結界の内側で幾つもの戦いが火花を散らしているというのに、この区画だけは奇妙なほど静かだった。
遠くでは轟が築いた氷壁へ何かがぶつかる鈍い反響がかすかに響き、別の方角では爆ぜた魔力の残光が夜空を一瞬だけ白く染めていたが、そこへ向かう細い道路の上には、いまは二つ分の足音しかなかった。
ゼータと魔神ゼータは、並んで歩いていた。
肩が触れるほど近くはない。
けれど、互いに相手を視界から外さない程度には近い、実に嫌な距離だった。
どちらも口を開かない。
必要がないからではなく、余計な言葉を交わせば、それだけで神経が逆立つと分かっていたからだ。
似ている。
同じものを見て、同じものを理解して、それでも選んだ答えが違う。
だから隣を歩く呼吸の間合いすら、妙に気に障る。
それなのに、歩幅だけは自然に噛み合ってしまう。
そのこと自体が、なおさら腹立たしかった。
街灯の光が断続的に路面を照らし、その明るさが途切れるたび、二人の影は長く伸びては闇へ溶けた。
夜風が吹けば、砕けた看板の切れ端がアスファルトの上を擦っていく。
誰もいないはずの道路に、戦場の残り香だけが薄く漂っている。
ゼータは前を見たまま歩いていた。
魔神ゼータもまた、同じように前だけを見ている。
視線を交わすこともない。
それでも互いの気配だけは、刃物のように鋭く意識の端へ引っかかり続けていた。
やがて道が少しだけ開ける。
建物と建物の間を抜けた先に、小さな広場のような空間があった。
街路樹は半ばから折れ、石畳にはひびが走り、中央の噴水はすでに水を失って、ただの白い残骸になっている。
そこだけ空気が違った。
人の気配ではない。
怪物とも、これまで相対してきた異形のライダーとも、少し違う。
もっと、物語の中からそのまま抜け出してきたみたいな、不自然な異質さだった。
広場の中央に立っていた影を認めた瞬間、ゼータの目がわずかに細くなる。
魔神ゼータもまた、笑いもせずにその姿を見た。
仮面ライダータッセル。
その姿は、普通のライダーと呼ぶにはあまりにも可笑しかった。
戦場にいるはずなのに、そこだけ絵本か寓話の一頁みたいに浮いている。
それでいて纏う気配は軽くない。
むしろ、軽薄そうな外見の下へ、こちらを値踏みするような視線と、底知れない余裕だけが沈んでいる。
「……変な見た目」
ゼータが低く言った。
吐き捨てるような短い声だった。
「趣味が悪い」
魔神ゼータも同じように返す。
感想は違わない。
第一印象だけなら、二人は驚くほどよく似ていた。
タッセルは、そんな二人の警戒を気にした様子もなく、むしろ面白いものを見るみたいに肩をすくめた。
それから、何かを読み上げるような調子で口を開く。
「ふむふむ、なるほどね」
声色は柔らかい。
だが、その柔らかさがかえって不快だった。
まるで最初から事情を知っていて、こちらの内側まで勝手に見透かしたつもりでいるような言い方だったからだ。
「君達の運命は、どうやらディケイドによって変わった運命」
その一言で、広場の空気が変わった。
ゼータの肩から、目には見えない冷気みたいな殺気がじわりと滲む。
魔神ゼータの口元も、笑っていないのにどこか歪んだ。
タッセルは、その変化に気づかないはずがない。
気づいた上で、さらに踏み込む。
「それは果たして、君達は幸せなのかな」
その問い掛けは、あまりにも軽かった。
値踏みだ。
しかも、外から。
何も知らない癖に、何も背負っていない声で、変わった運命をどう思うのかと訊いてくる。
ゼータと魔神ゼータの声が、ほとんど同時に落ちた。
「「……あぁ」」
肯定ではない。
怒りが喉の奥で擦れた、それだけの短い音だった。
だが、そのたった一音の中へ、殺気が一気に詰め込まれる。
ゼータの足が半歩だけ前へ出る。
魔神ゼータも、同じ瞬間に重心を沈める。
同族嫌悪も、価値観の違いも、この瞬間だけは全部後ろへ退いていた。
