ダークディケイドが踏み込んだ瞬間、夜の倉庫街に張りついていた空気そのものが捻じれた。
ただ速いんじゃない。
重い。
それも、ただ鍛えた肉体の重さじゃなく、いくつもの異物を無理やり束ねて一撃へ押し固めたような、不自然で、だからこそ質の悪い重さだった。
俺はコンプリートフォーム21のまま、その最初の拳を受けた。
受けた瞬間に分かった。
ディケイドの機動に似た踏み込みの中へ、別の“力”が幾つも重なっている。
筋力を押し上げるもの。
衝撃を増幅するもの。
おそらくは感知や反応の類まで混ざっている。
オール・フォー・ワンの流儀そのものだ。
奪い、重ね、都合のいいところだけを繋ぎ合わせて、自分だけの怪物を作る。
「だったら――」
俺は一度その衝撃を受け流し、大きく後ろへ跳んだ。
距離を切ったその一瞬でケータッチ21へ指を走らせる。
今必要なのは、真正面から押し返すだけの力じゃない。
混ざったものを見抜き、ほどき、中和する答えだ。
『BUILD!KAMEN RIDE!GENIUS FORM!』
桃色の歴史がほどけ、その上へ六十本のボトルの叡智を束ねた装甲が重なる。
ビルド・ジーニアスフォーム。
胸の奥で回り始めた複合演算の感覚と共に、視界へ走る世界の輪郭が一段だけ鮮明になった。
ダークディケイドの周囲で渦巻く力の流れが、今度は形を持って見える。
継ぎ接ぎだ。
しかも、継ぎ接ぎであることを隠す気すらない。
「寄せ集めなら、分解して答えを出すまでだ」
俺がそう吐き捨てた直後、横合いから青い銃声が夜を裂く。
海東は最初から迷っていなかった。
ネオディエンドライバーの銃口をダークディケイドへ向けたまま、わずかに口元だけで笑う。
「趣味の悪い玩具を見せられたんだ。せめて綺麗に片づけたいね」
カードが装填される。
海東の指先は、こういう時ほど妙に優雅だ。
だから余計に、その怒りが冷たく見える。
『WIZARD!KAMEN RIDE!SORCERER!』
黄金の魔法使いが、海東の前へ召喚される。
ソーサラー。
金色の外装が月光を鈍く跳ね返し、手にしたディースハルバードが不吉なまでに静かに揺れた。
次の瞬間、ソーサラーの周囲へ魔法陣が幾重にも広がり、稲妻が夜空を裂き、竜巻が倉庫街の通路をねじ曲げる。
ダークディケイドの足元から衝撃波が走る。
コンクリートを砕きながら一直線に俺へ迫るその攻撃は、ライダーの力だけじゃない。
空間ごと押し飛ばすような、別のレアスキルの性質が混ざっている。
だが、もう見える。
俺は一歩踏み込み、ジーニアスの装甲越しにその軌道へ拳を差し込んだ。
中和粒子が爆ぜる。
紫黒い衝撃の輪郭が、接触した一点からわずかに崩れた。
「ほう」
ダークディケイドが、そこで初めて低く声を漏らす。
驚きというより、観察対象の更新だ。
本気で腹が立つ。
「分析か」
「お前みたいな手合いには、ちょうどいい」
返しながら、俺は間合いを詰めた。
ダークディケイドも正面から来る。
拳と拳がぶつかる。
今度は受けた瞬間に、俺の腕へ複数の情報が流れ込んできた。
強化。
圧縮。
増幅。
どれもこれも、単体なら厄介で済む。
だが、無理やり重ねたせいで繋ぎ目がある。
そこへ中和を差し込めば、完璧な怪物にはならない。
背後から、海東の声が飛ぶ。
「士、右だ」
それだけで十分だった。
俺が半身になった直後、右手側の倉庫群へ向かってソーサラーの雷が落ちる。
落雷は直撃を狙っていない。
戦場の“面”を制御するための一撃だ。
ダークディケイドが右へ逃げれば雷。
左へ逸れれば竜巻。
前へ出るなら俺。
海東はいつだって、盤面を怪盗らしく支配する。
「散らかりすぎなんだよ、君の戦い方は」
青い銃撃が重なる。
ダークディケイドがそれを紙一重で避けると、その避けた先へ今度は竜巻が巻き込むように噛みついた。
動線が閉じる。
その一瞬の遅れへ、俺はジーニアスの拳を叩き込む。
「力を重ねるのは勝手だ」
