ダークディケイドが一歩踏み出した、そのたった一歩だけで、夜の倉庫街に沈んでいた空気がぐしゃりと踏み潰されたように歪んだ。
前半で見えた綻びを隠すつもりすらないのか、今度の奴は、奪った力を遠慮なく重ね合わせたまま、真正面から俺達を押し潰すつもりで来ている。
ディケイドの踏み込みに似た速さがある。
そのくせ、乗っている圧は別物で、怪力と加速と衝撃増幅を一纏めにしたような、あまりにも質の悪い重さが同時に襲い掛かってきた。
「ようやく本気で来る気になったか。だったら、その継ぎ接ぎごと叩き割るだけだ」
俺がそう言って重心を落とした瞬間、奴の拳が目の前まで迫る。
受ければ危ない。
だが、受けなければ次が読めない。
一瞬だけ腕を差し込み、その衝撃を装甲越しに受けながら、俺は前半で掴んだ情報を頭の奥で繋ぎ合わせた。
力の流れが歪だ。
レアスキルの重なり方に無理がある。
しかも、その無理をダークディケイドの外殻で無理やり繋いでいる。
だったら、答えは一つしかない。
俺は勢いを殺さず後方へ飛び退き、ケータッチ21へ指を走らせる前に、海東へ視線だけで合図を送った。
あいつはいつもの薄い笑みを浮かべたまま、だが銃口だけは完全に本気の角度で持ち上げる。
「なるほどね。ここからは、君の嫌いな“計算外”を押しつける番らしい」
次の瞬間、俺はカードを切る。
『ZERO-ONE!KAMEN RIDE!ZERO-TWO!』
黒と赤の装甲が、夜の空気を切り裂くように再構成される。
ゼロツー。
予測を超えるために生まれた答え。
奪って積み上げた結果に対して、なおその先へ踏み込むための力。
「借り物を重ねるだけの答えなら、その先にある本物で踏み越える」
俺がそう吐き捨てた直後、横合いから海東のカード音声が重なる。
『ZERO-ONE!KAMEN RIDE!EDEN!』
青い光の向こうに現れたのは、終末を思わせる白と紫の異形。
仮面ライダーエデン。
世界を壊し、楽園を作ると宣う、破滅そのものを纏った劇場版の異端だ。
海東がこれを選ぶ意味は分かる。
あの怪盗は、価値のあるものを盗む男だ。
だったら、オール・フォー・ワンが好き勝手に積み上げたこの盤面そのものを、終末の力で奪って壊すつもりなんだろう。
「君は盤面を作るのが好きみたいだけれど、壊される側の気分も味わうべきだと思わないかい」
ダークディケイドが僅かに身を沈める。
その直後、空間ごと押し潰すような圧縮衝撃が、一直線にこちらへ放たれた。
前半で見た遠距離制圧の強化版だ。
だが、今の俺にはもう遅い。
ゼロツーの視界には、衝撃が生まれる前の力の偏りさえ見えている。
俺は半歩だけずれ、同時に生成したシールドを斜めへ滑らせて、その圧縮衝撃の軌道をわずかに逸らす。
直撃するはずだった破壊の奔流が、俺の脇を掠めて背後のコンテナ群をまとめて裂いた。
「遅いな。それじゃ、未来を盗んだつもりにはなれない」
俺が懐へ潜り込んだ時には、ダークディケイドの視線が初めて俺を追い切れていなかった。
ゼロツーの本質は、ただ速いことじゃない。
相手の読みに対して、さらにその先の答えを置いていくことだ。
俺の拳が脇腹へ沈み、ダークディケイドの装甲の奥で、前半に見つけた綻びが再び軋む。
続けて踵を返し、今度は顎先を跳ね上げるように蹴りを叩き込む。
体勢が浮く。
そこへ、海東が待っていた。
エデンが無言のまま踏み込み、終末そのものみたいな一撃で、ダークディケイドの立っていた地面ごと抉り飛ばす。
砕けたコンクリートが宙へ舞い、倉庫の壁面が横殴りに裂ける。
海東は最初から、奴の身体だけを壊すつもりじゃない。
立ち位置を奪い、逃げ道を奪い、余裕を奪う。
それがあいつの戦い方だ。
「君は本当に趣味が悪いね。だからこそ、壊しても惜しくない」
ダークディケイドが空中で無理やり体勢を立て直し、そのまま加速を乗せた蹴りを海東へ向けて振り抜く。
速い。
重い。
だが、その一撃が届くより先に、ゼロツーの残像が間へ割り込んでいた。
俺はその蹴りを斜めから払って軌道を逸らし、エデンの前へ立つ。
防ぐ。
弾く。
そして、答えを返す。
「海東、右を潰せ」
「命令口調は気に入らないけれど、今は従ってあげるよ」
エデンが腕を振るう。
終末の破壊が右側のコンテナ群を丸ごと呑み込み、退路だったはずの通路が爆ぜて消えた。
左へ逃げようとすれば、俺がいる。
上へ抜けようとすれば、エデンの追撃が落ちる。
オール・フォー・ワンの得意なことは、他人から奪って有利を作ることだ。
だったら、その有利そのものを奪い返せばいい。
