悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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最悪の想像体

爆煙がようやく薄れた倉庫街で、俺と海東は同時に視線を上げたまま、消えたはずのダークディケイドの残滓を睨んでいた。

あれだけ派手に砕いたというのに、胸の奥に残る嫌な引っかかりだけは、どうしても消えてくれなかった。

勝ったはずなのに終わった気がしない時は、大抵ろくでもない置き土産が残っている。

世界を渡ってきた経験は、その最悪の勘だけはやけに当たると、嫌というほど教えてくれていた。

 

「だいたい片付いた、とは言い切れない顔をしているね。」

 

海東が銃口を下ろし切らないまま、皮肉混じりにそう言った。

こいつも同じ違和感を拾っているからこそ、あえて軽く言っているのだと分かる。

だから俺も、無駄な否定はしなかった。

 

「終わったと思うほど、あいつは安くない。」

 

そう返した直後だった。

崩れた足場の陰に転がっていた黒焦げの端末が、突如として火花を散らしながら再起動する。

割れた液晶の奥でノイズが走り、スピーカーから耳障りな雑音が滲み出た。

その次に流れてきた声を聞いた瞬間、俺は思わず舌打ちを噛み殺した。

 

「聞こえているかな」

 

穏やかで、丁寧で、だからこそ虫唾が走る。

間違えようがない。

あの仮面の奥にいた魔王、そのものの声だった。

 

「……最後まで、本当に趣味が悪いね。」

 

海東が心底呆れたように吐き捨てる。

端末の向こうのオール・フォー・ワンは、その不快さごと楽しむように、わずかに笑みを含んだ声音で続けた。

 

「いや、これは敗者の負け惜しみじゃない。」

「君達を引き留めるための、最後の確認だよ。」

 

その一言で、胸の奥に残っていた違和感が、最悪の形で噛み合った。

勝った。

だが、それは盤面の本命を止めた結果じゃない。

俺達はあいつに付き合わされていただけで、その間に別の場所で別の何かが進んでいた。

そう考えた瞬間、背筋へ氷水みたいな悪寒が走る。

 

「時間稼ぎか。」

 

「そうだ。」

「君は厄介だったからね。」

「怒り、迷い、そして立ち止まる。その全部を少しだけ利用させてもらった。」

 

その声の向こうで、何かを思い出したように海東の眼が細くなる。

俺もまた、端末へ歩み寄りながら低く問うた。

 

「何をした。」

 

「あまりにも単純な話さ。」

「奪ったものは使うべきで、開いた扉は通るべきだ。」

「君がこちらで遊んでいる間に、別の舞台は十分整った。」

 

その瞬間だった。

言葉より先に、肌が理解した。

遠い。

だが、この夜のどこかで、明らかに“ライダーの気配”に似たものが、一斉に立ち上がった。

似ている。

そのくせ、決定的に違う。

本来ならそこへあるはずの意志や誇りだけが抜け落ち、代わりに悪意と飢えだけを押し込まれたような、酷く不快な反響だった。

 

「……海東。」

 

「分かってる。」

「今のは、ぞっとするほど嫌な感じだ。」

 

オール・フォー・ワンの声が、そこでわずかに楽しげな響きを強める。

 

「急ぐといい。」

「君の生徒達が、どんなものを見せられているのか。」

「あるいは、どんなライダー達に囲まれているのか。」

 

「お前……!」

 

俺が端末へ手を伸ばした瞬間、スピーカーが火花を散らして沈黙した。

必要なことだけ言い残し、壊れるように切られた。

あいつらしいと言えばそれまでだが、そう思うことすら腹立たしい。

 

海東が、沈んだ端末を見下ろしながら肩を竦める。

 

「行くんだろう。」

 

「当たり前だ。」

 

「なら、僕は別から回る。」

「舞台装置を壊すのは、怪盗の仕事としては悪くない。」

 

「好きにしろ。」

「だが、遅れるな。」

 

「君こそね。」

 

それだけ言い残し、海東は青い軌跡を引いて闇の向こうへ消えた。

俺は海東と逆方向へ走り出しながら、肌を刺す悪寒の源を追う。

オーロラカーテンを開くより先に、空気の歪みと魔力の流れだけで方角を掴む。

そこにあるのは、ただの敵意じゃない。

何かを模し、ねじ曲げ、悪意だけで塗り固めた“別のライダー達”の気配だった。

それが一体や二体じゃないという事実が、余計に最悪だった。

 

人気のない高架下跡地へ辿り着いた瞬間、俺は思わず足を止めた。

止まらずにいられなかった、と言った方が正しい。

広く開けたコンクリートの地面には、黒い光の筋が蜘蛛の巣みたいに走り、その中心へ巨大な術式のような円が刻まれている。

夜空は淀み、風は重く、遠くから聞こえるはずの街の音さえ、ここだけ妙に遠かった。

その中央に、イリスが立っていた。

静かで、細くて、けれどその足元から溢れている気配だけが、人の手で触れてはいけないものだと告げている。

 

「……間に合ってしまったのね。」

 

淡々とした声だった。

焦りでも歓喜でもない。

ただ、もう引き返せないところまで来た者の諦めに近い温度があった。

 

「お前がやったのか。」

 

俺が問うと、イリスはほんのわずかだけ目を伏せた。

 

「私は扉を開いただけ。」

「でも、もう止まらない。」

 

