市街地の明かりが背後へ遠ざかるにつれて、結界の内側に満ちていた喧騒は少しずつ薄れ、代わりに森の湿った息遣いだけが夜の空気へ滲み出していた。
道路脇に並ぶ街路樹は、少し先から雑木林へ形を変え、そのさらに奥では、月明かりすら飲み込むような濃い闇が静かに口を開けている。
遠くの交差点では、轟が築いた氷壁へネオンの色が反射し、青白い光が空へ浮いているはずなのに、この辺りへ届くのは切れ端のような微光だけで、地面へ落ちる影の方がよほど濃かった。
そんな場所だからこそ、人工的な異物が現れた時の違和感は、街中の比ではなかった。
風が一度だけ止まり、枝葉を揺らしていた音が、まるで誰かに喉を掴まれたみたいに不自然に途切れる。
次の瞬間、森の入口に近い道路の先で空気が歪み、街灯の光が水面みたいに揺れた。
その歪みの中心から、ゆっくりと一つの影が姿を現す。
ジャマトゲイザー。
ゲイザー系の輪郭を引き継いでいるのに、その輪郭の内側へ生体めいた嫌悪感が混ざり込み、理性の仮面を被った捕食者みたいな不気味さを纏う異形のライダーだった。
無機質な装甲の線は整っているのに、そこへ根を張るような侵食の気配だけが異様で、自然の闇の中へ立つ姿は、街のシステムが森そのものへ食い込んで芽吹いたみたいに見えた。
「排除対象、二体。ここで処理を開始する。」
声には怒りも威圧もなく、ただ確認事項を読み上げるような平坦さだけがあった。
その温度のなさが、かえって森の静けさの中では耳に刺さる。
そこに立っているのは、感情で襲う敵ではない。
最初から結論だけを持って現れた、処理のための異物だと分かる声だった。
その声を聞きながら、イータは細い吐息を一つだけ零した。
彼女はいつものように、眠たげな半眼のまま相手を見ていたが、その視線の奥だけはわずかに焦点が深くなっている。
気怠そうに立っているくせに、興味のある対象を前にした時だけ、彼女の思考は目に見えない速度で回り始める。
その隣で、魔神イータもまた目を細めていたが、こちらは最初から笑っていた。
高揚しきった子供が、新しい玩具を見つけた時の顔に、壊すことへの歓びだけを混ぜたような、どうしようもなく危険な笑みだった。
「……ちょうどいい、実験台としては当たり。」
イータが静かに言う。
声は低く、間があり、淡々としているのに、そこへ滲む興味だけは隠そうとしていない。
「WRYYYYY! 実験台ですねええええ、見た目からして非常に良質そうではありませんかァァァ!」
魔神イータが弾むように叫ぶと、枝の先で揺れていた葉がびくりと震えた。
温度も音量も真逆なのに、二人の結論だけは同じだった。
目の前のジャマトゲイザーは、敵である前に、解析し、分解し、性能を測る価値がある対象へ変わっている。
「……ヴィジョンドライバー系に近い、でも少し違う。反応の揺れ方が、生体寄りで……気になる。」
イータは相手を見たまま、独り言みたいに呟いた。
眠たげで、気の抜けた調子のままなのに、言葉の中身だけは一気に細かくなる。
「つまり、丁寧に壊せば悲鳴みたいなデータも取れるということですねええええ!」
魔神イータが、嬉しそうに両手を広げる。
それに対してイータは、一度だけ目を瞬かせてから、小さく首を振った。
「まだ壊さない。先に見る、その方がたぶん効率がいい。」
「順番に拘るのですねええええ、私は先に限界を見たいのですがァァァ!」
「面倒。けど、途中を飛ばすと、あとで困る。」
短い会話のはずなのに、そこで二人の研究姿勢の違いは綺麗に分かれていた。
イータはまず構造を見る。
どう動き、どこで処理し、どの信号で攻防を切り替えるのか、その順番を追って理解したい。
魔神イータはまず限界を見る。
どこまで壊せば止まるのか、何を加えれば崩壊の速度が最も上がるのか、その結果を先に見たい。
入口は同じなのに、そこから先の欲望だけが、決定的に違っている。
「排除を開始する。観測対象としての猶予は終了した。」
ジャマトゲイザーの平坦な宣告が、森の湿った夜気へ冷たく沈んだ瞬間だった。
風に揺れていた枝葉の音がわずかに細くなり、街の残光すら遠ざかったように感じられるほど、その場の空気が張りつめていく。
その重さを前にしても、イータは相変わらず眠たげな目をしたまま、けれど視線の奥にだけ深い焦点を結んで、目の前の異形を静かに見据えていた。
「……ちょうどいい、実験台としては悪くない。
うまく、成果が出なくて、少しヒントが欲しかった」
そう呟いてから、イータは気負いのない仕草でヴラスタムギアへ手を伸ばす。
緊張よりも、ようやく触れられる研究対象を前にした時の、ひどく個人的な興味の方が勝っている手つきだった。
アンニンゴチゾウがセットされると、白い光ではなく、乳白色の柔らかな艶を帯びたゲルが静かに流れ出し、彼女の指先から腕、肩、胸元へと、とろりとした質感で広がっていく。
『アンニン……』
甘い菓子を思わせる柔らかな音が鳴るのに、その光景は不思議なくらい冷たい。
白いゲルは泡立つことも暴れることもなく、ただ研究試料へ保護膜をかけるみたいに、均一な厚みでイータの身体を包み込んでいく。
腰から脚へ、背から首筋へ、頭部までを滑らかに覆ったそれは、一瞬だけ人型の白い塊となって、その表面へ細い赤い紋様を浮かび上がらせた。
次の瞬間、イータがレバーを静かに下ろす。
それと同時に、白い塊の中央へ真っ直ぐな赤い閃きが走り、まるで巨大な中華包丁が振り下ろされたみたいに、外殻そのものが左右へ鋭く切り開かれた。
『VRASTUM GEAR!
