悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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第153話

氷の欠片がまだ地面に残り、白い吐息みたいな冷気が高架下を這っていた。

敵の群れが煙のように消えたあとも、空気の奥には落ち着かないざわめきが残っていて、どうにも胸の内側が静まらない。

なのは達が緑谷と轟、それにゼインドライバーの中身まで含めた説明を飲み込みきれていないように、俺の側でもまだ片付いていない問題はいくつもあった。

その中でも、次に確かめるべきなのは、イリスが何を使い、何を引きずり出したのか、その核にいるユーリという存在のことだった。

 

そんな空気を裂くように、もう一つの気配が現れた。

夜気を押し返すような圧と、見覚えのある魔力の癖が三つ、こちらへ真っ直ぐ近づいてくる。

なのは達が反応するより一瞬早く、俺はそちらへ視線を向けた。

現れたのは、夜天の書から呼び起こされた王と、その両脇へ控える二人だった。

事前の情報で聞いていたが、確かに似ている。

そこにはデルタ達の複製体のように、なのは達に似た3人がいた。

ディアーチェが先頭に立ち、後ろにシュテルとレヴィが続く。

なのは達からすれば警戒すべき相手だが、今この場に来た以上、少なくとも話をする気はあるらしい。

 

「こんなところでのんびりしておる場合ではなかろう、という顔をしておるな」

 

ディアーチェが最初に口を開いたが、その声には敵意より先に焦りが滲んでいた。

王然とした態度は崩していないが、余裕のある時のそれとは違う。

俺は肩を竦めながら、短く返す。

 

「だったら、回りくどい前置きはやめろ」

「話があるなら、先に必要な情報だけ出せ」

 

その瞬間、レヴィが俺の顔をじっと見たあと、妙に面白そうに口元を緩めた。

こいつはこういう時、本当に空気を読まない。

だが、その読まなさが、逆に場を動かすこともある。

 

「へえ、あんたさっきよりずっと面白い顔してるじゃん」

「変なやつだとは思ってたけど、やっぱり嫌いじゃないかも」

 

なのは達がその軽さに少し戸惑い、はやてなどは露骨に反応へ困っている。

だが、レヴィは構わず俺を値踏みするように見ていた。

その横で、シュテルが小さく息を吐き、冷えた視線をこちらへ向ける。

 

「レヴィ、軽率な感想を先に出すのは控えてください」

「現時点で彼は、戦力としては有用ですが、まだ観察対象です」

 

「観察対象、ね」

 

俺がそう返すと、シュテルは表情をほとんど動かさないまま続けた。

 

「あなたが敵ではない可能性は高いです」

「ですが、だからといって即座に信用に値するとは限りません」

 

「なるほどな」

「お前はそういう役回りか」

 

レヴィが興味を示し、シュテルが冷静に線を引く。

そして最後に決めるのは、やはり王の役目だ。

ディアーチェは二人の反応を聞いたうえで、ようやく俺へ視線を真っ直ぐ向けた。

 

「使えるなら使う」

「今の貴様に対する余の判断は、それで十分だ」

 

その言い方に、俺はわずかに口元を歪めた。

警戒も警戒のままだが、少なくとも話を進めるだけの意思はある。

今はそれで足りる。

 

「それで、何を知ってる」

 

俺が本題を促すと、ディアーチェの表情がわずかに硬くなった。

その変化だけで、話の中心が誰なのかは察せる。

やはり、ユーリだ。

 

「まず言っておく」

「あれを、ただの敵として斬り捨てる気は余にはない」

 

なのはがすぐに反応した。

その言葉が引っかかったんだろう。

 

「それって、助けられるってことなの」

 

ディアーチェはすぐには答えなかった。

ほんの短い沈黙が落ち、そのあいだに王としての意志だけを言葉へ整える。

 

「助ける余地がある、ではない」

「最初から、そのつもりで来たのだ」

 

フェイトが視線を細める。

はやてもまた、さっきまでの困惑を少し引っ込め、真面目な顔でその続きを待っていた。

俺は黙ったまま、ディアーチェの言葉の重さを測る。

そのまま聞き流していい響きじゃない。

こいつは最初から、ユーリを止めるだけじゃなく、取り戻す気でいる。

 

しかし、そこで口を開いたのはディアーチェではなくシュテルだった。

 

「ただし、現状の私達には記憶の欠落があります」

「ユーリという名と、あの存在を見過ごしてはならないという認識はあります」

「ですが、どのような経緯でその感情が形成されたのか、その詳細は断片的です」

 

レヴィが珍しく横から真面目な声を出す。

 

