爆煙がようやく薄れた倉庫街で、俺と海東は同時に視線を上げたまま、消えたはずのダークディケイドの残滓を睨んでいた。
あれだけ派手に砕いたというのに、胸の奥に残る嫌な引っかかりだけは、どうしても消えてくれなかった。
勝ったはずなのに終わった気がしない時は、大抵ろくでもない置き土産が残っている。
世界を渡ってきた経験は、その最悪の勘だけはやけに当たると、嫌というほど教えてくれていた。
「だいたい片付いた、とは言い切れない顔をしているね。」
海東が銃口を下ろし切らないまま、皮肉混じりにそう言った。
こいつも同じ違和感を拾っているからこそ、あえて軽く言っているのだと分かる。
だから俺も、無駄な否定はしなかった。
「終わったと思うほど、あいつは安くない。」
そう返した直後だった。
崩れた足場の陰に転がっていた黒焦げの端末が、突如として火花を散らしながら再起動する。
割れた液晶の奥でノイズが走り、スピーカーから耳障りな雑音が滲み出た。
その次に流れてきた声を聞いた瞬間、俺は思わず舌打ちを噛み殺した。
「聞こえているかな」
穏やかで、丁寧で、だからこそ虫唾が走る。
間違えようがない。
あの仮面の奥にいた魔王、そのものの声だった。
「……最後まで、本当に趣味が悪いね。」
海東が心底呆れたように吐き捨てる。
端末の向こうのオール・フォー・ワンは、その不快さごと楽しむように、わずかに笑みを含んだ声音で続けた。
「いや、これは敗者の負け惜しみじゃない。」
「君達を引き留めるための、最後の確認だよ。」
その一言で、胸の奥に残っていた違和感が、最悪の形で噛み合った。
勝った。
だが、それは盤面の本命を止めた結果じゃない。
俺達はあいつに付き合わされていただけで、その間に別の場所で別の何かが進んでいた。
そう考えた瞬間、背筋へ氷水みたいな悪寒が走る。
「時間稼ぎか。」
「そうだ。」
「君は厄介だったからね。」
「怒り、迷い、そして立ち止まる。その全部を少しだけ利用させてもらった。」
その声の向こうで、何かを思い出したように海東の眼が細くなる。
俺もまた、端末へ歩み寄りながら低く問うた。
「何をした。」
「あまりにも単純な話さ。」
「奪ったものは使うべきで、開いた扉は通るべきだ。」
「君がこちらで遊んでいる間に、別の舞台は十分整った。」
その瞬間だった。
言葉より先に、肌が理解した。
遠い。
だが、この夜のどこかで、明らかに“ライダーの気配”に似たものが、一斉に立ち上がった。
似ている。
そのくせ、決定的に違う。
本来ならそこへあるはずの意志や誇りだけが抜け落ち、代わりに悪意と飢えだけを押し込まれたような、酷く不快な反響だった。
「……海東。」
「分かってる。」
「今のは、ぞっとするほど嫌な感じだ。」
オール・フォー・ワンの声が、そこでわずかに楽しげな響きを強める。
「急ぐといい。」
「君の生徒達が、どんなものを見せられているのか。」
「あるいは、どんなライダー達に囲まれているのか。」
「お前……!」
俺が端末へ手を伸ばした瞬間、スピーカーが火花を散らして沈黙した。
必要なことだけ言い残し、壊れるように切られた。
あいつらしいと言えばそれまでだが、そう思うことすら腹立たしい。
海東が、沈んだ端末を見下ろしながら肩を竦める。
「行くんだろう。」
「当たり前だ。」
「なら、僕は別から回る。」
「舞台装置を壊すのは、怪盗の仕事としては悪くない。」
「好きにしろ。」
「だが、遅れるな。」
「君こそね。」
それだけ言い残し、海東は青い軌跡を引いて闇の向こうへ消えた。
俺は海東と逆方向へ走り出しながら、肌を刺す悪寒の源を追う。
オーロラカーテンを開くより先に、空気の歪みと魔力の流れだけで方角を掴む。
そこにあるのは、ただの敵意じゃない。
何かを模し、ねじ曲げ、悪意だけで塗り固めた“別のライダー達”の気配だった。
それが一体や二体じゃないという事実が、余計に最悪だった。
人気のない高架下跡地へ辿り着いた瞬間、俺は思わず足を止めた。
止まらずにいられなかった、と言った方が正しい。
広く開けたコンクリートの地面には、黒い光の筋が蜘蛛の巣みたいに走り、その中心へ巨大な術式のような円が刻まれている。
夜空は淀み、風は重く、遠くから聞こえるはずの街の音さえ、ここだけ妙に遠かった。
その中央に、イリスが立っていた。
静かで、細くて、けれどその足元から溢れている気配だけが、人の手で触れてはいけないものだと告げている。
「……間に合ってしまったのね。」
淡々とした声だった。
焦りでも歓喜でもない。
ただ、もう引き返せないところまで来た者の諦めに近い温度があった。
「お前がやったのか。」
俺が問うと、イリスはほんのわずかだけ目を伏せた。
「私は扉を開いただけ。」
「でも、もう止まらない。」
