悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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次元を越えた存在達

ミラージュ・アギトが、燃え立つ掌をゆっくりとこちらへ向けた。

その赤く濁った眼には、怒りも憎しみもなかった。

あるのは、ただ壊すためだけに作られた兵器の、冷えた殺意だけだった。

 

その背後では、紫白のラインを不安定に明滅させるアルファ達が、寸分違わぬ姿勢で整列している。

さらに外周では、顎や角の形をばらばらに歪ませたギル・アギトの群れが、獣のような低い唸りを重ねていた。

そして最奥では、六本の巨大な触手をゆっくりと広げたヘキサオーズが、王のように戦場全体を見下ろしている。

 

「ライダーの顔を借りたところで、中身まで英雄になれるわけじゃない」

 

俺はそう言い切ると、ディケイドライバーへカードを滑り込ませた。

 

『KAMEN RIDE!DECADE!』

 

桃色の装甲が夜気を裂きながら全身へ固定される。

変身が完了した瞬間、ミラージュ・アギトが地面を砕いて飛び込んできた。

 

速い。

だが、それ以上に重い。

ただ殴るためだけに怒りを固め、そのまま拳へ押し込んだような、底の浅いくせに厄介な暴力だった。

 

俺はライドブッカーでその掌を受け流し、返す刃で肩口を払う。

しかし次の瞬間には、左右からアルファ達の銃撃が雨みたいに降り注いでいた。

一発ごとの精度は本物に及ばない。

それでも、同じ角度と同じ呼吸で一斉に撃ち込まれると、それだけで戦場の圧が変わる。

 

さらに遅れて、ギル・アギトの群れが瓦礫を踏み越えて雪崩れ込んでくる。

統制された銃撃の隙間を埋めるように、統制のない獣の波が押し寄せていた。

そして、その流れを後ろから整えるように、ヘキサオーズの触手が地面を穿ち、俺の退路になりかけていた空間を先回りして塞いでいく。

 

「やっぱりそうか。前の偽物だけじゃなく、後ろまで全部噛み合ってやがる」

 

一体一体なら押し返せる。

だが、今のこれは群れとして完成している。

このままディケイドで読み合いを続ければ、そのうち包囲ごと押し潰される。

 

「だったら、まずはお前からだ」

 

俺はミラージュ・アギトの正面へ踏み込み、新しいカードを叩き込んだ。

 

『KAMEN RIDE!AGITO!』

 

装甲がほどけ、その上から別の輪郭が重なる。

アギト。

進化し続ける力を持つライダーの姿で、怒りだけを煮詰めた偽物へ真正面からぶつかる。

 

ミラージュ・アギトの拳が来る。

俺はその重い打撃を肩で流し、そのまま懐へ潜り込んで腹へ一撃を叩き込んだ。

掌から吹き上がる黒赤い火炎が視界を焼く。

だが、半歩だけ身体をずらせば十分だった。

二撃目、三撃目と間を詰めていく。

 

こいつの戦い方は単純だ。

本物のアギトが持つ、相手を超えていく強さじゃない。

ただ破壊したいだけの怒りを、そのまま拳と火炎へ変えているだけだ。

 

「似せただけで満足か」

 

俺は飛んできた掌を掴み、体勢の流れを利用してその巨体を地面へ叩きつけた。

コンクリートが砕け、赤い目が一瞬だけ揺らぐ。

ミラージュ・アギト単体なら押せる。

だが、その瞬間を潰すように、アルファ達が左右から再び詰めてきた。

 

今度は銃撃だけじゃない。

突撃も重ねてくる。

さらにギル・アギトの群れまでが、倒れたミラージュ・アギトの両脇を駆け抜け、俺の死角へ潜り込もうとしていた。

 

「……やっぱり、一体を押しただけじゃ流れは変わらないか」

 

俺は飛び退き、アルファの斬撃を紙一重でかわし、背後から飛び込んできたギル・アギトの顎を蹴り上げる。

それでも次が来る。

一つ崩しても、別の役割がすぐに埋める。

なら、次に壊すべきは前に立つ象徴じゃない。

規格化された量産部隊の列そのものだ。

 

「今度は、お前達の方を潰す」

 

俺は三枚目のカードを引き抜き、迷わずディケイドライバーへ装填した。

 

『KAMEN RIDE!FAIZ!』

 

赤い光の線が全身を駆け抜け、直線的な装甲が夜の広場へ鋭く浮かび上がる。

ファイズ。

高速の一点突破で、整いすぎた列の中心へ穴を開けるには、これ以上ない答えだった。

 

アルファ達が一斉に銃口を上げる。

だが、その時点でもう遅い。

俺は赤い残像を引いて一直線に踏み込み、最前列の一体の懐へ潜り込んだ。

そのまま蹴りを胸部へ叩き込み、隊列の中央へ押し込む。

弾かれた一体が後続へぶつかり、二列目がわずかに乱れた。

 

