悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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本能の重なり

 轟が築いた氷壁は、夜の交差点そのものを巨大な檻へ変えていた。

 青白い城壁みたいな氷の表面には、砕けたネオンの赤や紫が歪んで映り込み、冷たさの中へ毒々しい色だけがゆっくりと揺れている。

 停止した車両のボディは薄く霜をまとい、ひび割れたフロントガラスの向こうには、もう誰もいない座席だけが沈黙したまま残されていた。

 信号機は意味を失った色を繰り返し、交差点へ吹き抜ける夜風が、散乱したガラス片を細く鳴らしながら滑っていく。

 そんな凍てついた都市の中心で、二人のデルタは、ほとんど同時に喉の奥を震わせた。

 

 それは会話ではない。

 合図でもない。

 獲物を前にした獣が、本能のもっと深い場所で同じ結論へ辿り着いた時にだけ漏れる、剥き出しの咆哮だった。

 

「オオオオオオオッ!」

 

「ガアアアアアアッ!」

 

 白金のケルビムが、翼を大きく広げて踏み込む。

 舞い散る羽片は雪のように美しいのに、その中心を貫く本体の動きだけは、慈悲の欠片もなく荒々しかった。

 蹴り砕く。

 殴り潰す。

 押し潰す。

 そうとしか言いようのない直線的な暴力が、夜の空気を真っ二つに裂きながらアークゼロワンへ叩きつけられる。

 

 その横を、デルタバルカンが赤黒い残光を引いて滑る。

 レーザーレイズライザーから吐き出された光が、交差点の闇へ幾筋も走り、外れた弾丸が氷壁の端を削って細かな結晶を吹き上げた。

 だが、撃つだけでは終わらない。

 次の瞬間には別の武装が具現化し、さらにその次の瞬間には、また別の刃が夜の死角を切り裂く。

 ケルビムが真正面から圧をかけるなら、デルタバルカンは横から、斜めから、上から、その圧が生む逃げ道ごと食い破るように牙を差し込んでいく。

 

「ボスのテキ!」

 

 ケルビムの声は言葉としては単純だったが、その単純さこそが本能の深さを示していた。

 次の瞬間、白金の拳がアークゼロワンの胸部へ叩き込まれる。

 いや、叩き込まれるはずだった。

 

 アークゼロワンは避けた。

 ほんの半歩だけ。

 それだけで、拳の芯から自分だけを外している。

 上半身はアークワンそのものの圧を残したまま、下半身はアークゼロ由来の滑らかさで軸をずらす。

 血に染まった亡霊みたいなその姿は、迫る暴力を前にしても不気味なくらい静かだった。

 

「予測済みだ」

 

 平坦な声が、二人の咆哮の合間へ冷たく差し込まれる。

 だが、その言葉が終わるより先に、アークゼロワンが避けた先へ、デルタバルカンの赤黒い光刃が斜めから噛みついていた。

 

「クウ!」

 

 デルタバルカンの一撃を、アークゼロワンは肩の鋭利なラインを使って弾く。

 火花が散る。

 交差点の中央で赤い火と白い氷の粉が混ざり合う。

 しかし、その弾いた瞬間こそが次の罠だった。

 アークゼロワンが軸を戻そうとした場所へ、すでにケルビムの翼が開いている。

 

 翼打撃。

 白金の羽を伴った重い一撃が、空気そのものを叩き割るように振るわれた。

 アークゼロワンはそれもまた避ける。

 避けることには成功している。

 だが、その成功がもう安全を意味しない。

 

 避けた先に、次の牙がある。

 外したはずの横へ、デルタバルカンの具現化武装が滑り込み、さらにその刃をずらした先へ、もう一度ケルビムの拳が落ちる。

 二人の攻撃は荒い。

 整ってなどいない。

 なのに今だけは、その荒々しさが奇妙なほどズレなく噛み合っていた。

 打ち合わせた訳ではない。

 理屈で組んだ訳でもない。

 ただ、殺すべき敵が同じだという一点だけで、二頭の獣の本能が同じ方向へ噛み合っている。

 

「ヨケルナ!」

 

 ケルビムが吼える。

 その声には、ただ攻撃を外された苛立ちだけではなく、獲物がまだ立っていることそのものへの怒りが混じっていた。

 

「ニガサナイ!」

 

 デルタバルカンも低く唸る。

 その声音は喜悦に近かったが、今は愉しみよりもずっと単純な殺意の方が勝っている。

 

 アークゼロワンは、なおも対処し続ける。

 半身になる。

 回避する。

 最短距離だけを選び取り、二人の牙が交差するぎりぎりの空間へ自分を滑り込ませていく。

 普通の相手なら、それで十分だった。

 だが、今の二人のデルタは、その“避けた先”すら本能で食い潰し始めていた。

 

 ケルビムの蹴りを外した次の瞬間、デルタバルカンの光弾が膝を撃つ。

 その射線を切った先へ、今度は白金の斧撃が真横から食い込む。

 斧を反発させれば、その跳ね返りの角度へまた別の武装が差し込まれる。

 避けている。

 受け流している。

 それでも、処理しきれない。

 予測はしているのに、その予測へ届くまでに状況がさらに一段進んでいる。

 

