悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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休日の予感

休日の夜の街は、平日より静かなはずなのに、妙に灯りだけは浮ついて見える。

住宅街を抜けて幹線道路へ入るまでの間、俺はマシンディケイダーのハンドルを握ったまま、前だけを見ていた。

背中に感じるのは、後ろへ乗ったはやての体重と、時折ヘルメット越しに伝わる小さな動きだけだ。

遊園地へ連れて行ってほしい。

そう頼まれた時は、ずいぶんとまあ普通の願いを言うようになったもんだと、少しだけ意外に思った。

だが、その普通がどれだけ得難いものかを知っているからこそ、断る理由もなかった。

 

もっとも、今夜に限っては、素直に“普通の休日”だと割り切るには少しばかり引っかかるものがある。

昨日の無人車の襲撃。

上空を横切った異世界の影。

あれがただの偶然や単発の騒ぎで終わるほど、世界を渡る厄介事は甘くない。

だからこうして走っていても、視線は道路の先を見ていながら、意識の半分はずっと別の場所に引っかかったままだった。

 

「……先生」

 

背中越しに呼ばれて、俺は少しだけ眉を動かす。

はやての声は、夜風に流されないように少し強めに張っていた。

 

「なんだ」

 

短く返すと、はやてはすぐには続けなかった。

言葉を選んでいるらしい。

こいつは昔からそうだ。

踏み込みすぎるところは踏み込むくせに、本当に大事な時だけ、妙にこちらの顔色をうかがう。

 

「せっかく遊園地に行くんやから、もうちょっと楽しそうにしてもええんやない?」

 

言い方は冗談めいていたが、声の奥にはちゃんと探る色があった。

何を考えているのか気になる。

だが、真正面から聞くほど無神経でもない。

そういう遠回しさだ。

 

「十分楽しそうだろ」

 

俺がそう返すと、はやては背後で小さく息を吐いた。

たぶん、呆れたんだろう。

 

「それ、先生の中ではそう見えるん?」

 

信号を一つ越え、マシンディケイダーを緩やかに右へ流す。

夜の道路は昼間より走りやすい。

だからこそ、少しの違和感でもよく見える。

停車中の車の向き。

路肩の影。

交差点の先で、妙に長く止まりすぎているヘッドライト。

俺は何気ないふりをしながら、そういうものを一つずつ拾っていた。

 

「先生、また何か考えとるやろ」

 

今度の声は、さっきより少しだけ真面目だった。

背中へ回された手にも、わずかに力が入る。

安心して遊びに行くつもりだったのに、前へ座る教師の気配がどうにも落ち着かない。

そう感じているのは十分に伝わった。

 

「考え事くらいする」

「するんは分かるけど、昨日の事やろ?」

 

そこまで言われて、俺はようやく少しだけ笑った。

見えているものが増えたなと、そう思ったからだ。

誤魔化すには遅いし、全部を話すにはまだ早い。

だからちょうどいいところだけを切り取る。

 

「嫌な予感が残ってるだけだ」

 

それだけ言うと、はやてはしばらく黙った。

夜風が二人の間を抜けていく。

遊園地の観覧車が遠くに見え始めていて、本来ならもう少しだけ空気が軽くなってもいい頃合いだった。

だが、今日はそう簡単にはいかないらしい。

 

「それ、当たるん?」

 

小さく投げられた問いに、俺は前を見たまま答える。

 

「嫌なくらいにな」

 

その一言で、はやての手が服越しに少し強く俺の背へ触れた。

怖がったというより、覚悟を決めた時の掴み方だった。

これまでなら、ここで無理に明るく振る舞おうとしたかもしれない。

だが今のはやては、そういう誤魔化し方をしない。

その代わり、黙って一緒に前を見る。

それが今のこいつなりの強さなんだろう。

 

「……ほんなら、何かあったらちゃんと言うてな」

 

俺は返事の代わりに、ほんの少しだけアクセルを戻した。

前方の交差点。

赤信号。

横道から一台の黒い車が出てくる。

それ自体はおかしくない。

だが、その車は停止線を越えても減速せず、進路を不自然なほど真っ直ぐこちらへ合わせてくる。

運転席に、人影はない。

 

「先生?」

 

はやての声が変わる。

俺はマシンディケイダーのハンドルを強く握り直した。

交差点の左右、さらに後方のミラーへ映る光も、同じように動き始めている。

一台だけじゃない。

昨日と同じだ。

無人の車が、今度は遊園地へ向かう途中の道で、まるで待ち伏せていたみたいにこちらへ迫ってくる。

 

「……言っただろ」

 

信号が変わるより早く、俺は車体を滑らせるように動かした。

正面から突っ込んでくる無人車のヘッドライトが、夜の道路を白く焼く。

 

「嫌な予感だけは、よく当たる」

 

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