その言葉と共に、イリスの足元から黒い霧が立ち上がる。
霧というより、過去のライダーの輪郭だけを悪夢の側から写し取ったような、濁った影だ。
それがゆっくりと人の形を取り、一体、また一体と、夜の広場へ並び始める。
最初に立ち上がったのは、アギトに似ていた。
だが、本物のアギトじゃない。
額の角は微妙に歪み、装甲は白と銀を基調にしているのに、その清浄さだけがどこにもなかった。
眼だけが血みたいに赤く、掌を開くたびに黒赤い火が不吉に灯る。
怒りだけを凝縮して、英雄の姿へ無理やり押し込んだような異形。
アギトの写し身。
いや、そんな生易しいものじゃない。
あれは、アギトの輪郭を借りた別種の怪物だ。
その左右へ、今度は細身の影が整列する。
ファイズ系統の直線的な装甲。
だが、発光ラインは本来の赤ではなく、濁った紫白で不安定に明滅し、個性というものが一切感じられない。
同じ角度、同じ立ち方、同じ呼吸の間隔で、複数体が無言のまま並んでいる。
アルファ。
そう呼ぶしかない量産型の処刑兵。
人間の顔をした兵士ですらなく、ライダーの記号だけを軍隊へ落とし込んだような、乾いた暴力の列だった。
その奥で、地面そのものが不意に脈打つ。
次に盛り上がってきたのは、もっと獣じみた群れだった。
アナザーアギトを思わせる骨格。
顎や角は個体ごとに伸び方が違い、肩や背中は肉が暴走したみたいに不規則に膨れ、どれもが中途半端に“人”へ似ているせいで、余計に気味が悪い。
統率のとれた軍勢じゃない。
目覚め損ね、歪んだまま量産されたアギト因子の変異体。
ギル・アギトの軍団。
理性を持たない獣の群れが、黒い光に濡れた地面の上で低く唸っていた。
そして、その全てのさらに奥。
まるで王座のように、ただ一体だけ動かず立っているものがいた。
オーズの輪郭を持ちながら、そこへまとわりついているのは英雄の色ではなく、歴代悪の粘ついた残滓だ。
胸や肩は骨を思わせる外殻へ変質し、背中からは六本の巨大な触手がゆっくりと蠢いている。
一本は鞭のようにしなる。
一本は槍のように尖る。
残りもそれぞれ別の意志を持つみたいに動き、広場全体を支配するように広がっていた。
ヘキサオーズ。
もしそんな名があるなら、あれ以上に似合うものもない。
悪の首領達の歴史を、オーズという器へ押し込めたような、最悪の王だった。
「……最悪だな。」
言葉が自然に漏れた。
どれもライダーに似ている。
そのくせ、どれ一つとして“守る意志”を持っていない。
英雄の輪郭を借りながら、そこへ込められているのは破壊、怒り、飢え、支配、ただそれだけだ。
オール・フォー・ワンが時間を稼いだ理由も、ようやくはっきりした。
夜天の書を奪うことそのものが本命じゃなかった。
奪った力を触媒にして、こんな悪夢みたいなライダー達を一斉に現実へ押し出すこと。
それが、あいつらの狙いだったんだ。
「よりにもよって、こんな形でライダーを並べるか。」
俺が吐き捨てると、イリスは苦しげに目を伏せた。
だが、否定はしない。
出来ないのか、それとももう遅いのか。
どちらにしても、目の前にある光景が変わるわけじゃなかった。
「私は……。」
そこで言葉を切り、イリスは広場へ並ぶ異形達を一度だけ振り返る。
その視線には迷いがある。
だが、その迷いは今ここで止まる理由にはならないらしい。
「もう、戻せない。」
次の瞬間、先頭に立っていたアギトの異形が一歩前へ出た。
赤い目が、真っ直ぐこちらを射抜く。
掌の中で黒赤い火が脈打ち、その熱だけで空気が歪む。
それに呼応するように、アルファ達が一斉に身構え、ギル・アギトの群れが地を掻き、ヘキサオーズの六本の触手がゆっくりと夜気を裂いた。
ただ立っているだけで、戦場が完成していく。
嫌でも分かる。
ここから始まるのは、ただの奪還戦じゃない。
ライダーという歴史そのものを、悪意で汚された戦いだ。
俺はディケイドライバーへ手をかけた。
目の前にいるのは、知っているはずの輪郭を持ちながら、知っていてはいけない方向へ変質した最悪の写し身達。
怒りはある。
だが、今はその怒りを荒らすより、まず正面から叩き返す方が先だ。
「イリス。」
名を呼ぶと、彼女は小さく肩を震わせた。
「これが、お前の答えだっていうなら。」
ネオディケイドライバーが腰へはまる。
乾いた起動音が、淀んだ空気を切り裂いた。
「俺はライダーとして、それごと壊す。」
正面では、ミラージュ・アギトが燃える掌を持ち上げる。
左右ではアルファ達が整列し、後方ではギル・アギトの群れが獣みたいに低く唸り、最奥ではヘキサオーズが王のように触手を広げていた。
夜の高架下で、歪んだ英雄達が一斉にこちらへ悪意を向ける。
その最悪の光景のど真ん中で、俺は静かにカードを抜いた。