悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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二つの液体

 森の縁に近いその道路は、街の喧騒から切り離された実験槽みたいに静まり返っていた。

 背後には、かろうじて市街地の光が薄く滲んでいる。けれど前方へ目を向ければ、そこにあるのは雑木林の黒と、枝葉の隙間から覗く夜の底だけだった。湿った土の匂いと、切り裂かれた草の青臭さが風へ混ざり、さっきまでの戦闘で抉れた路面からは、焦げたアスファルトの熱がまだ細く立ちのぼっている。

 

 その暗がりの前で、ジャマトゲイザーを囲むドミニオンレイが一つ、また一つと角度を変えた。

 浮遊する光輪が静かに並び、冷たい発光が森の入口を縫うように走っていく。その配置は、獲物を追い詰めるための陣形というより、逃げ場そのものを先に定義してしまう処刑装置のそれだった。

 

「観測完了。次段階へ移行する」

 

 ジャマトゲイザーの声は平坦だった。

 感情の揺れがまるでないその声音が、逆にこの場の危険を際立たせる。

 

「同時制圧を開始する」

 

 ドミニオンレイの先端が一斉に明るさを増した。

 次に光が走れば、アンニアの液体化による回避先も、エボルXの射撃位置もまとめて焼き切るつもりなのだと、見ただけで分かる。光の檻が閉じるまで、もう一拍もない。

 

 だが、その寸前だった。

 

 アンニアは正面の異形から視線を外さないまま、ほんのわずかに隣へ顔を向けた。

 白い中華鎧の面は相変わらず静かで、眠たげですらあるのに、その目の奥だけはもう次の工程を決めた研究者のそれになっている。

 

「……さっきの続き。提案、今からやる」

 

 その声は淡々としていた。

 焦りはない。むしろ、ようやく必要な部品が揃った時の、静かな確信だけがあった。

 

「少し、こっちに入って」

 

 エボルXが、喉の奥で弾むように笑う。

 黒と赤紫の装甲の隙間を走る発光が、喜悦に合わせて脈打った。

 

「WRYYYY! 入る、ですかァァァ? 言い方が面白いですねええええ!」

 

「そのままの意味。……一人分だと、少し足りない。でも、あなたを混ぜれば、たぶん届く」

 

 アンニアの返答は短い。

 余計な説明を削ぎ落としたその言葉だけで、何をするつもりなのか、魔神イータには十分すぎるほど伝わったらしい。

 

「素晴らしい。ようやく私の使い方が分かってきましたねええええ!」

 

 エボルXは両腕を軽く広げた。

 その動きは、危険な実験へ同意するというより、自分自身が新しい実験材料になることを歓迎する狂気そのものだった。

 

 アンニアは懐へ手を入れ、スクラッシュゼリーを取り出す。

 夜の森の入口で、その小さな容器だけが妙に人工的な艶を放った。透明とも乳白ともつかないその器の内側に、まだ何も入っていないはずなのに、見ているだけで不安になるような圧縮感がある。

 

「……これなら、形を保ったまま混ぜられる。少し暴れても、たぶん大丈夫」

 

「少し、ですかァァァ? 私はもっと盛大に暴れますよォォォ!」

 

 そう叫ぶと同時に、エボルXの身体が揺らいだ。

 黒と赤紫の輪郭が外へ崩れるのではなく、内側から液体じみた異質な光へ変質していく。肩の線が溶け、胸の発光が縦に引き延ばされ、手足の輪郭がそのまま不穏な流体へ置き換わる。人型が壊れるというより、侵食の理屈だけを残して圧縮されていくような変化だった。

 

「WRYYYY! では入りますゥゥゥ! ちゃんと使いこなしてくださいよォォォ!」

 

 高揚した笑い声を残したまま、エボルXは自らスクラッシュゼリーの中へ飛び込んだ。

 容器の内側で黒と赤紫の光が一気に脈打ち、ゼリー全体が生き物みたいに震える。まるで透明な器の中へ危険な心臓をそのまま封じ込めたみたいだった。ドクン、ドクンと脈動するたび、アンニアの白い装甲へうっすらと赤紫の反射が走り、これがただの強化では済まないことを告げてくる。

 

 その間にも、ジャマトゲイザーのドミニオンレイは発射寸前まで充填を進めていた。

 光の先端が白く尖り、森の木々の輪郭がその照準の中で削られていく。静かな森の入口が、あと一瞬で光の処刑場へ変わる。

 

