悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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本物と偽物

廃工場の奥に残っていた熱が、ようやく夜気に押し流され始めた頃だった。

俺が指定した合流地点へ辿り着くと、先に姿を見せたのはデルタだったが、その金色の瞳は獲物を逃がした獣みたいに不機嫌そうに細められていた。

 

「遅かったな、という顔をしているが、こっちも好きで手間取った訳ではない」

 

そう言ってやると、デルタは鼻を鳴らしながら、落ち着きなく尾のように魔力を揺らした。

 

「匂いが途中でぐちゃぐちゃになった。

強いのと弱いのが、無理やり混ぜられてて、気持ち悪かった」

 

その言葉へ重なるように、暗がりからゼータが姿を現す。

相変わらず音もなく立つが、今夜のあいつは普段よりもさらに視線が鋭く、周囲の気配を切り刻むように探っていた。

 

「こちらの線も途中で断たれた。

痕跡を消したというより、別の痕跡で上書きして追跡を狂わせた形跡がある」

 

最後に現れたイータは、こちらへ顔を向けるより先に床のひび割れや空気に残る残滓へ興味を向けていた。

目の前の会話より、そこに残った情報の方が価値があると言わんばかりの態度は、良くも悪くもいつも通りだ。

 

「ええ、かなり雑ですけれど、発想だけは面白いですね。

複数の反応を重ねて、追跡側の精度を先に潰す方法としては、効率だけなら悪くないです」

 

三人とも別行動の結果は同じだった。

敵は俺達の合流を読んで、足跡を切り、しかもただ逃げるだけではなく、こっちをこの場所へ誘導している。

そう理解した瞬間、空気が変わった。

 

粘つくような違和感が、錆びた鉄骨の隙間から這い出てくる。

世界の継ぎ目を汚い手でこじ開けたみたいな、嫌に生々しい気配だった。

 

デルタが低く唸る。

ゼータは半歩だけ前へ出て、逃走経路ではなく迎撃位置を先に切った。

イータだけが、ぞっとするほど冷静な声音で呟く。

 

「来ますね。

しかも、こちらの感情が最も荒れる形へ寄せてあります」

 

次の瞬間、暗がりの向こうから現れた三つの輪郭を見て、さすがに俺も舌打ちを堪えきれなかった。

 

デルタ。

ゼータ。

イータ。

 

顔も、骨格も、気配の癖まで似せてある。

だが、その内側へ詰め込まれているものだけが、露骨なくらい歪んでいた。

オール・フォー・ワンが事前に採取した血を使い、あいつらの輪郭だけを借りて作った写し身。

以前に見た時より、さらに出来が悪い。

いや、性質が悪いと言うべきか。

 

最初に前へ出たのは、デルタの複製体だった。

本物よりもさらに重心が低く、目の前のものを壊すか狩るか、その二択しか頭にないと一目で分かる立ち方をしている。

 

「へえ。

どっちが強い?」

 

本物のデルタが、露骨に顔をしかめた。

 

「は?」

 

「弱いなら潰す。

強いなら狩る。

それだけでいい」

 

獣性だけを濃縮し、人としての面倒な部分を全部削ぎ落としたみたいな声だった。

本物のデルタが荒っぽいのは事実だが、目の前のこれは単なる破壊本能の塊でしかない。

 

「気持ち悪いのがいる」

 

デルタ本人が吐き捨てると、俺も短く頷いた。

 

「見るからにそうだ」

 

続いて、ゼータの複製体が静かに一歩前へ出る。

その動きには無駄がない。

だが、本物のゼータが持つ冷静さとは違い、こいつの静けさは傷ついた誇りと復讐心だけが沈殿した結果みたいに冷たかった。

 

「ようやく見つけた」

「逃がさない」

 

本物のゼータは眉一つ動かさなかったが、その視線だけがいつもより細くなる。

 

「何を言っている」

 

「孤独にしたものは、全部回収する。

刺して、回して、逃げ道ごと奪う」

 

本物のゼータは合理と忠誠で刃を振るう。

だが、目の前の写し身には、そこへ復讐の執念と捕食の悦びだけが混ざっていた。

 

「私を模したつもりなら、随分と浅い」

 

本物のゼータが冷たく言い切ると、複製体の方はわずかに口角を上げた。

 

「違う。

深いところだけ抜き出された」

 

最後に、イータの複製体がゆっくりと首を傾ける。

眠たげな目元も、気怠そうな立ち方も似ている。

だが、そこから漂う知性は、倫理という部品だけを綺麗に捨てた後の、底抜けに危険なものだった。

 

「興味深いですね。

同一個体が複数並ぶと、反応差がとても分かりやすい」

 

本物のイータが、珍しく間髪入れずに嫌悪を滲ませる。

 

「……不快です」

 

複製体は意にも介さず、むしろ観察結果を読み上げるみたいに続けた。

 

「不快も記録対象です。

必要なら分解するし、犠牲は数字としては軽い」

 

