森の入口に近いその道路は、先ほどまで無数の光条で削られていたせいで、夜の静けさを取り戻したはずなのに、なおも空気の奥に焼けた臭いと金属の焦げる匂いを濃く残していた。
抉れたアスファルトの裂け目には白いゲルの名残が糸みたいに揺れ、雑木林の葉先にはドミニオンレイが穿った熱の痕が黒く焦げつき、自然と人工物が同じ戦場の残骸として並んでいる光景が、この場の異常さをひどく鮮明に際立たせていた。
その中心で、新たな姿となったアンニアXは、変身直後だというのに息一つ乱さず、ただ静かに正面のジャマトゲイザーを見ていた。
白い中華鎧を思わせる端正な外装は、基本形態のアンニアと大きく変わらないはずなのに、その継ぎ目を走る黒と赤紫の脈動が、内部へ封じ込めた危険を隠しきれずに外へ滲ませている。
それは清潔で整った研究器具のような見た目をしていながら、内側では臨界寸前の反応炉が鳴動しているような、どうしようもなく不穏な完成形だった。
「……これなら、もう少し深く見られるし、ついでにちゃんと壊せる」
アンニアXの声は相変わらず気だるく、眠たげな温度のままだったが、その言葉の端には、ようやく求めていた答えへ手が届きそうな研究者の微かな熱が滲んでいた。
『WRYYYY! 良いですねええええ、その静かな顔のまま物騒なことを言うのが、今のあなたにはとてもよく似合っていますゥゥゥ!』
内側から弾んだ魔神イータの声が重なった瞬間、ジャマトゲイザーの周囲に浮かぶドミニオンレイが再び一斉に光を強めた。
今度の配置はさっきまでよりもさらに苛烈で、道路の上だけではなく、木々の根元、枝の隙間、地面の窪みまで含めて、アンニアXが入り込めそうな空間そのものを焼き切るつもりで照準が組まれている。
「未知の変化を確認した以上、試行時間は不要と判断する。
ここから先は、制圧ではなく、即時排除へ移行する」
ジャマトゲイザーの平坦な宣告と同時に、光が走った。
白く鋭い線は夜の森の入口を何本も裂き、アスファルトと土と木々の境界をまとめて切断しながら、戦場を一つの巨大な処刑場へ変えようとする。
けれど、その光の檻は今度、形成される前から役に立たなかった。
アンニアXの輪郭がゆらりと崩れ、白い装甲の外形そのものが乳白色の流体へ変わったかと思った次の瞬間には、すでに別の位置で人型へ戻っている。
しかも、その再構成は静止を許さず、人の目が残像を認識する前にもう次の液体化へ移っており、白い軌跡と赤紫の脈動だけが何本も夜の中へ引き伸ばされていた。
「……遅いし、素直すぎる。
そこを閉じるなら、反対側は少し甘くなる」
アンニアXはそう呟きながら、液体化したまま路面を低く滑り、光条が交差する直前の一点を抜けて、ジャマトゲイザーの斜め後方で再び人型へ戻る。
その手にはすでにヴラムブレイカーがあり、戻るより早く振り抜かれた一撃が、最も外側にあったドミニオンレイの一つを正確に切り裂いた。
光輪が歪み、制圧陣形の一角が崩れる。
『WRYYYY! そうです、そのままもっと振り回しましょうゥゥゥ!
相手が計算しているなら、その計算式ごと破ってしまえばいいのですゥゥゥ!』
内側から響く高揚した声に呼応するみたいに、アンニアXの動きはさらに鋭さを増した。
白い流体は地面だけではなく、砕けた標識の影や木々の根元の闇へも滑り込み、その次の瞬間には、まるで最初からそこにいたかのように別角度から現れて、また一つドミニオンレイを叩き落とす。
それは正面から押し潰す戦い方ではない。
気配を切り、位置をずらし、敵の視界と演算が追いつく前に次の場所へ移ることで、構築されるはずの秩序そのものを破綻させていく、シャドウガーデン時代のイータを思わせる戦い方だった。
存在を捉えたと思った時には、もうそこにいない。
切り札を置いたと思った瞬間には、その外側から刃が差し込まれている。
ジャマトゲイザーが得意とする精密制圧は、対象がそこにいることを前提にしてこそ成立する。
だからこそ、そこにいること自体をやめてしまうアンニアXの動きとは、根本から相性が悪かった。
「位置誤差、拡大。
追尾補正、再計算。
制圧陣形を再構築する」
ジャマトゲイザーはなおも平坦な声のまま、残るドミニオンレイを再配置して射線を組み直そうとする。
だが、その再構築へ入る一拍の遅れこそが、もう致命的な隙になっていた。
「……やっぱり、こういう方がやりやすい。
見つかる前に、位置ごとずらせば、考える時間を奪える」
アンニアXは一歩踏み出す代わりに身体の下半分を液体へ崩し、滑走する勢いへエボルX由来の加速を重ねる。
白と赤紫の残光が夜の道路を横一文字に裂き、その線が消える前に、ジャマトゲイザーの正面、右、背後、さらには頭上近くにまで同じ残像が重なった。
どこが本体なのか、見ている側にすら分からない。
『素晴らしいですねええええ! 見えているのに捕まえられない、その焦れ方が実に美しいですゥゥゥ!』
魔神イータの楽しげな声が響く中、アンニアXはヴラムブレイカーを連続で振るう。
一撃目はドミニオンレイの軸へ斬撃を差し込み、二撃目は液体化から戻る瞬間に至近距離射撃へ変わり、三撃目はマンゴープディング由来の転位を混ぜて、予測外の角度から同じ箇所をもう一度撃ち抜く。
さらに四撃目では、パンナコッタの粘性を思わせる白いエネルギーが地面へ広がり、ジャマトゲイザーの足元を一瞬だけ粘ついた拘束で絡め取った。
わずか一瞬。
だが、その一瞬で十分だった。
逃げ場を読んで作る側だったジャマトゲイザーが、今度は自分の足場を奪われ、迎撃へ回らざるを得なくなったからだ。
「制圧陣形、維持不能。
迎撃優先へ移行する」
その判断の遅れを見て、アンニアXの目がほんの少しだけ細くなる。
「……いい。
崩れ方が、もうかなり見えてきた」
『なら次は、もっと深くまで押してみましょうゥゥゥ!