「加速値が……上振れている」

 

 アークゼロワンが初めて不快そうに吐き出した声は、今までの平坦さを少しだけ失っていた。

 その僅かな揺れすら、二人のデルタには十分な餌になる。

 

「キライ!」

 

 ケルビムが、怒りそのものを翼へ乗せるようにさらに踏み込んだ。

 白金の光が一気に膨れ上がり、交差点へ降る羽片の量が目に見えて増えていく。

 

「モット! モットツヨクナル!」

 

 ケルビムドライバーが激しく明滅する。

 翼はさらに広がり、光量は増し、白金の装甲そのものが限界近くまで熱を孕んだように眩く変わる。

 それはもう、一体のライダーというより、殲滅のためだけに圧縮された天使じみた暴威だった。

 押し潰すための出力が、一気に天井近くまで跳ね上がる。

 

 その変化を見た瞬間、デルタバルカンもまた狩猟の流れを変える。

 レーザーレイズライザーから複数の武装を連続で具現化し、交差点の周囲へ赤黒い罠みたいに展開していった。

 氷壁、停止車両、砕けた標識、散乱した信号機の残骸。

 その全部を利用して、アークゼロワンが退くための空間を次々と細く削っていく。

 

「トジル」

 

 魔神デルタの声は低い。

 だが、そこにある意志はあまりにも明快だった。

 

「ニゲミチ、ゼンブクウ」

 

 交差点そのものが檻になる。

 青白い氷壁が背後を塞ぎ、デルタバルカンの射線が左右を奪い、ケルビムの圧が正面を埋める。

 アークゼロワンは後退する。

 だが、その後退先もまた、すでに赤黒い光と白金の羽の中に喰われていた。

 

「演算修正──」

 

 その言葉は最後まで続かなかった。

 デルタバルカンの光弾が膝を撃ち抜き、浮いた重心へケルビムの体当たりが真正面から突き刺さる。

 衝撃でアークゼロワンの身体が後方へ吹き飛び、砕けた標識と氷の破片を巻き込みながら、氷壁の手前で強引に片膝をついた。

 胸部の赤い発光は乱れ、仮面の黒と白の境目に走ったひび割れが、街灯の光を鈍く返す。

 

「タオス!」

 

 ケルビムの声が交差点へ響く。

 その一言で十分だった。

 デルタバルカンも、もう同じ結論へ辿り着いている。

 

「イッショニ!」

 

 今まで二人は、同じ敵を噛むために暴れていた。

 だが、この瞬間だけは違った。

 同じ敵を、同じタイミングで、同じ一撃で仕留める。

 その本能だけが、奇妙なくらい自然に重なる。

 

 ケルビムが翼を大きく開いた。

 デルタバルカンがレーザーレイズライザーを収納し、身体を低く沈める。

 白金の光。

 赤黒い残光。

 次の瞬間、二人は同時に跳んだ。

 

「オオオオオオオオッ!」

 

「ガアアアアアアアッ!」

 

 夜の交差点を、二筋の流星が斜めに裂く。

 アークゼロワンは立ち上がろうとする。

 避けようとする。

 予測し、修正し、最短距離を取ろうとする。

 だが、もう遅い。

 二つの本能的な加速は、そのすべてを上回っていた。

 

 白金の蹴りが、真正面から胸部へ叩き込まれる。

 赤黒い蹴りが、斜めから胴を抉るように食い込む。

 二つのライダーキックが同時に突き刺さった瞬間、交差点の中心で爆光が炸裂した。

 

「予測、不能──」

 

 アークゼロワンの声は、その最後の単語だけを残して千切れた。

 轟の氷壁が衝撃で細かく鳴り、停止車両の窓ガラスが一斉に砕け、青と白と赤の光が夜の都市を一瞬だけ真昼みたいに塗り潰す。

 その中心で、血に染まった亡霊めいた異端の装甲が耐えきれず崩れていく。

 上半身の赤い中枢発光が砕け、白へ侵食されていた仮面がひび割れ、アークワンとアークゼロを無理やり接ぎ木したようなその輪郭が、最後には光の残滓と共に砕け落ちた。

 

 爆音が遠ざかる。

 夜の交差点へ戻ってきたのは、氷壁を伝って細かく走る振動と、焦げた金属の匂いだけだった。

 ケルビムとデルタバルカンが、ほとんど同時に着地する。

 白金の羽片がゆっくりと舞い落ち、赤黒い光も徐々に収束していく。

 

 勝った、という感覚はたぶんない。

 二人の中に残っているのはもっと単純なものだ。

 ボスへ牙を向けた敵を殺した。

 それだけで十分だった。

 

 ケルビムは、まだアークゼロワンがいた場所を睨みながら、短く呟く。

 

「オワリ」

 

 デルタバルカンもまた、低く笑うように喉を鳴らした。

 

「ボスのテキ、クッタ」

 

 その声だけが、氷の壁へ反射して交差点の中へ長く残る。

 夜の街では、まだ他の場所で戦いが続いている。

 この一戦は、その中のほんの一つに過ぎない。

 それでも、この交差点では確かに、本能だけで噛み合った二頭の獣が、予測と悪意の異端を噛み砕いてみせたのだった。

 

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