その一言で、デルタが露骨に牙を見せ、ゼータも完全に殺意の方へ傾いた。

本物の三人からすれば、目の前にいるのは自分達の欠点を誇張した鏡みたいなものだ。

見ていて気分がいいはずがない。

 

「潰す」

 

デルタが一歩踏み出す。

 

「排除して問題ありません」

 

ゼータも同時に間合いを測る。

 

「構造解析のためには捕獲が望ましいですけれど、破壊しても代替案はあります」

 

イータまでいつも通りの声で物騒なことを言い出したところで、俺は短く制した。

 

「待て」

 

三人が同時にこっちを見る。

複製体達もまた、即座に動く気配は見せず、俺の次の言葉を試すみたいに見返してきた。

そこで確信する。

こいつらはオール・フォー・ワンが作った駒ではある。

だが、命令だけで動く従順な兵器じゃない。

それぞれが、それぞれの歪んだ欲望に従っているだけだ。

 

なら、使い道はある。

 

「お前達、完全に誰かの命令だけで動いてる顔じゃないな」

 

俺がそう言うと、デルタの複製体が首を傾げた。

 

「命令なんて知らない。

強いやつを狩れるなら、それでいい」

 

ゼータの複製体も、ほとんど表情を変えないまま答える。

 

「逃がしたくない獲物がいるなら、従う相手は誰でもいい」

 

イータの複製体は、眠たげな瞳の奥だけをぎらりと光らせた。

 

「より面白い研究環境があるなら、所属再考の余地はあります」

 

本物の三人が、揃って嫌そうな顔をした。

当然だ。

普通なら、ここで切る。

だが、普通にやって勝てる相手なら、今こんな状況にはなっていない。

 

「なら話は簡単だ」

 

俺は一歩前へ出て、複製体達を真正面から見た。

 

「俺に協力しろ」

 

「は?」

「正気ですか」

「興味深い提案ですね」

 

本物のデルタ、ゼータ、イータがそれぞれ違う反応を返す。

だが、俺は構わず続けた。

 

「今の敵は数も手札も多い。

オール・フォー・ワンもイリスも、その場にあるものは何でも使う」

 

言いながら、目の前の歪んだ三人を見据える。

危険なのは分かっている。

裏切る可能性も、暴走する可能性も、十分にある。

それでも、これからの戦いでは一枚でも多く手札が要る。

 

「だったら、こっちも使えるものは全部使う。

気に食わなくても、戦力が足りないよりはずっとましだ」

 

ゼータがすぐに切り返す。

 

「裏切る可能性を考慮していませんか」

 

「考えてる」

 

俺は間を置かずに答えた。

 

「その上で使う」

 

今度はイータが静かに問う。

 

「制御不能になった場合の対策は」

 

「俺が止める」

 

短く、それだけ言う。

その一言で場が止まった。

本物の三人も、複製体達も、俺が脅しで言っていないことだけは理解したらしい。

 

最初に笑ったのは、デルタの複製体だった。

獣がやっと面白い獲物を見つけた時みたいな、素直で物騒な笑い方だった。

 

「いいよ。

強いやつを寄越せ」

 

ゼータの複製体も、わずかに目を細める。

 

「逃がさない相手がいるなら、それで十分」

 

イータの複製体は、自分の指先を眺めるみたいに気のない仕草のまま言う。

 

「研究対象が豊富なら、協力には合理性があります。

しばらく観察してあげます」

 

「決まりだな」

 

俺がそう言うと、本物のデルタが即座に噛みつく。

 

「決まってない」

 

ゼータも低く続けた。

 

「まだ信用した訳ではありません」

 

「それに、面白いですけれど厄介さが上回ります」

 

イータまで否定に回ったが、俺は肩を竦めるだけに留めた。

 

「信用はいらない。

必要なのは、今この場で敵に向ける牙だけだ」

 

それが答えだった。

危険な同盟だと分かっている。

だが、今はその危険ごと抱え込むしかない。

オール・フォー・ワンが生み出した歪んだ写し身であろうと、その牙が敵へ向くなら、使わない手はない。

 

本物の三人は露骨に嫌そうな顔をし、複製体達はそれぞれの欲望に従うだけの気楽さで立っている。

最悪に不安定で、最悪に危うい編成だ。

それでも、これから先の戦いに必要な異質な手札が、今ここで揃ったことだけは間違いなかった。

 

俺は改めて全員を見回し、短く告げる。

 

「これからは、まとめて動く。

面倒ごとは山ほどあるが、まずはその全部を敵に押しつけるところから始めるぞ」

 

その言葉に、本物の三人は揃って嫌そうな沈黙を返し、複製体達はそれぞれ勝手な笑みを浮かべた。

ろくでもない。

だが、ろくでもないからこそ、今は使い道がある。

 

そして俺は、そのろくでもない戦力ごと、次の戦場へ連れて行くと決めた。

 

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