「なるほど、速さと破壊で来るつもりか」
ダークディケイドの声はまだ穏やかだった。
だが、そこに混じる余裕は、前半より薄い。
俺は一歩前へ出ながら、奴を真っ直ぐ見た。
「違うな。お前が奪って積み上げたものを、全部ここで終わらせる」
その言葉と同時に、ダークディケイドが今までで最速の踏み込みを見せた。
複数の強化系レアスキルを、もう隠しもせずに全部重ねた速度だ。
普通なら見えない。
だが、ゼロツーの世界では、その加速さえ遅い。
俺はわずかに沈み込み、その軌道の外側へ抜ける。
その背後へ回り込んで、装甲の綻びへ肘を叩き込む。
さらに膝。
さらに蹴り。
三連撃で無理やり出力を乱し、浮いた体勢へエデンが横から終末の斬撃を叩き込んだ。
ダークディケイドが大きく吹き飛ぶ。
倉庫壁へ激突し、鉄骨が悲鳴を上げる。
それでも、奴は倒れない。
さすがにしぶとい。
オール・フォー・ワンの本質は、奪うことだけじゃなく、しぶとく悪意を延命させることにもある。
だが、それもここまでだ。
今、奴の綻びは完全に見えた。
重ねた力の中心。
無理やり接続された悪意の核。
そこへ二人で同時に届けば終わる。
「海東、次で決めるぞ」
「最初からそのつもりだよ。最悪の宝には、最悪に相応しい終わり方を用意したいからね」
俺達は同時に、一度だけ距離を取った。
ゼロツーとエデンの輪郭が、夜の中で淡く揺らぐ。
ここから先は、もう解析でも制圧でもない。
本来の姿で、最後の一撃を叩き込む。
俺はディケイド コンプリートフォーム21へ戻る。
海東もまた、ディエンド コンプリートフォーム21のまま、銃口を天へ向ける。
月下の倉庫街で、歴史の正統と、劇場版の異端が再び並び立った。
ダークディケイドはなお立っている。
膝を折らず、仮面の奥の悪意も消していない。
それでも、今この瞬間だけは、確かに追い詰められた者の気配を纏っていた。
「まだ終わらないつもりかい、門矢士」
「終わらせるのは、今からだ」
俺はカードを切る。
『FINAL ATTACK RIDE!DE-DE-DE-DECADE!』
前方へ光のカード列が幾重にも並ぶ。
その向こうに、主役ライダー達の歴史が重なり、俺の脚へ一点の必殺として収束していく。
強化ディメンションキック。
歴史そのものを叩きつけるための一撃だ。
同時に、海東もまた引き金へ指をかける。
『ATTACK RIDE!GEKIJOUBAN!ETERNAL!NADESHIKO!SORCERER!MARS!DARK DRIVE!DARK GHOST!FUMA!BLOOD!EDEN!FALCHION!DAIMON!』
劇場版の異端達が、海東の背後へ光となって展開する。
終末の破壊。
魔法の制圧。
暗黒の斬撃。
暴力的な一撃。
それら全てが、怪盗の手で一つの銃撃へ束ねられていく。
海東の目が細くなる。
「いただくよ、最悪の宝を」
その瞬間、俺は走った。
光のカードを蹴り抜き、その全てを通過した脚へ、歴代の主役が残した力を叩き込む。
海東は引き金を引き、劇場版の異端達の必殺を、一つの奔流としてダークディケイドへ撃ち放つ。
二つの必殺が、同時に奴へ届いた。
俺の強化ディメンションキックが、継ぎ接ぎの核を正面から穿つ。
海東の劇場版総攻撃が、その外殻と退路をまとめて吹き飛ばす。
正統と異端。
歴史と終末。
二つの極が同時に落ちた瞬間、ダークディケイドの装甲が内側からひび割れ、紫黒い光が爆ぜた。
オール・フォー・ワンの悪意が、最後まで何かを奪おうとするみたいに蠢く。
だが、もう遅い。
借り物だらけの力は、ここで完全に破断する。
「終わりだ」
その一言と共に、ダークディケイド=オール・フォー・ワンは、爆音と閃光の中心で完全に砕け散った。
爆風が倉庫街を駆け抜け、崩れた壁の破片が月光の下で雨みたいに降り注ぐ。
俺は着地し、そのまま視線を上げた。
海東もまた、煙の向こうを見据えたまま銃口を下ろさない。
何も残っていない。
少なくとも、あの悪趣味な仮面の輪郭は、もうどこにもなかった。
夜風が、ようやく遅れて吹き抜ける。
俺は長く息を吐いてから、砕けた地面の向こうへ目を向けた。
「だいたい片付いたな」
そう呟くと、海東が肩を竦める。
「いや、まだだよ。盗まれた宝を取り返すまでは、終わったとは言えない」
それはその通りだった。
だが少なくとも、今夜の盤面で一番性質の悪い悪意は、ここで潰した。
だったら次は、奪われた夜天の書を取り返す番だ。
俺はコンプリートフォーム21のまま夜空を見上げ、もう次の面倒事へ向かうために、静かに足を踏み出した。