いかにもこいつらしい切り替えの早さだった。

 

「じゃあ、今日の課外授業はここまでだ。」

 

俺がそう告げると、研究室の空気が少しだけ動く。

別れの時間だと、全員が理解したんだろう。

俺はオーロラカーテンを開き、その向こうに見える元の世界の夜を一度だけ確認した。

見慣れた景色だ。

だが、今のお前達にとっては、少しだけ違う意味を持つ景色になっているはずだ。

 

「答えを忘れるなよ。」

「力は、持った後にどう使うかで初めて意味を持つ。」

 

そう言い残して、俺は先に一歩踏み込んだ。

背後から、なのは達が続く足音が聞こえる。

ためらいはない。

それで十分だ。

 

光を抜けた先には、元の世界の空気が戻ってきた。

同じ夜。

同じ街。

同じように見えて、さっきまでとは少しだけ違う世界だ。

なのは達はそれぞれの場所で足を止め、短い沈黙の中で、その景色を見つめていた。

守るべきものは変わらない。

だが、それを守るために力を見る目は、もう少しだけ変わった。

 

それなら、この長ったらしい課外授業にも意味はあったってことだ。

 

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