悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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弟子の世界

凍りついた高架下には、ついさっきまで押し寄せていた悪意の残滓だけが、白い息みたいに細く漂っていた。

ミラージュ・アギトも、アルファの量産兵も、ギル・アギトの群れも、ヘキサオーズさえも、まるで最初からそこへいなかったみたいに煙となって消え去り、残されたのは砕けた氷塊と、異様な静けさだけだった。

その静けさの真ん中で、なのは達の視線は、俺の両脇へ立つ二人へ自然と吸い寄せられていく。

 

緑谷は、空気を読むみたいに一歩だけ後ろへ引き、轟は逆に動かず、そのまま真っ直ぐこちらへ視線を向けていた。

再会の余韻に浸るには、状況が悪すぎる。

けれど、それでもなのは達に説明しないまま次へ進めば、余計な混乱だけが残る。

そう判断した俺は、ひとつ息を吐いてから、ようやくディケイドのまま口を開いた。

 

「聞きたいことがあるなら、今のうちに聞け。」

 

なのはが、一瞬だけ遠慮するように俺を見る。

それでも、結局はその好奇心と真面目さが勝ったらしい。

少しだけ躊躇してから、視線を緑谷と轟へ向けた。

 

「じゃあ、聞くね。」

「ツカサ先生、この二人は誰なの。」

 

フェイトもまた、静かに二人を観察していた視線を俺へ戻す。

なのはよりも落ち着いているが、その分だけ疑問を整理して尋ねようとしている顔だった。

 

「先生が驚いていたくらいだから、ただの知り合いじゃないんだよね。」

 

その横で、はやては頭の上へ疑問符でも浮かんでいそうな顔をしている。

こいつはこいつで、もう分からないなら全部そのまま聞く方へ舵を切ったらしい。

 

「知り合いと弟子、っちゅう説明だけではさすがに情報が足りへんよ、先生。」

「それに、何やそのドライバーから喋っとる声まで増えて、余計に分からへんようになっとるし。」

 

もっともだった。

俺から見れば、緑谷がいて、轟がいて、ゼインドライバーの中身がナイトアイになっているというだけの話だが、こいつらから見れば、いきなり別世界の大人が二人と、人格入りのドライバーが増えただけだ。

面倒だが、順番に言うしかない。

 

「こいつらは、別の世界の人間だ。」

 

俺がそう言った瞬間、なのは達の表情が僅かに固くなる。

驚きはもう何度も味わっている。

それでも、改めて“別の世界”という言葉を突きつけられれば、簡単には飲み込めないのが普通だ。

 

「俺が前にいた世界の一つで、力を持った人間が社会の表で戦ってる世界だ。」

「向こうじゃ、そういう連中をヒーローって呼ぶ。」

 

「ヒーロー……。」

 

なのはが小さくその言葉を繰り返す。

フェイトはそこで何かを思い当たったように目を細めた。

 

「魔導師が公的に動く私達と、少し似ているのかな。」

 

「少しはな。」

「ただ、向こうじゃ力そのものより、どう使うかがもっと露骨に問われる。」

 

俺がそこまで言うと、緑谷がなのは達へ向けて一歩だけ進み、穏やかに頭を下げた。

昔よりずっと落ち着いた仕草だったが、初対面へきちんと礼を通す癖は変わっていない。

 

「改めまして、緑谷出久です。」

「僕の世界では、今は教師をしながら、ヒーローとしても活動しています。」

 

なのはが少しだけ目を丸くする。

はやてはむしろ、そこへ妙な親近感を覚えたらしい。

 

「先生で、戦う人でもあるんや。」

 

緑谷は困ったように笑いながら頷いた。

 

「はい、まあ、そういう形になります。」

「それと、ツカサさんとは……知り合いです。」

 

そこで俺は、緑谷の方を軽く顎で示す。

 

「こいつは知り合いで合ってる。」

「最初に会った時から、妙に勘のいい奴だった。」

 

