休日の夜の街は、平日より静かなはずなのに、妙に灯りだけは浮ついて見える。
住宅街を抜けて幹線道路へ入るまでの間、俺はマシンディケイダーのハンドルを握ったまま、前だけを見ていた。
背中に感じるのは、後ろへ乗ったはやての体重と、時折ヘルメット越しに伝わる小さな動きだけだ。
遊園地へ連れて行ってほしい。
そう頼まれた時は、ずいぶんとまあ普通の願いを言うようになったもんだと、少しだけ意外に思った。
だが、その普通がどれだけ得難いものかを知っているからこそ、断る理由もなかった。
もっとも、今夜に限っては、素直に“普通の休日”だと割り切るには少しばかり引っかかるものがある。
昨日の無人車の襲撃。
上空を横切った異世界の影。
あれがただの偶然や単発の騒ぎで終わるほど、世界を渡る厄介事は甘くない。
だからこうして走っていても、視線は道路の先を見ていながら、意識の半分はずっと別の場所に引っかかったままだった。
「……先生」
背中越しに呼ばれて、俺は少しだけ眉を動かす。
はやての声は、夜風に流されないように少し強めに張っていた。
「なんだ」
短く返すと、はやてはすぐには続けなかった。
言葉を選んでいるらしい。
こいつは昔からそうだ。
踏み込みすぎるところは踏み込むくせに、本当に大事な時だけ、妙にこちらの顔色をうかがう。
「せっかく遊園地に行くんやから、もうちょっと楽しそうにしてもええんやない?」
言い方は冗談めいていたが、声の奥にはちゃんと探る色があった。
何を考えているのか気になる。
だが、真正面から聞くほど無神経でもない。
そういう遠回しさだ。
「十分楽しそうだろ」
俺がそう返すと、はやては背後で小さく息を吐いた。
たぶん、呆れたんだろう。
「それ、先生の中ではそう見えるん?」
信号を一つ越え、マシンディケイダーを緩やかに右へ流す。
夜の道路は昼間より走りやすい。
だからこそ、少しの違和感でもよく見える。
停車中の車の向き。
路肩の影。
交差点の先で、妙に長く止まりすぎているヘッドライト。
俺は何気ないふりをしながら、そういうものを一つずつ拾っていた。
「先生、また何か考えとるやろ」
今度の声は、さっきより少しだけ真面目だった。
背中へ回された手にも、わずかに力が入る。
安心して遊びに行くつもりだったのに、前へ座る教師の気配がどうにも落ち着かない。
そう感じているのは十分に伝わった。
「考え事くらいする」
「するんは分かるけど、昨日の事やろ?」
そこまで言われて、俺はようやく少しだけ笑った。
見えているものが増えたなと、そう思ったからだ。
誤魔化すには遅いし、全部を話すにはまだ早い。
だからちょうどいいところだけを切り取る。
「嫌な予感が残ってるだけだ」
それだけ言うと、はやてはしばらく黙った。
夜風が二人の間を抜けていく。
遊園地の観覧車が遠くに見え始めていて、本来ならもう少しだけ空気が軽くなってもいい頃合いだった。
だが、今日はそう簡単にはいかないらしい。
「それ、当たるん?」
小さく投げられた問いに、俺は前を見たまま答える。
「嫌なくらいにな」
その一言で、はやての手が服越しに少し強く俺の背へ触れた。
怖がったというより、覚悟を決めた時の掴み方だった。
これまでなら、ここで無理に明るく振る舞おうとしたかもしれない。
だが今のはやては、そういう誤魔化し方をしない。
その代わり、黙って一緒に前を見る。
それが今のこいつなりの強さなんだろう。
「……ほんなら、何かあったらちゃんと言うてな」
俺は返事の代わりに、ほんの少しだけアクセルを戻した。
前方の交差点。
赤信号。
横道から一台の黒い車が出てくる。
それ自体はおかしくない。
だが、その車は停止線を越えても減速せず、進路を不自然なほど真っ直ぐこちらへ合わせてくる。
運転席に、人影はない。
「先生?」
はやての声が変わる。
俺はマシンディケイダーのハンドルを強く握り直した。
交差点の左右、さらに後方のミラーへ映る光も、同じように動き始めている。
一台だけじゃない。
昨日と同じだ。
無人の車が、今度は遊園地へ向かう途中の道で、まるで待ち伏せていたみたいにこちらへ迫ってくる。
「……言っただろ」
信号が変わるより早く、俺は車体を滑らせるように動かした。
正面から突っ込んでくる無人車のヘッドライトが、夜の道路を白く焼く。
「嫌な予感だけは、よく当たる」