キカイの装甲を軋ませながら、俺は目の前の少女を睨み続けた。
封殺結界の内側へ戻った静けさは、戦いが終わったからじゃない。
ただ、次の言葉一つで、またすぐに壊れるだけの薄い均衡があるだけだった。
はやても結界を維持したまま息を整えているが、完全に警戒を解いた気配はない。
それでいい。
今この場で、見知らぬ異世界の人間を簡単に信用する方がどうかしている。
少女は、俺の視線を正面から受け止めながら、一度だけ小さく息を吸った。
勢いで飛び込んできた時の切迫感は残っているが、今はそれを押し込めて、きちんと順番に話そうとしているのが分かる。
その辺りだけ見れば、少なくとも頭から突っ込むだけの馬鹿じゃない。
「……私は、あなた達の敵じゃない。」
最初に出てきたのは、そんな、あまりにも当然で、だからこそ一番信用ならない言葉だった。
俺はキカイのまま一歩も引かず、短く返す。
「それを決めるのは、こっちだ。」
少女の肩がわずかに強張る。
だが、怯んではいなかった。
むしろ、ここで切られることまで覚悟していた顔だった。
「名前を言え。」
問いを重ねると、少女はすぐに頷いた。
余計な飾りはつけない。
そこは好感が持てる。
「アミティエ・フローリアン。」
「アミタって呼ばれてる。」
「フローリアン……。」
背後ではやてが、その名を小さく繰り返す。
聞き覚えのある名前じゃない。
俺も同じだ。
だが、あのイリスとかいう少女が見せた反応を思えば、無関係な第三者じゃないことくらいは分かる。
「さっきの奴とは、どういう関係だ。」
俺がそう問うと、アミタは少しだけ目を伏せた。
言いにくい事情があるんだろう。
だが、ここで黙るならそれまでだ。
俺は待つ気も、甘やかす気もない。
「……あの子と私は、同じエルトリアの人間よ。」
エルトリア。
この世界の地名じゃない。
異世界由来だと、わざわざ言っているようなものだった。
「それで。」
先を促すと、アミタは視線を上げる。
揺れてはいるが、逃げる気はないらしい。
「私の妹、キリエがこの世界に来たの。」
「さっきの子達は、そのために動いてる。」
妹。
そこではじめて、話の輪郭が少しだけ見えた。
イリスと呼ばれていた少女、そして今目の前にいるアミタ。
あいつらは同じ側にいる。
だが、今の介入の仕方を見る限り、全員が同じ考えってわけでもない。
「妹を止めに来たんか。」
はやてが後ろから問うと、アミタはすぐに頷いた。
その頷き方が、妙に重かった。
「そう。」
「キリエは、この世界を壊したいわけじゃない。」
そこまで言ってから、アミタはほんのわずかに声を詰まらせる。
だが、飲み込んで続けた。
「でも、父さんを助ける希望があるなら、あの子は止まれないの。」
「私達の故郷、エルトリアはもう限界なの。」
「惑星は荒れて、父さんも病気で倒れて……キリエは、その全部を何とかしたくて、この世界へ来た。」
重い話だ。
しかも、嘘をついている時の間じゃない。
本当のことを、そのまま言っている声だった。
だからといって、同情だけで手を貸すほど甘くはない。
本当の事情があることと、その結果この世界へ被害を出していることは別問題だ。
「希望があるから止まれない、か。」
俺はキカイの仮面越しに、アミタを見たまま呟く。
「よくある話だな。」
アミタの目がわずかに細くなった。
皮肉に聞こえたんだろう。
実際、半分はその通りだ。
世界を渡るたびに、似たような願いが似たような災厄を生むのを何度も見てきた。
「……信じてとは言わない。」
アミタはそこで言葉を選び直すように、一度だけ息を吸った。
「でも、今は聞いて。」
「キリエ達が狙ってるのは、なのはさん達よ。」
その一言で、空気が変わった。
はやての結界越しに、魔力がわずかに跳ねる。
俺もキカイのまま視線を細めた。
「確かなんやな。」
はやての声は、さっきまでより低い。
もう警戒ではなく、判断の声だ。
「ええ。」
アミタは即答した。
「この世界で接触する予定の相手は、なのはさん、フェイトさん、はやてさん。」
「もう動き始めてるなら、説明してる時間もない。」
筋は通っている。
今夜の襲撃は、俺達を足止めする意味も含んでいたんだろう。
向こうが本命を別に置いているなら、ここで悠長に事情聴取を続ける方が間抜けだ。
だが、それでも最後の確認だけはしておく。
「お前は、妹を止めたい。」
「止めたい。」
アミタは迷わず言い切った。
「助けたいけど、このままじゃ駄目なのも分かってる。」
「敵に回る気はない。」
「ない。」
今度の返答も早い。
それだけ追い詰められてるってことだろう。
俺は数秒だけ黙って、アミタの顔を見た。
真面目だ。
責任感もある。
そして、追ってきた事情にも筋はある。
ただし、それで全部信用できるわけじゃない。
異世界の厄介事ってのは、大抵そこからさらにややこしくなる。
「……信用したわけじゃない。」
そう告げると、アミタの表情がほんの少しだけ硬くなる。
だが、俺は構わず続けた。
「だが、今はそれで十分だ。」
「敵の敵ってだけでも、使える時は使う。」
はやてが背後で小さく息を吐いた。
たぶん、俺が完全には突っぱねなかったことに少しだけ安堵したんだろう。
だが、こっちも甘くしたつもりはない。
並んで走るだけだ。
それ以上は、向こうの動き次第だ。
「ほんなら、急がなあかんな。」
はやてがそう言って結界を解く。
紫の光がほどけ、戦場として切り離されていた空間が、元の夜の道路へ戻っていく。
壊れた鉄屑だけが、今夜の異常を証明していた。
俺はキカイの変身を解きながら、マシンディケイダーへ視線を向けた。
時間が惜しい。
話は十分だ。
あとは走りながらでも出来る。
「アミタ、お前は空から行けるな。」
問いというより確認だった。
アミタはすぐに頷く。
「行ける。」
「なら先行して位置を探れ。」
「なのは達を見つけたら、余計な交戦はするな。位置だけ押さえろ。」
アミタは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに真面目な表情へ戻る。
たぶん、ここまで明確に役割を振られるとは思っていなかったんだろう。
「……分かった。」
はやてはそのやり取りを聞きながら、ワンダーライドブックを抱え直した。
顔つきはもう、休日に遊園地へ向かっていた時のものじゃない。
戦いの主としての目だ。
「先生、なのはちゃん達のとこまで最短で行ける?」
俺はマシンディケイダーへ跨りながら、短く答える。
「行くんじゃない、行かせる。」
エンジンが低く唸る。
深夜の空気が、また少しだけ尖った。
今夜の厄介事は、どうやらまだ本格的に始まったばかりらしい。
「遅れたら話を聞いた意味がない。」
そう言い捨てて、俺はアクセルを開いた。
マシンディケイダーが夜道を跳ねるように飛び出し、その横を、アミタの影が空から追い越していく。
はやても後ろでしっかりと身体を預けてきた。
まだ完全な味方じゃない。
それでも今は、同じ方向へ急ぐ理由だけは共有している。
なら十分だ。
俺達はそのまま、なのは達のいるはずの方角へ、夜の街を切り裂くように走り出した。