緑谷が少しだけ苦笑する。

昔と同じく、変に持ち上げられるとすぐ困った顔になる辺りは、本当に変わっていない。

 

その隣で、轟が短く息を吐いた。

こいつは緑谷と違って、自分から愛想よく入るタイプじゃない。

ただ、その代わり必要な言葉だけは、昔よりずっと迷わず出せるようになっていた。

 

「轟焦凍です。」

「……師匠には、向こうの世界で世話になりました。」

 

はやての肩がびくっと跳ねた。

 

「ほんまに弟子やったんや……。」

 

なのはもフェイトも、今の一言でようやく“弟子”が冗談じゃなかったと理解したらしい。

ただし理解しただけで、納得した顔ではない。

むしろ余計に知りたくなった顔だった。

 

「ツカサ先生が、轟さんを教えてたの。」

 

「少し違う。」

 

俺はそう切り返してから、轟を見た。

こいつに何を教えたのかと問われた時、単純に戦い方だと答えるのは、あまりに違う気がした。

 

「俺が教えたのは、力の振り方だけじゃない。」

「自分の中にある怒りや迷いから、目を逸らすなってことだ。」

 

轟は、俺の言葉を黙って受け止めてから、なのは達へ静かに視線を向けた。

 

「師匠に教わったのは、戦い方だけじゃありません。」

「自分の中の醜いものから逃げないことを、ずっと叩き込まれました。」

 

その声に、なのは達は一度だけ黙る。

なのはは真っ直ぐだからこそ、その意味を正面から受け止めようとする。

フェイトは、誰かの痛みや迷いという言葉に敏感だ。

はやては、少しだけ苦い顔をした。

たぶん、それぞれ自分の過去と重ねる部分があるんだろう。

 

「ヒーローだろうが、魔導師だろうが、結局そこは変わらない。」

「自分の中にあるものから逃げたままじゃ、誰かを守る力は持てない。」

 

俺がそう言い切ると、なのはが小さく息を呑んだ。

言い方はぶっきらぼうでも、意味するところはちゃんと届いたらしい。

 

そこでフェイトが、次の疑問を拾うように口を開く。

 

「その世界で先生は、どうしていたの。」

「今の話だと、ただ戦っていただけじゃなさそう。」

 

「拠点を持ってた。」

「事務所だ。」

 

「事務所?」

 

はやてが復唱する。

その反応へ、今度は緑谷が補足した。

 

「はい。ツカサさんの事務所には、いろんな人が出入りしていました。」

「ヒーローだけじゃなくて、道を踏み外しかけた人も、です。」

 

轟も短く続ける。

 

「師匠は、善悪だけで人を切らなかった。」

「そこから戻れるなら、手を貸してた。」

 

それは、あの世界で俺がやっていたことの本質でもある。

ヒーローごっこをしていたつもりはない。

だが、結果としてあの世界では、ヒーロー側の実働として動き、事務所を構え、人を拾ってきた。

だから今こうして、知り合いが来て、弟子が来て、こっちの面倒事へ首を突っ込んでいる。

因果応報と言えば、それまでだ。

 

「向こうじゃプロヒーローとして動いてた。」

「それで、あの世界の最悪ともやり合った。」

 

「最悪って……。」

 

なのはの声に、緑谷が静かに表情を引き締めた。

その顔を見ただけで、なのは達にも察するものがあったらしい。

 

「オール・フォー・ワンです。」

 

緑谷の言葉は穏やかだったが、その穏やかさの奥にある緊張は、誤魔化しようがなかった。

 

「僕達の世界にとっても、あれは本物の災厄でした。」

 

轟も続ける。

 

「終わったと思ってた。」

「少なくとも、俺達はそう思っていた。」

 

俺は短く頷いた。

 

「あいつとは向こうで一度戦ってる。」

「だからこそ、緑谷達も反応した。」

 