ツカサと出会ったこと。
ツカサによって変わったこと。
その意味を、第三者が勝手に量っていいはずがない。
「勝手に決めつけるな」
ゼータの声は低く、短かった。
それだけで十分だった。
「その口、裂く」
魔神ゼータの返答もまた、迷いのない殺意そのものだった。
タッセルは、そこで初めて少しだけ目を丸くした。
だが、すぐにまた愉しげな気配へ戻る。
「おやおや、これは困った」
困ったと言いながら、まるで困っていない。
むしろ、その怒り方を見て満足しているみたいな口調だった。
「どうやら、ずいぶん大事に思われているみたいだね」
「黙れ」
ゼータはそれ以上言葉を返さない。
もう十分だった。
問いに答える必要も、相手の言葉へ付き合う必要もない。
この場で必要なのは、ただ黙らせることだけだった。
「ツカサを語るな」
魔神ゼータも低く言い捨てる。
その声の底には、歪みきった執着と、今だけは揺らがない忠誠が奇妙に同居していた。
次の瞬間、二人は同時に変身へ入る。
ゼータがベリスドライバーへ手をかけ、ホースオルフェノクケミーカードを引き抜く。
カードが闇夜の下で一瞬だけ深紅の光を返し、そのままドライバーへ滑り込んだ。
足元へ赤い魔方陣が広がる。
複雑な紋様を描いた円陣は、石畳の上を静かに回転しながら上昇し、ゼータの輪郭を包み込んでいく。
「変身」
『CHEMYRIDE HORSE CHANG BERITH』
音声と同時に、深紅の光がゼータの身体を縦に走った。
魔方陣が下からせり上がるみたいに全身を変え、頭部にはファムを思わせる鋭い輪郭が現れ、胴体は深紅のガッチャードめいた異形へ変貌していく。
白い街灯の光を受けて、その装甲は血のようにも宝石のようにも見えた。
仮面ライダーベリス。
完成したその姿は、華やかさより先に不吉さを思わせる。
静かな狩人が、そのままライダーの形を取ったような深紅だった。
ほとんど間を置かず、魔神ゼータも動く。
改装された飛電ゼロワンドライバーへ、アメジストバットプログライズキーが装填される。
白く塗り替えられた黒、マゼンタへ寄せられた赤、金色へ置き換えられた銀。
月光と執着と、歪んだ愛情をそのまま機械へ押し込めたような色だった。
「変身」
キーが押し込まれた瞬間、白い光が彼女の足元から立ち昇る。
それはベリスのような魔方陣ではなく、もっと滑らかで、もっと妖しい。
白い魔法衣にも似た外装が夜気の中へ展開し、紫の宝石光がその縁を濡らすように走っていく。
顔の輪郭はキバーラを思わせながら、全体としては白いウィザードのようでもある。
月の冷たさと、逃がさない執着とが同じ形へ収束していくような変身だった。
仮面ライダーセレーネ。
その姿が夜の広場へ立った時、白と紫の外装はどこか幻想的ですらあった。
だが、美しいという印象の奥にあるのは、柔らかさではない。
静かなまま相手を追い詰め、逃げ場ごと月光で閉ざしていくような、冷たい執着の気配だった。
深紅のベリス。
白と紫のセレーネ。
普段なら噛み合わない二人が、今だけは同じ怒りを向けて立っている。
広場の中央にはタッセル。
その正面に並ぶ二つのライダーは、性質も戦い方も違うはずなのに、この場に限っては驚くほど綺麗に殺気の向きが揃っていた。
夜風が広場を抜ける。
砕けた噴水の縁に溜まった水がかすかに揺れ、折れた街路樹の枝葉が細く鳴る。
戦場の前触れのような静寂だけが、その場を一瞬支配した。
タッセルは、その二つの姿を見比べるように視線を動かし、それから小さく笑った。
「これはまた、面白い物語になりそうだ」
その言葉へ答える者はいない。
ベリスは深紅の装甲の奥で鋭くタッセルを見据え、セレーネは白い魔法衣の裾を夜風へ揺らしながら、静かに構えを深くした。
次の瞬間には、もう戦いが始まる。
それだけが、ひどく鮮明に分かった。