悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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純粋な悪

拘束された複製体達が、夜の倉庫街へ無様に転がっている。

デルタの顔をした獣は、なおも牙を剥こうとして青い拘束光へ軋み、ゼータの姿をした刃は、殺意だけを残して地面へ縫い止められていた。

イータの輪郭を持つ偽物もまた、光の枷の内側で静かに身じろぎしている。

倒したわけじゃない。

壊したわけでもない。

動きを封じて、止めただけだ。

それで十分だったし、そうするべきだと、今の俺ははっきり思えていた。

 

その光景を見下ろしながら、ダークディケイドは喉の奥で楽しげに笑った。

月明かりの下で歪んだその姿は、俺自身の輪郭をなぞっているくせに、内側へ詰まっているものだけが、どこまでも腐り切っている。

 

「結局、壊せなかったんだね」

 

穏やかな声だった。

だからこそ、そこへ滲んだ悪意が余計に耳障りだった。

 

「見た目が同じというだけで、手が止まる。実に人間らしい」

 

海東がネオディエンドライバーを軽く回しながら、呆れたように肩を竦める。

青い装甲の奥で、あいつの視線は笑っていなかった。

 

「趣味が悪いだけじゃない」

 

そこで海東は、捕縛された複製体達を一瞥する。

その一瞬だけで、怪盗の矜持を踏みにじられた不快感が伝わった。

 

「品もないね。宝の価値も分からず、汚すことしか出来ないらしい」

 

ダークディケイド――いや、オール・フォー・ワンは、それを聞いてなお余裕を崩さない。

むしろ、値踏みを楽しむように首を傾けた。

 

「君達は面白い」

 

その声音は柔らかい。

柔らかいくせに、他人の痛みを前提に成立している。

 

「壊したくないから拘束した。つまり、まだそこに意味を見ている」

 

俺はその言葉を黙って聞きながら、一度だけ拘束された複製体達へ視線を落とした。

似ている。

見た目だけなら、嫌になるほど似ている。

だが、それだけだ。

あいつらはデルタでもゼータでもイータでもない。

顔を奪われただけの、空っぽの兵器だ。

それでも、ここで壊さなかったのは、優しさなんかじゃない。

あの野郎の悪趣味へ、最後まで付き合いたくなかっただけだ。

 

「……哀れだな」

 

言葉は、思っていたより静かに出た。

海東がわずかに視線を寄越す。

ダークディケイドの空気が、そこでほんの少しだけ止まった。

 

「ほう」

 

オール・フォー・ワンは、面白そうにその一言を拾う。

怒ったわけじゃない。

だが、明らかに聞き流しもしなかった。

 

「哀れ、か」

 

月の光を受けた仮面が、わずかにこちらへ傾く。

その仕草には、相手の言葉を値踏みする魔王の癖があった。

 

「それはまた、興味深い評価だね」

 

俺は海東の隣へ半歩だけ出る。

コンプリートフォーム21の重い装甲が、路面へ鈍い音を落とした。

目の前の悪意は、今もなお他人の顔を踏みにじったまま、こちらの心の動きすら盤面の一部として楽しんでいる。

その姿を見ているうちに、怒りは逆に冷えていった。

ディケイドとして、何度も世界の歪みを見てきた。

願いを間違えた奴もいた。

喪失に狂った奴もいた。

守りたいものを履き違えた果てに、悪へ沈んだ奴らもいた。

けれど、目の前のこいつは違う。

最初から、他人の人生を奪うことに何の躊躇もない。

しかも、自分の手だけじゃ足りず、他人の力も顔も、不幸も縁も、全部を借りて悪を成立させている。

 

「他人の力を奪う」

 

俺は一つずつ、吐き捨てるように言葉を置いた。

 

「他人の顔を使う」

 

拘束された複製体達を横目で示す。

あの悪趣味な盤面そのものが、何よりの証拠だった。

 

「他人の大事なものを踏みにじって、それでようやく相手の心を揺らした気になる」

 

そこで、俺はダークディケイドを真正面から見た。

その奥にいる魔王へ、今度ははっきりと言い切る。

 

「何一つ、自分の手で築けないくせに、全部を支配したつもりでいる」

 

海風が吹く。

その冷たさより先に、場の空気が一段低く沈んだ。

 

「それのどこが魔王だ」

 

仮面の奥で、俺は目を細める。

 

「借り物だらけで、人一人揺らせないなら、ただの空っぽだ」

 

その一言で、ダークディケイドの沈黙がわずかに長くなった。

初めてだった。

あの男が、こちらの言葉をそのまま流さず、ほんの短い間でも噛みしめるような間を見せたのは。

 

海東が、横で小さく笑う。

嘲笑じゃない。

よく刺さった、という類の冷たい笑みだった。

 

「なるほどね」

 

青い銃口が、ゆっくりと持ち上がる。

 

「君にしては、随分優しい説教だ」

 

オール・フォー・ワンは、そこでようやく息を吐くように肩を揺らした。

穏やかな声色は崩れない。

それでも、その奥にある温度だけが少し変わっていた。

 

「空っぽ」

 

静かな復唱だった。

 

「それは、面白い」

 

次の瞬間、ダークディケイドの周囲の空気が歪む。

殺気が、ようやく仮面の隙間から漏れ出た。

今までは盤面を眺める余裕だった。

だが今は違う。

こちらの言葉を、不快だと認めた者の気配だった。

 

「君は、そういう風に見るんだね、門矢士」

 

その声はまだ静かだ。

けれど、穏やかさの裏側に刃が立っている。

 

「他人を利用することの、何が哀れなんだい」

 

「一から十まで、自分で立てないからだ」

 

俺は間を置かずに返した。

止まる必要も、考え直す必要もない。

 

「お前は強いんじゃない」

「奪ってるだけだ」

 

そこで、海東が一歩前へ出た。

怪盗らしい気障さを崩さないまま、だが撃鉄へ指をかける仕草だけは完全に本気だった。

 

「士にそこまで言われて、まだ笑っていられるなら大したものだ」

 

青い装甲が月明かりを弾く。

 

「もっとも、君の悪趣味はもう見飽きたけどね」

 

ダークディケイドは、俺達二人を見比べるように視線を動かした。

その沈黙のあとで、ようやく一歩踏み出す。

足音は静かだった。

静かなのに、その一歩だけで、戦場の空気が完全に切り替わる。

会話は終わりだと、空気そのものが告げていた。

 

拘束された複製体達の唸り声が遠くなる。

海風の音も、倉庫の軋みも、全部が背景へ沈む。

残ったのは、目の前の魔王と、並び立つ俺と海東だけだった。

 

「いいだろう」

 

オール・フォー・ワンが、ゆっくりと構える。

 

「そこまで言うなら、君の言う空っぽとやらが、どこまで立っていられるのか見せてもらおう」

 

俺もまた、コンプリートフォーム21の装甲を軋ませながら重心を落とした。

海東はネオディエンドライバーを持ち上げ、銃口をまっすぐダークディケイドへ向ける。

 

「お喋りはここまでだ」

 

俺の声が、夜へ低く落ちる。

 

「悪趣味な舞台ごと、ここで終わらせる」

 

その直後、ダークディケイドが闇を裂いて踏み込んだ。

俺と海東も同時に動く。

月下の倉庫街で、ついに本命との戦いが始まった。

 

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