悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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魔王

「こいつだけじゃない」

 

そう口にした直後だった。

夜の埠頭を渡っていた風が、不意に刃みたいな鋭さへ変わる。

キリエを見据えていた視線の、そのさらに外側。

俺がさっきから引っかかっていた“裏”の気配が、今度は隠す気もなく一直線にこちらへ飛び込んできた。

 

咄嗟にライドブッカーを引き抜く。

次の瞬間、凄まじい衝撃が腕へ食い込んだ。

金属同士がぶつかる甲高い音が封殺結界の内側へ響き、俺の身体がそのまま数歩分、後ろへ押し滑らされる。

重い。

ただの奇襲じゃない。

真正面からこちらを叩き潰すつもりで振るわれた一撃だ。

 

「先生っ!」

 

はやての叫びが背後で跳ねた。

なのは達も一斉に視線をこちらへ向ける。

だが、俺はその声へ返す前に、目の前へ現れた“影”から視線を外せなかった。

 

そこに立っていたのは、俺と同じ輪郭を持ったライダーだった。

ディケイド。

いや、違う。

マゼンタの代わりに纏っているのは、もっと濁った黒と紫。

世界を渡る仮面の形だけをそのまま歪めて、悪意だけで塗り潰したみたいな姿。

鏡写しのはずなのに、そこから伝わってくる気配は、俺自身のものとは似ても似つかない。

 

「……ダークディケイド」

 

無意識に漏れた声が、自分でも驚くほど低かった。

ディケイドの力を穢しただけの偽物なら、ここまで胸の底は冷えない。

問題は、その仮面の奥にいる“中身”だ。

この悪意は知っている。

何度か別世界で、もっとも見たくない形の一つとして、確かに相対したことがある。

 

「久しいね、ディケイド」

 

静かで、やけに穏やかな声だった。

だからこそ余計に質が悪い。

耳へ入った瞬間、脳裏の奥に別の世界の景色が蘇る。

超常が日常へ溶け込み、ヒーローとヴィランが当たり前みたいに存在していた世界。

あの世界で、俺は一人の少年――轟を弟子として鍛え、そしてその裏側に巣食っていた“魔王”と戦った。

倒したはずだった。

少なくとも、そうでなければおかしい相手だ。

 

「……オール・フォー・ワン」

 

その名を絞り出した瞬間、目の前のダークディケイドがわずかに口元を歪めた気がした。

肯定だ。

それだけで十分だった。

 

「まさか、という顔だね」

 

奴は一歩も動かず、余裕だけを滲ませたままこちらを見ている。

こっちの驚きを楽しんでいる類の声だ。

それが余計に腹立たしい。

 

「お前は、あの世界で倒したはずだ」

 

俺が吐き捨てると、奴は肩を竦めるように首を傾けた。

ディケイドの姿でそんな仕草をされると、反吐が出る。

 

「悪を必要とする人間がいる」

 

そこで一度、奴は夜空を見上げる。

まるで、それだけで説明は足りるだろうとでも言いたげな間だった。

 

「それだけのことだよ」

 

短い。

だが、十分すぎる。

転生者。

別世界の記憶や能力を、この世界の誰かへ押し込む仕組み。

そこへ、ライダーの力だの世界を跨ぐ技術だのを平然と絡めてくる連中。

財団X。

あいつらなら、オール・フォー・ワンの記憶を核にした“何か”を作り出しても不思議じゃない。

つまりこいつは、本人そのものか、あるいは本人の記憶を宿した転生者か。

どちらにしろ、ここで見逃していい類の存在じゃない。

 

「なるほどな」

 

仮面の奥で舌打ちを噛み殺す。

 

「また財団Xの悪趣味か」

 

「さあ、どうだろう」

 

奴は否定しない。

その曖昧さが答えみたいなものだった。

 

その間に、キリエがわずかに身を引く。

完全に奴の存在を知らなかったわけじゃない。

むしろ、ここへ出てくることを前提に動いていた顔だ。

協力関係。

ただし信頼じゃない。

互いの目的のために、一時的に手を組んでいるだけの距離感だ。

 

「君の願いのためだ」

 

ダークディケイドは、視線だけをキリエへ向けた。

 

「今のうちに行きたまえ」

 