限界の向こうへ叩き込んだ時に、何が壊れるのか見たいのですゥゥゥ!』
アンニアXは、そこで一度だけ距離を取った。
後退ではない。
最終工程へ入るために、武器と能力を一箇所へ集約するための配置だった。
ヴラムブレイカーを正面へ掲げると、乳白色の流体光がその周囲へ幾筋も立ち上り、次の瞬間には黒と赤紫の侵食光がそこへ絡みつく。
アンニンの液化、マンゴープディングの転位、パンナコッタの拘束。
その全てへエボルXの危険な圧力が混ざり合い、アンニアXの周囲に無数の武器の輪郭が浮かび始めた。
刃、槍、鎌、短剣、杭、矢のような細い兵装まで、数え切れないほどの武装が、液体と霧とエネルギーの中間みたいな不安定な質量で次々と形を得ていく。
それらは固定された武器ではなく、撃ち出される直前まで軌道も性質も変わり続ける、危険な実験結果の群れだった。
「……構造は見たし、反応も見た。
なら、次はまとめて切り開く」
ジャマトゲイザーの仮面の奥で、初めて明確な演算負荷の揺れが走る。
「高密度武装展開を確認。
危険度、急上昇。
迎撃最優先」
ドミニオンレイが残る出力を全て振り絞るように発光した、その瞬間だった。
『ファンキーフィニッシュ!』
音声と共に、アンニアXの周囲へ浮かぶ無数の武器が一斉に回転を始める。
乳白色の流体光が一本一本を包み、その刃先は液体から固体へ変わるように急激な鋭さを帯びた。
『スチームアタック!』
次の瞬間、黒と赤紫の脈動が武器群の内部へ流れ込み、それぞれがただの兵装ではなく、侵食と圧壊を伴う危険な反応炉へ変貌する。
森の入口の空気そのものが震え、雑木林の影が一斉に揺れ、夜の闇が光ではなく圧力で押し広げられていく。
『セット! ヴラムシューティング!』
ヴラムブレイカーが中心で眩く発光した。
次の瞬間、無数の武器がジャマトゲイザーへ向かって一斉に放たれる。
それは単純な一方向射撃ではない。
上から降り、横から滑り、地面を這い、途中で液体化して軌道を変え、瞬間移動で死角へ移り、拘束の粘性をまとったまま襲いかかる、全方位からの武器の嵐だった。
ジャマトゲイザーは最後まで処理しようとする。
ドミニオンレイで迎撃し、射線を組み替え、残る演算資源を全部そこへ注ぎ込もうとする。
だが、防いだと思った一撃の先へ次が現れ、逸らしたはずの刃が液体化して角度を変え、避けた先へ粘ついた拘束が絡みつき、その拘束を振り切った瞬間には、別の武器が赤紫の光を引いて胴を貫く。
数が多いだけではない。
軌道そのものが途中で変質するせいで、通常の迎撃演算が最後まで答えに辿り着けないのだ。
「演算負荷、限界突破。
排除処理……不能……」
ジャマトゲイザーの膝が、森の入口の道路へ落ちた。
その瞬間を、アンニアXは見逃さない。
静かに一歩踏み込み、最後の仕上げみたいにヴラムブレイカーを振り下ろす。
それが引き金になり、残る全ての武器が一点へ収束した。
白、黒、赤紫。
三つの色が夜の森の入口で一気に炸裂し、人工的な異形を中心から穿っていく。
枝が跳ね、土が舞い、アスファルトの破片が火花を引きながら宙へ弾け飛ぶ。
ジャマトゲイザーは最後に短いノイズみたいな悲鳴を漏らし、その輪郭を保てなくなったまま、光の残滓と共に崩れ落ちた。
爆光がようやく収まった時、森の入口には焼けた匂いと、白いゲルの細かな残滓だけが霧みたいに漂っていた。
アンニアXはその中心で静かに立っている。
激しい戦闘を終えたはずなのに、姿勢は崩れず、呼吸すらほとんど乱れていない。
それは勝利に酔う戦士の立ち方ではなく、ようやく綺麗な解答へ辿り着いた研究者の落ち着きだった。
「……終わり。
思ったより、ちゃんと壊れた」
『WRYYYY! 素晴らしいですねええええ!
最後まで綺麗に壊れましたし、途中の反応も非常に上質でしたァァァ!』
内側から響く魔神イータの歓声へ、アンニアXは小さく目を伏せただけだった。
「……うるさいけど、結果は悪くない。
だから今回は、少しだけ褒めておく」
森の入口に戻ってきた静けさは、戦闘前のそれとはもう違っていた。
そこにはまだ夜の闇があり、湿った土の匂いがあり、雑木林を揺らす風の音もある。
けれど、その中心には確かに、静かな解析者と高揚した破壊者が一つの器で噛み合った結果として生まれた危険な強さだけが、はっきりと刻み込まれていた。