そのタイミングで、緑谷の腰のゼインドライバーが淡く光を帯びる。

さっきから静かだった理知的な声が、ようやく改めて場へ割って入った。

 

「補足します。」

 

なのは達が一斉にそちらを向く。

知らない二人だけでも情報量が多いのに、今度は喋るドライバーだ。

はやてが頭を抱えたくなる顔をしているのも無理はなかった。

 

「私は、現在このゼインドライバーへ宿っている人格、サー・ナイトアイです。」

 

「人格があるデバイス……。」

 

フェイトが小さく呟く。

なのははもう驚きを通り越して、逆に真面目に受け止めようとしていた。

 

「オール・フォー・ワンの異常反応を確認した時点で、看過は不可能と判断しました。」

「よって、緑谷君と轟君へ即時出動を提案し、座標調整と空間接続を実行しました。」

 

「つまり、さっきのオーロラカーテンと氷は……。」

 

なのはの問いへ、ナイトアイが即座に答える。

 

「緊急介入措置です。」

「現地の敵性数と、戦場制圧状況を考えれば、あの方法が最適でした。」

 

俺は思わず鼻を鳴らした。

 

「相変わらず、理屈は綺麗だな。」

 

「無駄を削いだ結果です。」

 

即答だった。

緑谷が少しだけ困ったように笑う。

轟は特に何も言わない。

こいつはたぶん、こういう癖の強い理詰めに、もうある程度慣れている。

 

そのやり取りを聞いて、はやてがとうとう堪えきれなくなったように口を開いた。

 

「いや、待ってや。」

「別世界の知り合いと弟子が来て、しかもドライバーの中身が人格持ちで、ついでにオール・フォー・ワンが向こうの因縁の相手とか、情報量が多すぎるんやけど!」

 

思わず緑谷が肩を揺らし、なのはもフェイトも苦笑を隠しきれなかった。

俺は額を押さえたくなるのを堪えながら、短く結論だけを言う。

 

「要するに、こいつらは信用していい。」

「少なくとも、俺はそう判断してる。」

 

その一言で、なのは達の空気が少しだけ変わった。

まだ全部を理解した訳じゃない。

だが、今この場で必要なのは、完璧な理解じゃなくて、誰を味方として数えるかだ。

 

なのはが最初に頷く。

 

「……うん。」

「ツカサ先生がそう言うなら、私は信じる。」

 

フェイトも続ける。

 

「私も。」

「まだ聞きたいことはあるけど、今は先に進む方が大事だと思う。」

 

はやては、最後まで複雑な顔をしていたが、結局は小さく肩を竦めた。

 

「ほんま、説明は後でちゃんとしてもらうからな。」

 

轟が短く言う。

 

「話は動きながらでもできる。」

 

緑谷も、もう戦う側の顔へ戻っていた。

 

「敵が消えたのは撤退であって、消滅じゃありません。」

「追うなら、今のうちだと思います。」

 

ナイトアイの声が、その結論を締める。

 

「同意します。」

「敵性反応は消失ではなく移動です。追跡を優先すべきでしょう。」

 

俺は凍りついた戦場の奥へ視線を向けた。

敵は消えた。

だが、それで終わるはずがない。

オール・フォー・ワンの置き土産も、イリスの開いた扉も、まだ何一つ片付いていない。

 

「話は後だ。」

 

そう言って、俺は一歩前へ出る。

 

「消えた連中と、イリスの動きを追う。」

「次の戦いの準備をしろ。」

 

短い沈黙のあとで、全員がそれぞれ頷いた。

別世界の知り合い。

別世界の弟子。

魔導師達と、人格を持つドライバー。

まとまりのない顔ぶれだ。

 

それでも今この瞬間だけは、同じ厄介事へ向かう側として並び立っていた。

凍りついた高架下に残る白い息の向こうで、次の面倒事の気配が、まだ消えずにこちらを待っている。

 

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