悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

17 / 149
甘酒はバフじゃない

正月の神社というのは、不思議な空間だ。

人は多いのに、気が緩み、警戒心が消え、だいたい余計なことが起きる。

 

ツカサは境内の端、甘酒の屋台の前に立っていた。

目的は明確だ。

 

「……並ぶな。押すな。順番だ」

 

見た目は子供。だが、完全に引率の教師の声だった。

 

デルタは屋台の前でそわそわしている。

ゼータは参拝客の流れを確認し、イータは屋台の鍋を無言で観察していた。

 

「ボス、甘酒です!」

デルタが振り返り、目を輝かせる。

 

「正月だぞ! イベントです! 飲みましょう!」

 

「“イベント”って言葉を正月に使うな。嫌な予感しかしねぇ」

 

ツカサがそう言った直後だった。

 

デルタはもう、湯気の立つ紙コップを受け取っていた。

 

「いただきます!」

 

一口。

 

次の瞬間――

 

「うおおおおおおお!!」

 

デルタの姿が、消えた。

 

正確には、見えなくなったわけではない。

速すぎて、残像しか見えない。

 

「……は?」

 

次の瞬間、鳥居の周囲を黒い影が周回しているのが見えた。

 

「ボス! なんか速いです! 景色が流れます!」

 

「それは“速い”って言うんだよ!!」

 

ゼータが目を細める。

 

「……移動速度、異常。魔力反応、ない」

 

イータが鍋を覗き込みながら言う。

 

「物理バフだね。飲料摂取型。即効性高すぎ」

 

ツカサは屋台のおばちゃんを見る。

 

「……これ、何入ってます?」

 

「米と麹だけだよ?」

 

「嘘つけ」

 

その間に、ゼータも甘酒を受け取っていた。

 

「……せっかくだし」

 

「待て、今飲むな」

 

遅かった。

 

ゼータが一口飲んだ瞬間、空気が変わる。

 

「……?」

 

参拝客が、一斉にゼータを見る。

 

「……きれい」

「……女神?」

「……拝もう」

 

「なんで!?」

 

気づけば、ゼータの前に自然発生した整列。

拍手まで起きている。

 

「ち、違うから! 参拝は向こう!」

 

ツカサは頭を抱えた。

 

「……魅了系かよ。正月に厄介すぎる」

 

その横で、イータが無言で甘酒を受け取る。

 

「イータ、飲むな」

 

「検証」

 

一口。

 

――イータが、消えた。

 

「……あ?」

 

声だけが聞こえる。

 

「透明化。たぶん完全」

 

屋台のおばちゃんが悲鳴を上げる。

 

「きゃあ! 甘酒が勝手に減ってる!」

 

「すみません、それ仲間です」

 

ツカサは深く息を吸った。

 

「……配布型チートか。転生者の悪ノリだな」

 

屋台の看板を見ると、小さな文字。

 

「迎春特製・運気上昇甘酒」

 

さらに下に、もっと小さく。

 

「※効果には個人差があります」

 

「個人差の問題じゃねぇ」

 

ツカサは紙コップを奪い取る。

 

「全員、飲むな。没収――」

 

「え?」

 

その瞬間、参拝客の視線がツカサに集中する。

 

「……なんで急に静かになった」

 

イータの声が、どこからともなく聞こえる。

 

「ツカサ、甘酒の効果が“対象の本質を強化”するタイプなら……」

 

「なら?」

 

ツカサは嫌な予感しかしなかった。

 

「ツカサが飲むと――」

 

遅かった。

 

屋台のおばちゃんが、善意100%で差し出す。

 

「はい、坊やもどうぞ」

 

「……断」

 

断る前に、コップを持たされた。

 

周囲の圧。

教師としての反射。

 

「……一口だけだ」

 

飲んだ。

 

瞬間、世界が変わる。

 

参拝客たちが、突然立ち止まった。

 

「あ……宿題……」

「明日、仕事……」

「今年の目標……」

 

人々が、それぞれの“やるべきこと”を思い出し、静かに帰り始める。

 

境内が、みるみる空いていく。

 

デルタが走って戻ってきた。

 

「ボス! 速すぎて酔いました!」

 

ゼータが呆然と呟く。

 

「……人が、いなくなった」

 

イータが姿を現す。

 

「“教師補正”。周囲に自省と帰宅衝動を付与」

 

ツカサは額を押さえた。

 

「……正月にまで仕事を持ち込むな……」

 

屋台のおばちゃんが首を傾げる。

 

「あら、急に静かになったねぇ」

 

「ええ……大事故になる前でよかったです」

 

ツカサは甘酒の鍋を指差す。

 

「これ、今日限りでやめてください」

 

「え? 人気だったのに?」

 

「なおさらだ」

 

四人は神社を後にする。

 

デルタが楽しそうに言う。

 

「ボス、正月っぽかったですね!」

 

「どこがだ」

 

ゼータが苦笑する。

 

「でも……ちょっとだけ、楽しかった」

 

イータが空を見上げる。

 

「転生者、たぶん“配るだけで世界が壊れる”のを楽しんでる」

 

ツカサはポケットの中のカードに触れた。

 

「……なら、片付けるだけだ」

 

背後の神社では、

何事もなかったように、新しい参拝客が門をくぐっていく。

 

その平和の裏で、

また一つ、“おかしな正月”が静かに処理されたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。