悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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撃ち合いの狂気

 森の縁へ近いその戦場は、街の明かりが届いているはずなのに、光より先に闇の深さばかりが際立って見えた。

 道路脇の街路樹は少し先で雑木林へ変わり、その奥では月明かりさえ飲み込むような黒が静かに口を開けていて、都市の外れと自然の入口が曖昧に溶け合っている。

 そんな境界の上へ立つジャマトゲイザーの輪郭は、あまりにも人工的で、だからこそ森の湿った空気の中では余計に異質だった。

 

 理性を模した冷たい仮面と、生体めいた不穏さを帯びた外装が、街のシステムそのものへ芽吹いた悪意みたいに闇の中で脈打っている。

 その周囲へ浮かぶドミニオンレイは、夜の空気へ薄い光輪をいくつも描きながら、獲物へ照準を合わせる狩人の目のように静かに明滅していた。

 正面に立つアンニアは、白い中華鎧のような装甲を夜へ溶かし込むように細く息を吐き、隣のエボルXは黒と赤紫の侵食めいた光を身体の奥で揺らしながら、愉しげに肩を震わせる。

 

「……いい、始めよう。

 まずは、どう動くかちゃんと見たい」

 

 アンニアの声は相変わらず眠たげだったが、その視線の奥だけは、実験台の構造を解き明かす時の研究者の熱を宿していた。

 それに対してエボルXは、喉の奥で笑いを噛み殺すことすらせず、夜の森へ弾んだ声を撒き散らす。

 

「WRYYYYY!

 観察も悪くないですが、壊した時の反応の方がもっと面白いでしょうゥゥゥ!」

 

 ジャマトゲイザーは、その二人の温度差などまるで意味を持たないとでも言いたげに、一切の溜めなく腕をわずかに上げた。

 次の瞬間、浮遊するドミニオンレイが一斉に光を灯し、森の入口に近い道路へ幾筋もの光条を走らせる。

 それはただの射撃ではなく、回避先まで計算した制圧の檻だった。

 光は直線のようでいて、獲物が逃げたくなる角度と距離を先に読んで閉じてくる。

 舗装された道路が抉れ、木々の幹が焼き裂かれ、湿った土の匂いへ焦げた樹皮の臭いが混ざることで、この戦場だけが急に人工的な処刑場へ変わった。

 

「……その射線、綺麗に閉じてるようで、まだ少し雑」

 

 アンニアの身体が、光条へ触れる寸前でゆらりと崩れた。

 白い中華鎧の輪郭は、そのまま乳白色の液体へ変わり、地面すれすれを滑るようにして光の隙間を抜けていく。

 ただ避けたのではない。

 液体化した身体は、撃ち込まれた射線の熱と密度をなぞるように流れ、その配列と癖を確かめながら、次の反応を観察している。

 数歩先で人型へ戻ったアンニアは、ヴラムブレイカーを静かに持ち上げ、弓にも鎌にも見えるその武器から短い反撃を返した。

 一撃目は牽制で、二撃目は観測で、三撃目は射線の組み替えを誘うための刺激でしかない。

 イータらしい、壊す前に順番を整える戦い方だった。

 

「まだ壊さない。

 先に中を見たい、その方がたぶん早い」

 

 その隣では、エボルXがまったく違う答えを選んでいた。

 両手に握ったトランスチームガンが黒と赤紫の光を吐き、ドミニオンレイの展開位置へ向けてほとんど躊躇なく弾幕を浴びせていく。

 射撃は荒々しいのに狙いは甘くない。

 ジャマトゲイザー本体だけではなく、光の檻を支える起点をまとめて崩し、相手の整った制圧陣形そのものを乱そうとしていた。

 木々の枝が吹き飛び、道路脇の案内板が赤熱し、赤紫の閃光が夜の森へ何本もの傷を刻んでいく。

 

「WRYYYYY!

