悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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別の世界の事情

キカイの装甲を軋ませながら、俺は目の前の少女を睨み続けた。

封殺結界の内側へ戻った静けさは、戦いが終わったからじゃない。

ただ、次の言葉一つで、またすぐに壊れるだけの薄い均衡があるだけだった。

はやても結界を維持したまま息を整えているが、完全に警戒を解いた気配はない。

それでいい。

今この場で、見知らぬ異世界の人間を簡単に信用する方がどうかしている。

 

少女は、俺の視線を正面から受け止めながら、一度だけ小さく息を吸った。

勢いで飛び込んできた時の切迫感は残っているが、今はそれを押し込めて、きちんと順番に話そうとしているのが分かる。

その辺りだけ見れば、少なくとも頭から突っ込むだけの馬鹿じゃない。

 

「……私は、あなた達の敵じゃない。」

 

最初に出てきたのは、そんな、あまりにも当然で、だからこそ一番信用ならない言葉だった。

俺はキカイのまま一歩も引かず、短く返す。

 

「それを決めるのは、こっちだ。」

 

少女の肩がわずかに強張る。

だが、怯んではいなかった。

むしろ、ここで切られることまで覚悟していた顔だった。

 

「名前を言え。」

 

問いを重ねると、少女はすぐに頷いた。

余計な飾りはつけない。

そこは好感が持てる。

 

「アミティエ・フローリアン。」

「アミタって呼ばれてる。」

 

「フローリアン……。」

 

背後ではやてが、その名を小さく繰り返す。

聞き覚えのある名前じゃない。

俺も同じだ。

だが、あのイリスとかいう少女が見せた反応を思えば、無関係な第三者じゃないことくらいは分かる。

 

「さっきの奴とは、どういう関係だ。」

 

俺がそう問うと、アミタは少しだけ目を伏せた。

言いにくい事情があるんだろう。

だが、ここで黙るならそれまでだ。

俺は待つ気も、甘やかす気もない。

 

「……あの子と私は、同じエルトリアの人間よ。」

 

エルトリア。

この世界の地名じゃない。

異世界由来だと、わざわざ言っているようなものだった。

 

「それで。」

 

先を促すと、アミタは視線を上げる。

揺れてはいるが、逃げる気はないらしい。

 

「私の妹、キリエがこの世界に来たの。」

「さっきの子達は、そのために動いてる。」

 

妹。

そこではじめて、話の輪郭が少しだけ見えた。

イリスと呼ばれていた少女、そして今目の前にいるアミタ。

あいつらは同じ側にいる。

だが、今の介入の仕方を見る限り、全員が同じ考えってわけでもない。

 

「妹を止めに来たんか。」

はやてが後ろから問うと、アミタはすぐに頷いた。

その頷き方が、妙に重かった。

 

「そう。」

「キリエは、この世界を壊したいわけじゃない。」

 

そこまで言ってから、アミタはほんのわずかに声を詰まらせる。

だが、飲み込んで続けた。

 

「でも、父さんを助ける希望があるなら、あの子は止まれないの。」

「私達の故郷、エルトリアはもう限界なの。」

「惑星は荒れて、父さんも病気で倒れて……キリエは、その全部を何とかしたくて、この世界へ来た。」

 

重い話だ。

しかも、嘘をついている時の間じゃない。

本当のことを、そのまま言っている声だった。

だからといって、同情だけで手を貸すほど甘くはない。

本当の事情があることと、その結果この世界へ被害を出していることは別問題だ。

 

「希望があるから止まれない、か。」

俺はキカイの仮面越しに、アミタを見たまま呟く。

「よくある話だな。」

 

アミタの目がわずかに細くなった。

皮肉に聞こえたんだろう。

実際、半分はその通りだ。

世界を渡るたびに、似たような願いが似たような災厄を生むのを何度も見てきた。

 

