悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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偽物への思い

三方向から迫る気配を前にしても、俺の足はまだ決定的な一歩を踏み込めずにいた。

目の前にいるのは偽物だと、頭では嫌になるほど理解している。

それでも、デルタの顔をした獣じみた影が牙を剥き、ゼータの姿をした冷たい刃が死角へ潜り、イータと同じ輪郭を持つ何かが無機質な眼差しでこちらを観察しているだけで、拳の軌道がどうしても鈍る。

 

その一瞬のためらいを、オール・フォー・ワンは最初から狙っていた。

ダークディケイドの姿を纏った魔王は、俺の迷いが生む僅かな間を、まるで舞台の演出でも眺めるみたいに愉しんでいる。

胸糞が悪いにも程があったが、それでも体は、見知った顔へ向けて即座に攻撃を叩き込むことを拒んでいた。

 

デルタの複製体が低く地を蹴り、俺の懐へ一気に潜り込んでくる。

爪みたいに鋭い一撃を辛うじてライドブッカーで流すが、その衝撃で体勢がぶれる。

そこへ間髪入れず、ゼータの複製体が横合いから蹴りを叩き込み、背後ではイータの複製体が奇妙な器具を構えて拘束の機会を窺っていた。

守れる。

凌げる。

だが、この顔をした相手へこちらから叩き潰す一撃を返すことだけが、どうしても出来ない。

 

「どうした、士」

 

ダークディケイドの声が、夜の倉庫街へやけに穏やかに響く。

その穏やかさの奥にある悪意を知っているからこそ、余計に吐き気がした。

 

「まさか、そんなに大事なものだったとはね」

 

次の瞬間、ゼータの複製体の一撃が、まともに俺の肩口を抉った。

踏みとどまったものの、膝がわずかに沈む。

そこへ追い討ちみたいにデルタの複製体が飛び込み、イータの複製体が静かに距離を詰める。

完全に押し込まれていた。

偽物だと分かっていながら殴れない、その歪んだ迷いごと利用されている。

 

「本当に、最悪の趣味だな……」

 

吐き捨てた声は、自分でも驚くほど掠れていた。

それを聞いたダークディケイドが、仮面の下で満足そうに笑った、その直後だった。

 

青い閃光が横殴りに夜を裂き、俺へ振り下ろされようとしていた刃を正確に弾き飛ばす。

火花が散り、複製体達が一瞬だけ動きを止める。

聞き慣れた、だがこんな場面で聞きたくはない軽薄な足音が、瓦礫の向こうから近づいてきた。

 

「まったく、趣味が悪いにも程があるね」

 

その声だけで分かる。

青い銃口をくるりと回しながら現れた海東大樹は、いつもの余裕を崩さない顔をしていたが、眼だけは笑っていなかった。

怪盗らしい軽さを纏ったまま、その奥に冷えた怒りを隠している。

 

「海東……」

 

俺が名を呼ぶと、あいつは肩を竦めて俺を見下ろした。

 

「君にとっての宝を、そんな形で穢すなんて許しがたい」

 

そう言いながら、海東はデルタの複製体へもう一発撃ち込む。

青い銃撃は正確に足元を穿ち、複製体の踏み込みを僅かに遅らせた。

 

「僕は欲しい物は盗み出す。だからこそ、あの子達を盗むのはどうだい?」

 

その提案は、相変わらず怪盗らしくて、そしてとんでもなく海東らしかった。

奪われた宝を取り返すんじゃない。

汚されたなら、その運命ごと敵の手元から盗み出せばいい。

常識ならふざけるなと切り捨てる話だったが、今の俺には妙に腑へ落ちた。

 

「……本当に、お前はどうかしているよ」

 

立ち上がりながらそう言うと、海東は口元だけで笑う。

こいつはいつだってそうだ。

まともな道筋が折れた時ほど、ふざけたような理屈で別の正解を持ってくる。

 

「けど、あの野郎の思い通りにされるよりは全然良い」

 

言葉にした瞬間、胸の奥で引っかかっていたものがようやく形を変えた。

壊すんじゃない。

奪われたままにも、穢されたままにもさせない。

この偽物達が借りている顔と意味を、敵の盤面から丸ごと盗み返す。

それなら、俺はまだ拳を振るえる。

 

ダークディケイドが、そこで初めてわずかに空気を変えた。

愉しげだった気配の奥に、ほんの少しだけ苛立ちが混ざる。

その反応だけで十分だった。

海東の乱入は、この舞台の空気ごとひっくり返した。

 

「さて、ツカサ」

 

海東がネオディエンドライバーを構えたまま、もう片方の手で見慣れた端末を取り出す。

ケータッチ21。

俺も同じものを取り出し、互いに視線を交わす。

言葉はそれ以上いらない。

今ここで、悪趣味な盤面ごと踏み潰す。

その意思だけが揃っていれば十分だった。

 

「行くぞ、海東」

 

「ああ、せいぜい派手にやろうじゃないか」

 

俺はケータッチ21へ指を走らせる。

電子音が夜を震わせ、歴代の力が一斉に呼び起こされる気配が全身を貫いた。

 

『ケータッチ 21!』

 

桃色の装甲がさらに重厚な歴史の輝きを纏い、ディケイド コンプリートフォーム21の姿が月下へ完成する。

同時に海東の方でも、青い光が怪盗の身体へ幾重にも重なっていった。

 

『ETERNAL! NADESHIKO! SORCERER! MARS! DARK DRIVE! DARK GHOST! FUMA! BLOOD! EDEN! FALCHION! DAIMON!FINAL KAMENRIDE!COMPLETE 21!』

 

ディエンドを基調にした青と銀の重装甲が、劇場版の異端達を蒐集した怪盗の王みたいに夜の光を反射する。

ディケイド コンプリートフォーム21。

そして、ディエンド コンプリートフォーム21。

二つの最終到達が並んだその瞬間、さっきまでこちらを追い詰めていた複製体達の空気が、ほんのわずかに揺れた。

 

俺は新たな装甲の重みを確かめながら、正面に立つダークディケイドを睨む。

海東もまた青い銃口を持ち上げ、愉快そうに、だが一切の容赦を捨てた目で複製体達を見渡した。

 

悪趣味な偽物なら、本物の歴史と本物の怪盗で盗み返す。

そう決めた以上、もう迷う理由はどこにもなかった。

 

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