 避けて眺めるだけでは遅いでしょう、まずは削って、崩して、それから調べればいいのですよォォォ!」

 

 ジャマトゲイザーは、その高火力を前にしてもすぐには崩れない。

 わずかに立ち位置を変えながら、ドミニオンレイの配置を再演算し、今度はアンニアとエボルXを分断するように光条を組み直してきた。

 液体化で抜ける道へは地面ごと焼く熱の壁を重ね、両手射撃で押し潰そうとするエボルXへは、死角を埋める分散照射を差し込んでくる。

 ただ撃つのではなく、一度見た相手の戦法を観測し、それへ最適化して返してくる冷たさが、森の静けさの中ではいっそう不気味だった。

 

「……少し見えた。

 この程度なら、まだずらせる」

 

 アンニアは再び身体を崩し、今度は液体だけではなく気体へ近い揺らぎまで混ぜながら、光の檻の輪郭を抜けていく。

 白い霧のように散った瞬間、次の一歩先ではもう人型へ戻り、ヴラムブレイカーの一撃が予測外の角度からドミニオンレイの一つへ食い込んでいた。

 マンゴープディングゴチゾウ由来の瞬間移動が、液体化で散らした観測精度の隙間へ重なり、ジャマトゲイザーの演算へ微細な乱れを刻んでいく。

 静かな戦い方なのに、やっていることはじわじわと神経を切り裂くように厄介だった。

 

「WRYYYYY!

 綺麗に避けるのも結構ですが、乱してから見る方がもっと早いでしょうゥゥゥ!」

 

 エボルXは、その乱れをさらに拡大するようにトランスチームガンの連射を重ねる。

 光条の包囲を正面から削り、開いた穴へもう一度弾幕をねじ込み、ジャマトゲイザーが整えようとする秩序そのものを破壊していく。

 高火力はそれだけで暴力だが、魔神イータの手にある時、その暴力は観察のための攪乱へ変わっていた。

 壊してから調べるのではなく、壊しながら反応を拾い、その反応をまた壊す。

 正気なら嫌うはずの手順を、彼女は心から楽しんでいる。

 

 ジャマトゲイザーの光はなおも止まらない。

 ドミニオンレイが位置を変え、森の闇を裂くたびに、道路と土と木々の境目が何度も焼き直されていく。

 けれど、その精密な制圧へ、二人の戦法は少しずつ食い込み始めていた。

 アンニアが静かにずらした射線の隙間へ、エボルXの弾幕が滑り込む。

 エボルXが強引に乱した陣形の穴へ、アンニアの正確な斬撃が差し込まれる。

 片方は順番を守る研究者で、片方は順番ごと破壊する実験狂いなのに、相手が精密な制圧型だからこそ、その真逆の戦法が妙に噛み合い始める。

 

「……雑だけど、使えなくはない。

 あの崩し方、少し便利」

 

 アンニアが淡々と漏らすと、エボルXは心底嬉しそうに仮面の奥で笑った。

 

「WRYYYYY!

 今さら私の美しさに気づきましたかァァァ、ようやく見る目が育ってきたようですねええええ!」

 

「そこまでは言ってない。

 でも、少し思いついた」

 

 アンニアのその一言だけが、戦場の温度をほんの少しだけ変えた。

 今までイータは、目の前のジャマトゲイザーを個別の実験台として観測していた。

 けれど今の視線は、その構造だけではなく、隣で暴れているもう一人の魔神イータまで含めて、一つの実験系として見始めている。

 ジャマトゲイザーの制圧精度を崩すには、自分の静かなずらしだけでは少し足りない。

 だが、魔神イータの乱暴な崩し方を意図的に組み込めば、もっと綺麗に解体できる。

 研究者としての興味と、戦場での合理性が、その瞬間だけ完全に重なった。

 

 ジャマトゲイザーは、二人の会話を許さないように再びドミニオンレイを展開し、森の入口一帯を光の処刑場へ変えようとする。

 白い残光、赤紫の弾幕、無機質な光条が夜の木々の前で何度も交差し、湿った闇の中へ人工的な殺意だけが増殖していく。

 その最中で、アンニアは一歩だけ位置をずらし、ヴラムブレイカーを下ろしたまま、隣のエボルXへ視線を向けた。

 戦っている最中だというのに、その目はもう次の手順を考え終えた研究者のものだった。

 

「……ねえ、ひとつ提案がある」

 

 エボルXの笑い声が、そこでほんのわずかに途切れる。

 それでも高揚は消えず、むしろ面白い玩具を差し出された子供みたいな響きで返ってくる。

 

「WRYYYYY?

 提案、ですかァァァ?」

 

 光はなおも森の闇を裂き、ジャマトゲイザーの排除行動は止まっていない。

 それでも、その戦いのただ中でイータが何を思いついたのか。

 静かな解析者が、高揚した破壊者へ何を差し出そうとしているのか。

 その答えだけをまだ伏せたまま、夜の戦場は次の瞬間へ向けてさらに張りつめていった。

 

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