「顔とか、気配とか、そういうのは分かるんだよ」

「でもさ、ちゃんと笑った顔だったのかとか、何を話したのかとか、そこが霧みたいに曖昧なんだ」

 

ディアーチェも、そこでようやく低く続けた。

 

「名は分かる」

「だが、どこで何を交わし、何を誓ったのか、その輪郭だけが抜け落ちておる」

「それでもなお、あれを見捨ててはならぬという感情だけは、はっきり残っている」

 

その言葉に嘘はない。

記憶は曖昧だが、責任感だけが妙に鮮明に残っている。

そういう状態なんだろう。

だからこそ、こいつらは焦っている。

理由を完全には思い出せないまま、それでも見過ごせない対象が目の前で利用されている。

 

「要するに、ユーリは助ける対象で、イリスが本命ってことか」

 

俺がそう整理すると、シュテルがすぐに首を横へ振った。

 

「厳密には、イリス単独とも言い切れません」

「現在のユーリは、イリスの意思だけで動いている訳ではない可能性があります」

 

緑谷がその補足へすぐ反応する。

こういう情報の継ぎ足しは、昔からこいつの得意分野だ。

 

「支配の形式が複雑になっている、ということですか」

 

「その通りです」

 

シュテルは短く頷いた。

 

「現在のユーリには、外部からの干渉と、内部からの封鎖が同時に感じられます」

「単純な洗脳や命令系統では説明しきれません」

 

轟が黙って聞いていた口を開く。

 

「利用されてるだけじゃない」

「利用される形に作り変えられてる、ってことか」

 

「そう解釈するのが妥当です」

 

シュテルの返答は迷いがない。

そして、その結論はあまりにも気分が悪い。

イリスがユーリへ執着し、復讐を核に動いていることは分かっている。

だが、その復讐のためにユーリそのものを“都合のいい器”へ変えているなら、話はさらに厄介だ。

 

「イリスは、最初からそれが目的だった」

 

俺がそう言うと、はやてが低く息を呑んだ。

 

「じゃあ、キリエまで利用されとるんか……」

 

「可能性は高いです」

 

ナイトアイの声が、ゼインドライバーから静かに割り込む。

 

「現時点の情報では、イリスの行動原理は復讐ですが、手段は極めて合理的です」

「ゆえに、キリエ、ユーリ、あるいは夜天の書の残滓すら、目的達成のための資源として扱っていると見るべきでしょう」

 

なのはが、そこで拳を小さく握った。

助けられる余地があると知ってしまえば、こいつは絶対に見捨てる方へは行かない。

 

「なら、なおさら止めないといけないね」

 

その言葉に、ディアーチェが初めてなのはの方を見た。

視線は鋭い。

だが、そこに敵意はない。

むしろ、自分と同じ結論へ至った相手を見る王の目だった。

 

「ようやく同じ話ができるな」

 

レヴィが、その空気を少しだけ崩すように笑う。

 

「いいじゃん、話早くて」

「少なくとも、目の前のやつを全部吹っ飛ばして終わり、って感じじゃなさそうだし」

 

「……お前は、最初にそこを見てたのか」

 

俺がそう言うと、レヴィは肩を揺らした。

 

「だって、さっきのあんたの顔」

「ただ怒ってるだけじゃなくて、ちゃんと“何を守るか”で止まってたじゃん」

「そういうやつなら、嫌いじゃないってだけ」

 

「感覚だけで話を進めないでください」

 

シュテルがすぐに釘を刺す。

だが、その声の硬さも、最初よりわずかに柔らかくなっていた。

 

ディアーチェが最後に、場を締めるように言う。

 

「記憶が曖昧でも、なすべきことは変わらぬ」

「ユーリは取り戻す」

「イリスは止める」

「それで十分だ」

 

王としての結論だった。

俺はそれを聞いてから、短く鼻を鳴らす。

 

「なら動くぞ」

「思い出話は、取り戻してからにしろ」

 

レヴィが楽しそうに笑い、シュテルは無言で頷き、ディアーチェは不満も異論も挟まずにその言葉を受け入れた。

なのは達も、緑谷も轟も、それぞれの表情で同じ結論へ辿り着いている。

 

ユーリはまだ敵の側にいる。

だが、切り捨てるべき敵じゃない。

イリスは止めるべき本命だ。

そして、その裏でまだ見えていない勢力が動いている。

 

なら、もう迷っている時間はない。

凍った戦場の残滓の向こうで、次の戦いへ繋がる不快な気配が、まだ消えずにじっと待っていた。

 

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