「……信じてとは言わない。」

アミタはそこで言葉を選び直すように、一度だけ息を吸った。

「でも、今は聞いて。」

「キリエ達が狙ってるのは、なのはさん達よ。」

 

その一言で、空気が変わった。

はやての結界越しに、魔力がわずかに跳ねる。

俺もキカイのまま視線を細めた。

 

「確かなんやな。」

はやての声は、さっきまでより低い。

もう警戒ではなく、判断の声だ。

 

「ええ。」

アミタは即答した。

「この世界で接触する予定の相手は、なのはさん、フェイトさん、はやてさん。」

「もう動き始めてるなら、説明してる時間もない。」

 

筋は通っている。

今夜の襲撃は、俺達を足止めする意味も含んでいたんだろう。

向こうが本命を別に置いているなら、ここで悠長に事情聴取を続ける方が間抜けだ。

だが、それでも最後の確認だけはしておく。

 

「お前は、妹を止めたい。」

 

「止めたい。」

アミタは迷わず言い切った。

「助けたいけど、このままじゃ駄目なのも分かってる。」

 

「敵に回る気はない。」

 

「ない。」

今度の返答も早い。

それだけ追い詰められてるってことだろう。

 

俺は数秒だけ黙って、アミタの顔を見た。

真面目だ。

責任感もある。

そして、追ってきた事情にも筋はある。

ただし、それで全部信用できるわけじゃない。

異世界の厄介事ってのは、大抵そこからさらにややこしくなる。

 

「……信用したわけじゃない。」

 

そう告げると、アミタの表情がほんの少しだけ硬くなる。

だが、俺は構わず続けた。

 

「だが、今はそれで十分だ。」

「敵の敵ってだけでも、使える時は使う。」

 

はやてが背後で小さく息を吐いた。

たぶん、俺が完全には突っぱねなかったことに少しだけ安堵したんだろう。

だが、こっちも甘くしたつもりはない。

並んで走るだけだ。

それ以上は、向こうの動き次第だ。

 

「ほんなら、急がなあかんな。」

 

はやてがそう言って結界を解く。

紫の光がほどけ、戦場として切り離されていた空間が、元の夜の道路へ戻っていく。

壊れた鉄屑だけが、今夜の異常を証明していた。

 

俺はキカイの変身を解きながら、マシンディケイダーへ視線を向けた。

時間が惜しい。

話は十分だ。

あとは走りながらでも出来る。

 

「アミタ、お前は空から行けるな。」

 

問いというより確認だった。

アミタはすぐに頷く。

 

「行ける。」

 

「なら先行して位置を探れ。」

「なのは達を見つけたら、余計な交戦はするな。位置だけ押さえろ。」

 

アミタは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに真面目な表情へ戻る。

たぶん、ここまで明確に役割を振られるとは思っていなかったんだろう。

 

「……分かった。」

 

はやてはそのやり取りを聞きながら、ワンダーライドブックを抱え直した。

顔つきはもう、休日に遊園地へ向かっていた時のものじゃない。

戦いの主としての目だ。

 

「先生、なのはちゃん達のとこまで最短で行ける?」

 

俺はマシンディケイダーへ跨りながら、短く答える。

 

「行くんじゃない、行かせる。」

 

エンジンが低く唸る。

深夜の空気が、また少しだけ尖った。

今夜の厄介事は、どうやらまだ本格的に始まったばかりらしい。

 

「遅れたら話を聞いた意味がない。」

 

そう言い捨てて、俺はアクセルを開いた。

マシンディケイダーが夜道を跳ねるように飛び出し、その横を、アミタの影が空から追い越していく。

はやても後ろでしっかりと身体を預けてきた。

まだ完全な味方じゃない。

それでも今は、同じ方向へ急ぐ理由だけは共有している。

 

なら十分だ。

俺達はそのまま、なのは達のいるはずの方角へ、夜の街を切り裂くように走り出した。

 

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