交差点へ滑り込んできた無人車は、昨日の連中と同じように、最初から事故を装う気なんて微塵もない動きだった。
正面からこちらを轢き潰すことだけを目的に、ライトを白く焼きながら一直線に突っ込んでくる。
俺はマシンディケイダーを深く倒し込み、タイヤを軋ませながらその突進を紙一重で外した。
背後ではやてが短く息を呑む気配が伝わるが、避けただけで終わらないことくらい、もう予感の段階で分かっていた。
すれ違った車体が、そのまま慣性に任せてガードレールへ突っ込むはずだった。
だが次の瞬間、その車はあり得ない軌道で車体ごと跳ね上がり、タイヤが折り畳まれ、ボディが縦に裂け、金属が擦れ合う耳障りな変形音と共に、前輪だった部分が腕のようにせり出してくる。
ヘッドライトは獣の眼みたいに位置を変え、エンジンの唸りは、もはや車のものじゃない。
人を轢くための機械が、その場で別の殺し方を選び直した。
「……は?」
背中越しにはやての声が震える。
それも無理はないし、魔導師だのロストロギアだのを見慣れていても、目の前の車がいきなり人型の鉄塊へ変われば、まず驚く。
しかも、正面だけじゃなかった。
左右の脇道から迫ってきた無人車も、次々と急停止し、同じようにボディを捻じり上げ、脚部と腕部を持った異様な機械へ変形していく。
夜の道路は一瞬で、遊園地へ向かう途中の平凡な道から、悪趣味な玩具箱の中みたいな戦場へ変わった。
「先生、これ……!」
はやての声には驚きが混じっていたが、その驚きは次の瞬間にはもう動きへ変わっていた。
背中へ回されていた手が俺の服を離れ、代わりに魔力が膨れ上がる。
こいつはもう、ただ守られるだけの子供じゃない。
そういう場面を、俺は何度も見てきた。
「下がってろ。」
短くそう言いながら、俺はマシンディケイダーを強引に滑らせ、道路脇の開けたスペースへ車体を止める。
同時に、はやてが飛び降りる気配があった。
着地はまだ少しぎこちないが、その後の動きには無駄がない。
「シュベルトクロイツ、お願いや!」
はやての呼びかけに応じるように、紫を帯びた魔力光が夜気へ走った。
展開された術式はまず俺達の周囲を包み、そのまま外側へ幾重にも広がって、周辺一帯を閉じるように結界の輪郭を描いていく。
ただ守るだけの防御壁じゃない。
衝撃も破片も爆発も、その内側へ封じ込めて逃がさない、封殺結界だ。
街灯も、道路標識も、近くの建物も、結界の向こう側へ切り分けられたみたいに遠ざかり、ここだけが戦場として切り離される。
「……っ、びっくりしたけど、これなら周りは巻き込まんで済む……!」
自分へ言い聞かせるみたいな声だったが、それでいい。
驚いていても、やるべきことを先に選べるなら十分だ。
「分かってるなら上出来だ。」
俺はディケイドライバーを取り出し、腰へ叩きつけるように装着した。
通りを塞ぐように並んだロボット達が、一斉にこちらへ眼を向ける。
ヘッドライトめいた視線の中に、機械らしくない悪意があった。
ただの暴走じゃないし、誰かの意志がこの場を動かしている。
カードを抜き、バックルへ差し込む。
「変身。」
『KAMEN RIDE――DECADE』
響いた機械音声と共に、桃色の装甲が身体へ走る。
幾つもの世界を渡り、幾つもの厄介事を引き受けてきた仮面が、夜の街灯を鈍く反射した。
変身を終えた瞬間、俺は一歩前へ出る。
封殺結界の内側、はやてを背後へ置き、ロボット達と真正面から向き合う。
「昨日の無人車にしちゃ、ずいぶん派手な隠し芸だな。」
返事はないが、必要もない。
目の前の機械は、会話じゃなく攻撃でしか答える気がないらしい。
先頭の一体が腕を振り上げ、鉄塊の拳を叩きつけるように跳び込んでくる。
俺はその動きを待ち構え、身を半歩だけずらして避け、反撃の構えを取った。
ライドブッカーへ手を伸ばす、その一瞬。
上から、別の気配が落ちてきた。
咄嗟に視線を上げる。
街灯の光が届かない闇の中から、細い影がゆっくりと降りてくる。
少女――そう見えた。
夜の風をまとったように静かで、それでいて周囲の鉄の怪物共よりも、よほどはっきりとこの場の中心へ立っている。
人間の姿をしているのに、普通の人間が持つ匂いがない。
魔導師とも違う。
もっとよそ者の、世界の外側からそのまま滑り込んできた存在の気配だった。
はやても、その影へ気づいたらしい。
封殺結界を維持したまま、小さく息を呑む。
「……誰や、あれ。」
俺も同じ疑問を抱いていた。
知っている顔じゃないし、少なくともこの世界の人間の立ち方じゃない。
だが、無人車がロボットへ変わったこの状況で現れた以上、無関係で済むとも思えない。
少女は道路脇の信号機の上へ軽く降り立つと、こちらを見下ろした。
月明かりに照らされたその輪郭は、妙に整っていて、だからこそ余計に現実味が薄い。
何者かは分からない。
分からないが、今夜の厄介事の中心にいる顔だということだけは、嫌なくらいよく分かった。
俺はディケイドのまま一歩だけ前へ出て、封殺結界の前で構えを崩さない。
ロボット達もまた、その少女の出現を待っていたみたいに動きを止めている。
つまり、答えはあいつが持っている。
「さて……。」
仮面の向こうで目を細めながら、俺は夜の高みからこちらを見下ろす少女を睨んだ。
名前も、目的も、正体も、まだ何一つ分からない。
だが、今夜の厄介事が本格的に始まるとしたら、間違いなくここからだ。