その一言で十分だった。

俺が動くより先に、奴が真正面から踏み込んでくる。

速度はディケイドのそれ。

だが、中身が中身だ。

力比べだけで済ませるつもりはない。

 

「邪魔だ」

 

吐き捨てると同時に、俺も前へ出る。

ライドブッカーと、ダークディケイドの蹴りが激突した。

衝撃が腕を痺れさせ、足元のコンクリートがひび割れる。

奴はそのまま間髪入れず二撃目、三撃目と畳みかけてきた。

こっちを押し込むための連撃じゃない。

目線だけは、俺をこの場へ縫い付けるための動きだ。

つまり、本命は別に動いている。

 

「先生!」

 

はやての声に、嫌な予感が形を持つ。

視界の端で、キリエが一直線にはやての方へ走っていた。

アミタが止めようとするが、一歩遅い。

フェイトとなのはも動いたが、その瞬間、ダークディケイドがこちらの腕を弾き、俺の進路へ自分の身体を割り込ませた。

 

「よそ見は感心しないな」

 

「黙れ」

 

押し返そうとした、その刹那。

紫の光が一度だけ大きく揺れる。

はやての腕の中にあった夜天の書へ、キリエの手が届いた。

正確には、夜天の書の中核が収められたその器へ、だ。

はやてが咄嗟に引き寄せるが、イリスか、あるいは残っていた機械の補助か、見えない力がそこへ重なって、書がはやての手元から奪い取られる。

 

「っ……返して!」

 

はやての声が裂ける。

アミタが妹の名を叫ぶ。

なのは達が一斉に距離を詰める。

だが、その一瞬の隙を作るためにこそ、目の前の魔王は俺へ噛みついてきた。

 

「お前……!」

 

俺はダークディケイドの胸ぐらを掴み、力任せに引き寄せる。

ディケイドとダークディケイド。

同じ輪郭が至近距離でぶつかり合う。

仮面越しに見える奴の眼だけが、薄気味悪いほど愉快そうだった。

 

「目的は果たした」

 

静かな声だった。

 

「協力関係は、ここまでで十分だろう」

 

その意味を理解した瞬間にはもう遅い。

キリエの周囲へ暗い歪みが走り、夜天の書を抱えたまま後退する。

アミタが飛び込むが届かない。

なのは達の砲撃が届く前に、奴らの姿は空間の向こうへ滑るように遠ざかっていく。

 

「待て!」

 

俺が踏み込んだ瞬間、ダークディケイドが最後の一撃を打ち込んできた。

真正面から受け止める。

だが、その衝撃を利用するみたいに、奴自身の身体が霧のようにほどけ始めた。

最初から長居するつもりはなかった。

夜天の書を奪う、その一点のためだけに現れたというわけだ。

 

「また会おう、ツカサ」

 

闇へ溶けながら、オール・フォー・ワンの声だけが残る。

最後まで、あくまで穏やかで、それでいて底の見えない悪意だけを滲ませたまま。

 

「悪を欲する限り、僕は何度でも現れる」

 

次の瞬間、ダークディケイドの姿は完全に掻き消えた。

残ったのは、封殺結界の内側に満ちる焦げた匂いと、奪われた書を追えなかった現実だけだった。

 

俺はその場に立ったまま、空間の歪みが閉じた場所を睨む。

読みは当たっていた。

キリエの裏で動く存在はいた。

だが、想定していたよりずっと性質が悪い。

財団Xの実験体か、転生者の延長線にある災厄か。

どちらにしろ、夜天の書はあいつらの手へ渡った。

 

「……最悪だな」

 

吐き捨てた声は、自分でも驚くほど低かった。

その間にも、はやては書を失った腕を握りしめ、アミタは妹が消えた方角を見つめたまま動けずにいる。

なのは達もまた、今起きたことの意味を飲み込みきれていない顔だった。

 

だが、これで終わったわけじゃない。

むしろ、ここからが本番だ。

オール・フォー・ワン。

別世界で倒したはずの魔王。

その悪意が、今度はダークディケイドの姿で、この世界の厄介事と手を組んだ。

なら、奪われた夜天の書を取り戻すだけじゃ済まない。

敵の盤面は、想定していたよりずっと大きい。

 

俺はディケイドのまま、閉じた夜空を睨み続けた。

今さら驚いて終わる気はない。

だが、次に来る時は、もう好きに盤面を荒らさせるつもりもなかった。

 

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