 だが、アンニアは急がない。

 研究者が手順を飛ばさないように、決めた工程を一つずつ確かめるような静かな動きで、スクラッシュゼリーをヴラスタムギアへ装填した。

 

 カチリ、と硬質な音が夜へ落ちる。

 その直後、白を基調にしたヴラスタムギアの内部で、黒と赤紫の異物が脈打ちながら組み込まれた。相容れないはずの二つの系統が噛み合うどころか、互いを押し潰すように回転し始め、ギア全体が一瞬だけ拒絶反応じみた震えを見せる。

 

「……少し騒がしいけど、許容範囲。たぶん、まだ制御できる」

 

『ANNIN……! SCRASH MIX……!』

 

 ギアから流れ出した白いゲルが、再びアンニアの全身へまとわりつく。

 今度の白は、さっきまでのような静かな乳白色ではなかった。内側へ黒いひび割れみたいな筋が走り、その隙間から赤紫の脈動が明滅している。杏仁豆腐の白い層の中へ、宇宙の裂け目でも封じ込めたような危うい色だった。

 

「……いく。少し揺れるけど、我慢して」

 

『WRYYYY! 揺れるくらいで済むといいですねええええ!』

 

 内側から響く魔神イータの声と同時に、イータはレバーへ手をかけた。

 ドミニオンレイの発光が限界へ達する。白いゲルの外殻が彼女の全身を完全に覆い尽くし、そこへ赤紫の筋が神経みたいに走った。次の瞬間、レバーが下ろされる。

 

 それまでのアンニアの変身は、白い殻が中華包丁で真っ直ぐ切り開かれるような鮮やかさだった。

 だが今回は違う。

 外殻の表面へ走った赤紫の線が一気に広がり、まるで内側から別の何かが暴れたように、切断線は一つでは済まなかった。白い殻のあちこちへ黒い亀裂が走り、その裂け目から赤紫の光が噴き上がる。

 

『VRASTUM GEAR!

 SCRASH CROSS!

 MELT BREAK! MIST BREAK!

 仮面ライダーアンニアX!』

 

 轟音ではない。

 むしろ、危険なものがぴたりと正しい位置へ嵌まり込んだ時の、ひどく不穏な完成音だった。

 

 裂けた外殻が左右へ弾け飛ぶ。

 白い破片が霧のように散り、その奥から現れた新たな装甲は、確かにアンニアの面影を残していた。白を基調にした中華風の鎧、端正な外装、頭部の赤い尾のような装飾。だが、その白い鎧の継ぎ目という継ぎ目へ、黒と赤紫の脈動が走っている。清潔な陶器の内部へ、臨界寸前の反応炉をそのまま埋め込んだような異様さ。

 白はまだ白のままなのに、その内側で呼吸しているものが、もう別物だった。

 

 仮面ライダーアンニアX。

 静かな解析者の輪郭へ、高揚した破壊衝動が接ぎ木された危険な完成形。

 

 新たな姿となったイータは、装甲の上からでも分かるほど小さく首を傾げる。

 相変わらず、眠たげで、気怠くて、でも興味のある対象を前にした時だけ少しだけ言葉が増える。

 

「……うん。想定より、少しうるさい。でも、使えそう」

 

『WRYYYY! 最高ですねええええ! これはもう、実験ではなく傑作でしょうゥゥゥ!』

 

 内側から響く魔神イータの歓声が、赤紫の脈動と同じリズムで鳴る。

 それを前にして、ジャマトゲイザーが初めて明確に演算の停滞を見せた。ドミニオンレイの光はなおも発射寸前に留まっているのに、その配置がわずかに揺らぐ。

 

「未知の変化を確認。脅威度、再演算」

 

 平坦な声の奥に、ほんの僅かな遅れが混じる。

 それだけで十分だった。

 白と黒と赤紫の混ざった新たな異形が、静かに一歩前へ出る。

 

「……ちょうどいい。これで、もう少し深く見られる」

 

『WRYYYY! では始めましょうゥゥゥ! 今度は壊れるまで、ちゃんと見せてくださいねええええ!』

 

 森の入口は、白い残光、赤紫の脈動、そしてドミニオンレイの冷たい光が交差して、異様な色へ染まっていた。

 夜の静けさはもうない。

 あるのは、静かな解析者と高揚した破壊者が一つの器の中で同時に目を覚ました、その危険な完成だけだった。

 そしてその瞬間、この戦いの性質そのものが、一段深く、取り返しのつかないものへ変わった。

 

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