その隙へ滑り込み、さらに二体目の肩を掴んで捻る。

そのまま後ろから来ていたギル・アギトの群れへ叩きつける。

統制された兵の列と、統制されない獣の波が、そこで初めて噛み合わなくなった。

 

「揃ってるだけの雑兵なら、崩すのは簡単だ」

 

俺はそう吐き捨てながら、銃撃の線を一つずつずらし、乱れたアルファ達の中心を切り裂くように駆け抜けた。

本来なら、それで流れはひっくり返る。

だが、イリスが作ったこの戦場は、そこまで甘くなかった。

 

地に伏せていたミラージュ・アギトが再び起き上がる。

今度は掌だけじゃない。

全身へ黒赤い火炎を纏ったまま、正面の壁みたいに立ち塞がった。

さらに最奥では、ヘキサオーズが本格的に前へ出始め、その六本の触手が地面、壁、上空を同時に薙ぎ払うように動いている。

 

まるで、ここから先は俺の好きに走らせないと宣言するみたいな動きだった。

一本の触手が進路を塞ぐ。

二本目が頭上を裂く。

三本目が退路へ回り込む。

そこへミラージュ・アギトの火炎が差し込み、残った隙間からアルファの銃撃が飛び、さらにギル・アギトの群れが噛みついてくる。

 

「……数だけじゃなく、統率まで乗せてくるか」

 

ひとつかわしても次が来る。

ひとつ崩しても、奥から別の役割が補う。

ヘキサオーズが支配し、ミラージュ・アギトが前を押し、アルファが穴を埋め、ギル・アギトが乱戦へ引きずり込む。

一人で押し切れる範囲を、確実に越えていた。

 

「チッ……本当に面倒な舞台を用意しやがって」

 

俺が次のカードへ手を伸ばした、その瞬間だった。

空間そのものが、不意に裂けた。

 

敵の術式でもなければ、イリスの作った黒い扉とも違う。

もっと見慣れているはずなのに、今この場で現れること自体が異常な光だ。

 

「……オーロラカーテン?」

 

そう呟いた直後、裂け目の向こうから吹き込んできたのは、人影でも刃でもなかった。

白く鋭い冷気だった。

 

冷たい、では足りない。

空気そのものが凍りつき、息を吸うだけで肺の奥まで白く焼けるみたいな異常な寒気が、戦場全体を一瞬で塗り替えていく。

 

イリスがはっきりと動揺した顔で後退った。

ミラージュ・アギトでさえ、その赤い目を見開いたまま動きを止める。

 

そして次の瞬間、オーロラカーテンの向こう側から、巨大な氷塊がいくつも引きずり出されるように現れた。

ひとつではない。

ふたつでもない。

まるで空そのものを凍らせて切り出したような巨大な氷が、高架下へ轟音と共に降り注ぐ。

 

最初の氷塊が、ミラージュ・アギトの前進を真正面から押し止めた。

次の氷塊が、アルファ達の整列した列へ突き刺さり、整然としていた量産兵をその姿勢ごと氷柱の中へ閉じ込める。

ギル・アギトの群れは、咆哮を上げる間もなく足元から凍結し、獣じみた前傾姿勢のまま白い像へ変わっていった。

 

そして最後に、ヘキサオーズの六本の触手へ、空から伸びた氷の槍みたいな塊が何本も突き立つ。

凍結。

拘束。

それもただ表面を覆う程度じゃない。

戦場の主導権そのものを、別の世界の冷たさで一瞬にして奪い取るような、圧倒的な介入だった。

 

「なっ……!」

 

思わず声が漏れた。

さっきまで敵側が完全に支配していた戦場が、たった数秒で白と氷の世界へ塗り替えられていた。

ミラージュ・アギトは赤い目を燃やしたまま胸元まで氷へ埋まり、アルファ達は隊列ごと凍結し、ギル・アギトの群れは手足を暴れさせる暇すらなく白い像へ変えられている。

ヘキサオーズですら、六本の触手の半ばを巨大な氷塊へ呑み込まれ、王然とした余裕を初めて失っていた。

 

「……何、これ……?」

 

イリスの声には、今までの平静がほとんど残っていなかった。

それを聞いた瞬間、俺は理解する。

これは少なくとも、イリス側の増援じゃない。

あいつ自身が、この介入を予想していなかった。

 

凍りついた戦場の中央。

まだ完全に閉じ切っていないオーロラカーテンの奥で、今度はようやく人の輪郭が動いた。

 

白い冷気と逆光に包まれた影が、ゆっくりとこちらへ歩み出る。

男か女かすら、まだはっきりとは見えない。

ただ、その人影が立った瞬間、戦場の空気そのものが別の格へ引き上げられたことだけは、肌で分かった。

 

「……誰だ」

 

思わず口から出た問いに、答えは返ってこない。

だが、その沈黙の重さだけで十分だった。

 

俺はファイズのまま動きを止め、凍りついた敵の群れと、その奥から現れた正体不明の人影を見据える。

最悪だった状況は断ち切られた。

その代わり、今度はまるで別の意味で、理解の追いつかない局面が目の前へ現れていた。

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