悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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姉妹

マシンディケイダーのエンジン音が、夜の静寂を真っ直ぐ裂いた。

人気の少ない海鳴の外れを抜け、そのまま開けた埠頭跡地へ滑り込んだ瞬間、俺は前方の空気がすでに張り詰めているのを感じ取る。

遅くはない。

だが、悠長に状況確認から入っていられる段階でもなかった。

 

街灯の白い光に照らされたコンクリートの広場には、なのはとフェイトがそれぞれ距離を取りながら構えていた。

二人の正面には、夜風に髪を揺らした少女が一人、静かに立っている。

年はなのは達とそう変わらない。

だが、その立ち方には妙に迷いがなく、逆にその迷いのなさが、切羽詰まった人間特有の危うさを強く滲ませていた。

その少し離れた上空へ、先行していたアミタが降下し、息を乱したまま妹へ呼びかけようとしている。

 

俺はマシンディケイダーを横滑り気味に止めると、後ろのはやてがすぐに飛び降りた。

なのはがこちらへ気づき、目を見開く。

 

「ツカサ先生っ……!」

 

安堵と驚きが混ざった声だった。

だが、その呼びかけに対して最も鋭く反応したのは、なのはじゃない。

正面に立つ少女――キリエが、はっきりとこちらへ視線を向けたのだ。

 

その目を見た瞬間、分かった。

こいつは俺のことを知らないわけじゃない。

少なくとも、ただの増援が来た程度の反応じゃない。

盤面へ予定外の駒が割り込んできた時の、計算を狂わされた側の目だ。

 

「……ディケイド」

 

小さく漏れたその名前に、フェイトがわずかに表情を動かす。

なのはも、今の一言を聞き逃さなかったらしい。

アミタは妹と俺の間を見て、さらに焦りを濃くした。

 

「キリエ、もうやめて! これ以上やったって――」

 

「アミタは黙って」

 

キリエは姉の言葉を断ち切るように言い放つ。

声は大きくない。

それなのに妙に冷えていて、ただ怒鳴るよりもよほど遠くまで響く拒絶だった。

 

俺はゆっくりと一歩前へ出る。

変身はまだ解かない。

解く必要もない。

今この場で教師の顔を見せたところで、話が丸く収まる気配はまるでなかった。

 

「どうして、ここにいるの」

 

キリエの問いは責めるようでいて、実際には確認に近かった。

おそらく向こうにとって、俺は“この世界にいるはずのないもの”なんだろう。

それでいて、見過ごせるほど弱くもない。

厄介極まりないな。

 

「それはこっちの台詞だ」

俺はディケイドのまま、真っ直ぐにキリエを見た。

「人の街へ機械を放り込んで好き勝手やっておいて、出てくるなって方が無理だろ」

 

キリエの眉がわずかに寄る。

感情を抑えてはいるが、俺の存在自体が相当気に入らないらしい。

それだけで、むしろ都合がいい。

嫌われる理由がある相手の方が、まだ分かりやすい。

 

フェイトが、キリエから俺へ視線を移しながら低く言う。

 

「この子が、さっきの……?」

 

「同じ側だろうな」

そう答えながらも、俺の意識は目の前の少女だけに向いていたわけじゃない。

むしろ、こいつに集中しすぎないようにしていたと言った方が正しい。

 

おかしい。

目の前に立っているキリエの気配は確かに強い。

切羽詰まった願いも、追い詰められた焦りもある。

だが、それだけなら昨日の無人車の動きが妙に洗練されすぎていた説明がつかない。

あれは一人で焦って暴走している奴の盤面じゃない。

もっと冷静で、もっと一歩引いたところから全体を見ている“別の意志”がある。

それが今、この場にも薄く混ざっている。

 

「先生……?」

 

はやてが俺の横へ並ぶ。

不安そうな声だったが、完全に怯えてはいない。

俺が見ているものを、まだ言葉には出来なくても、空気の違和感としては感じ取っているらしい。

 

アミタは妹へ向かって一歩踏み出した。

なのに、キリエは姉を見るより先に、もう一度俺へ視線を固定する。

 

「あなたがいると、計画が狂う」

 

そこで、俺はようやく口元だけで笑った。

なるほど。

そういう類か。

なら、こいつは少なくとも、俺を“ただの障害物”以上のものとして認識している。

 

「それは光栄だな」

「だが、お前の計画とやらがこの世界を踏み台にするなら、狂わせる価値はある」

 

なのはが、その言葉へ小さく息を呑む。

キリエもまた、何かを言い返そうとして、一瞬だけ言葉を止めた。

その間だった。

ほんの刹那、キリエの視線が俺の肩越しではなく、もっと遠い、夜の暗がりの一点へ流れる。

 

わずかだ。

だが、見逃すには短すぎて、見抜くには十分すぎる。

今のは、反射じゃない。

確認だ。

自分一人で戦っている人間の目じゃない。

背後にある何かへ、無意識にでも判断を仰いだ奴の動きだった。

 

「……なるほどな」

 

仮面の奥で、俺は目を細める。

キリエはその呟きに反応したが、何を察したのかまでは分からない顔をしていた。

だが、もう十分だ。

目の前にいるこの少女は確かに表へ立っている。

それでも、盤面全部を動かしている本命は別にいる。

機械の動き。

昨日の足止め。

今の視線。

全部が同じ答えを指していた。

 

なのは達は、まだそこまで気づいていない。

アミタもまた、妹を止めることに意識が向きすぎて、背後の“もう一つ”までは見えていない。

だが俺だけは、その気配を無視するわけにはいかなかった。

夜の闇の奥、見えない位置で、こちらの出方を測っている何かがいる。

そいつはまだ動いていない。

動いていないからこそ、余計に厄介だ。

 

俺はディケイドのまま、目の前のキリエへ構えを崩さず向き合いながら、意識の半分をその“裏”へ向ける。

今ここで下手に一歩踏み込めば、たぶんキリエだけじゃなく、その背後の意志ごと動く。

なら、見るべきは正面だけじゃない。

 

「先生……どうしたん?」

はやての問いは小さい。

俺は視線を切らずに、短く答えた。

 

「こいつだけじゃない」

 

その言葉に、はやてが息を止めるのが分かった。

なのはとフェイトも、空気の変化だけは感じ取ったらしい。

だが、キリエは何も言わない。

言えないのか、言うつもりがないのか、それはまだ分からない。

 

分かっているのは一つだけだ。

今夜、俺達が対峙しているのは、目の前の少女だけじゃない。

その裏で、もっと静かに、もっと冷たく盤面を動かしている何かがいる。

そしてそいつは、まだこちらへ姿を見せていない。

 

俺はディケイドのまま、キリエを睨みながら、その見えない気配が次にどこで動くかを測っていた。

 

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