SWEET CUSTOM!
MELT UP! MIST UP!
仮面ライダーアンニア!』
割れた白の内側から現れたのは、白色を基調にした中華風の鎧だった。
明光鎧を思わせる端正な装甲が胸と肩を覆い、頭部には赤い尾飾りのような装飾が流れるように伸びている。
その白さは清廉というより、無菌室の内壁みたいに整いすぎていて、だからこそ人の体温を感じさせない不気味さがあった。
腰に下げられたヴラムブレイカー改もまた、ただの武器ではなく、観察と切開の両方を担う器具みたいな冷たい存在感を放っている。
アンニアとなったイータは、装甲の上からでも分かるほど自然体のまま、正面のジャマトゲイザーを見つめ続ける。
戦うために構えたというより、ようやく検体へ手を伸ばせる研究者の目だった。
「……解析を始める。
逃げないなら、少し楽で助かる」
その隣で、魔神イータが堪えきれない笑いを喉の奥で震わせる。
同じ研究者でも、こちらは静かな観察者ではない。
目の前の存在を分解し、限界を暴き、壊れ方ごと眺めることを心から愉しむ、暴走した実験精神そのものだった。
「WRYYYYY!
良いですねええええ、静かな導入のあとに派手な破綻が来る、実に美しい流れですゥゥゥ!」
魔神イータはそう叫ぶと、エボルドライバーを胸元へ構え、エボルエックスフルボトルを高々と掲げる。
アンニアの変身が白いゲルによる包み込みなら、こちらは最初から侵食だった。
ボトルが起動した瞬間、黒と赤紫の光がひび割れた空間の裂け目みたいに広がり、彼女の足元から這い上がって、全身の輪郭そのものへ食い込んでいく。
『EVOL-X!』
その音と同時に、闇とも液体ともつかない黒が魔神イータの肢体を呑み込み、さらにその黒の内側から、赤紫の亀裂みたいな発光が脈打ち始める。
覆われているのではない。
書き換えられている。
そう思わせるほど、変身は外から装甲を纏うのではなく、内側から身体の理屈ごと別物へ置き換えていく性質を帯びていた。
肩の線が鋭くなり、胸部へ禍々しい光が集まり、全身のシルエットが人型を保ちながらも、どこか宇宙の深淵から引きずり出された異形めいた輪郭へ変わっていく。
その変化の最中ですら、魔神イータは楽しそうだった。
自分の身体が危険な方へ、強大な方へ、取り返しのつかない方へ寄っていくことそのものを、心から歓迎している笑い方だった。
『BLACK HOLE!
CRACK UP!
EVOLUTION CROSS!
仮面ライダーエボルX!』
黒と赤紫の侵食が完全に収束した時、そこに立っていたのは、エボル系の危険な美しさを引き継ぎながら、さらに異形の完成度を増したライダーだった。
仮面ライダーエボルX。
黒を基調にした装甲の隙間から赤紫の光が脈打ち、その姿はただの強化形態というより、破壊そのものへ理性が宿った怪物のように見えた。
アンニアが無菌的な実験室なら、エボルXは臨界寸前の反応炉そのものだった。
エボルXとなった魔神イータは、両腕を大きく広げ、森の闇へ向かって歓声みたいに笑う。
「素晴らしい、実に素晴らしいですねええええ!
実験台の質も高いですが、こちらの方が壊す側としてずっと映えますゥゥゥ!」
森の入口に近い夜の道路。
中央にはジャマトゲイザー。
その前に並ぶのは、白い中華鎧を纏ったアンニアと、黒と赤紫の侵食を纏うエボルX。
片方は静かな解析者で、もう片方は高揚した破壊者。
正面に立つジャマトゲイザーの人工的な冷たさと合わせて、その場の空気はもはや正義と悪の衝突ではなく、異常な知性が同じ検体を前にして実験開始の瞬間を待っている、不穏な研究室のようになっていた。
「排除を開始する。
ここから先は、誤差なく処理する」
ジャマトゲイザーの声へ、アンニアは眠たげなまま答える。
「先に構造を見る。
壊すのは、そのあとでも遅くない」
エボルXは、肩を揺らしながら、弾んだ声で割り込んだ。
「WRYYYYY!
私は先に限界を見ますゥゥゥ!
結果はあとで拾えば、それで十分でしょうゥゥゥ!」
次の瞬間には、間違いなく戦闘が始まる。
けれど、その直前にある静寂だけは、奇妙なくらい濃く、鮮明だった。
森の近い夜の戦場で、二人の研究者は、同じ獲物を前にして、まったく違う温度の変身を終えた。
その時点で、この戦いが普通の戦い方で終わるはずのないことだけは、もう十分すぎるほど伝わっていた。