腹部へ直撃。
吹き飛ばすんじゃない。
中和だ。
複数の力を重ねたその一点へ、ジーニアスの答えを流し込む。
「だが、混ぜれば混ぜるほど綻びも増える」
鈍い破裂音と共に、ダークディケイドの装甲の隙間から紫黒い光が一度だけ乱れた。
手応えはある。
だが、まだ浅い。
オール・フォー・ワンは一歩下がっただけで膝もつかない。
それでも、踏み込みの圧がさっきよりほんの少しだけ鈍った。
「なるほど」
穏やかな声だった。
気味の悪い余裕を残したまま、ダークディケイドは肩を軽く回す。
「中和と分解か」
「ようやく理解したか」
俺がそう言うと、奴は笑うように首を傾けた。
「いや」
その直後、周囲の空気が粘ついた。
ダークディケイドの視線が、ほんの一瞬だけ俺の奥――複製体の方へ流れる。
それだけで分かる。
今度は言葉で揺さぶりに来る。
「それでも、まだ迷いは残っているね」
予想通りだった。
さっきまでの盤面を、わざわざ口に出して蒸し返す。
俺の拳が止まった理由。
似た顔をした偽物を壊し切れなかった一瞬。
そこへ触れれば、また判断が鈍ると思っている。
「人間らしいよ、士」
その瞬間、俺の右横を青い閃光が掠めた。
海東の射撃だ。
ダークディケイドの頬をかすめるように抜けた一発は、ダメージよりも会話の流れを断つためのものだった。
「底が浅いね」
海東が冷たく言い放つ。
ネオディエンドライバーを持つ腕は微塵もぶれない。
「人の心を揺らすのに、借り物の顔しか使えないらしい」
それはさっき俺が叩きつけた言葉の続きでもあった。
海東はこういう時、真正面から肩を貸すんじゃない。
代わりに、相手の一番気にしているところへ容赦なく刃を入れる。
だから助かる。
だから腹も立つ。
ダークディケイドの気配が、そこでわずかに冷えた。
穏やかなままだ。
だが、余裕に混じる不快感だけは隠しきれていない。
「なるほど」
奴が一歩踏み込む。
今度の速度はさっきより速い。
強化の重ね掛けを一段深くしたのか、脚部の加速が目に見えて上がっている。
俺は迎え撃つ。
拳が触れた瞬間に解析。
増幅の比率が変わった。
衝撃の乗り方も違う。
なら、答えも変えるだけだ。
「海東!」
「命令する気かい?」
「右を閉じろ!」
「……まあ、悪くない」
返答と同時に、ソーサラーの竜巻が右方のコンテナ列を丸ごと巻き込み、逃走路を封じる。
左には雷。
上はソーサラーの魔法陣。
前だけが、俺の間合いだ。
「さあ、選びたまえ」
海東の声が響く。
ダークディケイドは前進を選んだ。
当然だ。
後ろへ引くような性質なら、そもそもあんな男はやっていない。
真正面からぶつかる。
俺はジーニアスの複合展開で脚部へ加速、腕部へ中和、胸部の演算で次の一手を重ねる。
一撃目で崩す。
二撃目で中和する。
三撃目で出力の繋ぎ目を剥がす。
それが今の答えだ。
拳。
肘。
蹴り。
三連の衝撃がダークディケイドの装甲へ叩き込まれ、そのたびに紫黒いオーラが小さく乱れる。
ソーサラーの雷が背後へ落ち、逃げ道を削る。
ディースハルバードの軌道が残像みたいに閃き、死角へ回ろうとする動きすら牽制する。
「混ぜ物だらけの力にしては、よく持つな」
俺が吐き捨てると、ダークディケイドは初めて明確に一歩だけ押し返された。
装甲の一部がひび割れ、その奥から覗く暗い光が不規則に脈打つ。
完全には崩れていない。
だが、確かに届いている。
「だいたい見えた」
そう呟いた時、ダークディケイドの動きがほんのわずかに止まった。
こちらが見切ったことを理解した顔だった。
海東がその横で、愉快そうに、だが一切気を抜かずに銃口を持ち上げる。
「次は、もっと派手に剥がす番だね」
夜風が倉庫街を吹き抜ける。
竜巻が収まりきらずに唸り、雷の残光がコンテナの壁へ白く滲んでいた。
前半は終わっていない。
だが、少なくとも相手の理屈は見えた。
重ねた力。
継ぎ接ぎの悪意。
そして、その綻び。