その言葉と共に、イリスの足元から黒い霧が立ち上がる。

霧というより、過去のライダーの輪郭だけを悪夢の側から写し取ったような、濁った影だ。

それがゆっくりと人の形を取り、一体、また一体と、夜の広場へ並び始める。

 

最初に立ち上がったのは、アギトに似ていた。

だが、本物のアギトじゃない。

額の角は微妙に歪み、装甲は白と銀を基調にしているのに、その清浄さだけがどこにもなかった。

眼だけが血みたいに赤く、掌を開くたびに黒赤い火が不吉に灯る。

怒りだけを凝縮して、英雄の姿へ無理やり押し込んだような異形。

アギトの写し身。

いや、そんな生易しいものじゃない。

あれは、アギトの輪郭を借りた別種の怪物だ。

 

その左右へ、今度は細身の影が整列する。

ファイズ系統の直線的な装甲。

だが、発光ラインは本来の赤ではなく、濁った紫白で不安定に明滅し、個性というものが一切感じられない。

同じ角度、同じ立ち方、同じ呼吸の間隔で、複数体が無言のまま並んでいる。

アルファ。

そう呼ぶしかない量産型の処刑兵。

人間の顔をした兵士ですらなく、ライダーの記号だけを軍隊へ落とし込んだような、乾いた暴力の列だった。

 

その奥で、地面そのものが不意に脈打つ。

次に盛り上がってきたのは、もっと獣じみた群れだった。

アナザーアギトを思わせる骨格。

顎や角は個体ごとに伸び方が違い、肩や背中は肉が暴走したみたいに不規則に膨れ、どれもが中途半端に“人”へ似ているせいで、余計に気味が悪い。

統率のとれた軍勢じゃない。

目覚め損ね、歪んだまま量産されたアギト因子の変異体。

ギル・アギトの軍団。

理性を持たない獣の群れが、黒い光に濡れた地面の上で低く唸っていた。

 

そして、その全てのさらに奥。

まるで王座のように、ただ一体だけ動かず立っているものがいた。

オーズの輪郭を持ちながら、そこへまとわりついているのは英雄の色ではなく、歴代悪の粘ついた残滓だ。

胸や肩は骨を思わせる外殻へ変質し、背中からは六本の巨大な触手がゆっくりと蠢いている。

一本は鞭のようにしなる。

一本は槍のように尖る。

残りもそれぞれ別の意志を持つみたいに動き、広場全体を支配するように広がっていた。

ヘキサオーズ。

もしそんな名があるなら、あれ以上に似合うものもない。

悪の首領達の歴史を、オーズという器へ押し込めたような、最悪の王だった。

 

「……最悪だな。」

 

言葉が自然に漏れた。

どれもライダーに似ている。

そのくせ、どれ一つとして“守る意志”を持っていない。

英雄の輪郭を借りながら、そこへ込められているのは破壊、怒り、飢え、支配、ただそれだけだ。

オール・フォー・ワンが時間を稼いだ理由も、ようやくはっきりした。

夜天の書を奪うことそのものが本命じゃなかった。

奪った力を触媒にして、こんな悪夢みたいなライダー達を一斉に現実へ押し出すこと。

それが、あいつらの狙いだったんだ。

 

「よりにもよって、こんな形でライダーを並べるか。」

 

俺が吐き捨てると、イリスは苦しげに目を伏せた。

だが、否定はしない。

出来ないのか、それとももう遅いのか。

どちらにしても、目の前にある光景が変わるわけじゃなかった。

 

「私は……。」

 

そこで言葉を切り、イリスは広場へ並ぶ異形達を一度だけ振り返る。

その視線には迷いがある。

だが、その迷いは今ここで止まる理由にはならないらしい。

 

「もう、戻せない。」

 

次の瞬間、先頭に立っていたアギトの異形が一歩前へ出た。

赤い目が、真っ直ぐこちらを射抜く。

掌の中で黒赤い火が脈打ち、その熱だけで空気が歪む。

それに呼応するように、アルファ達が一斉に身構え、ギル・アギトの群れが地を掻き、ヘキサオーズの六本の触手がゆっくりと夜気を裂いた。

ただ立っているだけで、戦場が完成していく。

嫌でも分かる。

ここから始まるのは、ただの奪還戦じゃない。

ライダーという歴史そのものを、悪意で汚された戦いだ。

 

俺はディケイドライバーへ手をかけた。

目の前にいるのは、知っているはずの輪郭を持ちながら、知っていてはいけない方向へ変質した最悪の写し身達。

怒りはある。

だが、今はその怒りを荒らすより、まず正面から叩き返す方が先だ。

 

「イリス。」

 

名を呼ぶと、彼女は小さく肩を震わせた。

 

「これが、お前の答えだっていうなら。」

 

ネオディケイドライバーが腰へはまる。

乾いた起動音が、淀んだ空気を切り裂いた。

 

「俺はライダーとして、それごと壊す。」

 

正面では、ミラージュ・アギトが燃える掌を持ち上げる。

左右ではアルファ達が整列し、後方ではギル・アギトの群れが獣みたいに低く唸り、最奥ではヘキサオーズが王のように触手を広げていた。

夜の高架下で、歪んだ英雄達が一斉にこちらへ悪意を向ける。

その最悪の光景のど真ん中で、俺は静かにカードを抜いた。

 

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