タッセルが刃王剣十聖刃を軽く持ち上げた瞬間、広場の空気そのものが、まるで一冊の本を乱暴に捲られたみたいにざわりと鳴った。
銀河を封じたような刀身の上を、火にも水にも雷にも見える光が次々と走り、その色が石畳へ落ちるたび、足元の影までもが別の形へ塗り替えられていく。
ただ一振りしただけのはずなのに、軌道の中には十本分の聖剣の気配が折り重なっていて、どれか一つを読んだところで、次の瞬間にはもう別の性質が刃へ重なっていた。
「それじゃあ、続きといこうか。
変わった運命っていうものが、どこまで君達を強くしたのか、ちゃんと見せてもらわないとね」
軽い口調とは裏腹に、その最初の斬撃は容赦がなかった。
火炎の熱を帯びた斬光が広場の中央を真っ直ぐに裂き、その赤い尾が消える前に、今度は水勢のように滑らかな二撃目が低く地を這う。
さらにその後ろから、雷鳴めいた加速を伴った三撃目が空気を焼き、折り重なるようにして襲いかかってくる。
一つずつなら対処できる。
だが、刃王剣十聖刃の厄介さは、性質の違う斬撃が呼吸のように連なり、対応した瞬間には別の答えを突きつけてくる点にあった。
深紅のベリスとなったゼータは、ほとんど表情も動かさず、迫る斬光の中心から半歩だけ身体を外した。
火炎の斬撃へ重ねるようにベリスバイザーへカードを滑り込ませると、見えない風が足元から吹き上がり、燃え広がるはずだった熱の尾を外側へ逸らしていく。
続けて裏向きに装填されたカードの力が周囲の空気を薄く歪め、広場の中央からゼータの姿が掻き消えた。
インビジブルドーパント由来の透明化が、次に来る水勢の一閃から彼女の輪郭そのものを引き剥がし、石畳へ刻まれた水の軌跡だけが虚しく夜の光を反射する。
「うるさい」
ゼータの声は短く、それでいて奇妙なほど冷えていた。
次の瞬間、タッセルの左手側から風の刃が走る。
風のエルの力を乗せた一撃が、刃王剣十聖刃の追撃の間へ差し込まれ、火と水の連撃で生まれたわずかな空白を断ち切った。
だが、タッセルはその程度で崩れない。
刃を返した瞬間には土豪の重さが乗り、広場の石畳が隆起するように持ち上がって、ゼータの踏み込みそのものを潰しにかかる。
そこで前へ出たのは、白と紫のセレーネとなった魔神ゼータだった。
白い魔法衣めいた外装を翻しながら、彼女はアタッシュアローを滑らせるように構え、ルビーキャンサーのプログライズキーを読み込ませる。
夜気へ赤い結晶めいた障壁が立ち上がり、土豪の圧を真正面から受け止めると、その硬さを残したまま矢が放たれた。
強化された一矢は撃ち落とされる前提で飛んでいるように見えたのに、タッセルの斬撃を受けても砕けず、そのまま刃王剣十聖刃の軌道へ食いつく。
「ツカサを語った。
それだけで、十分に死ぬ理由になる」
魔神ゼータの声は静かだった。
静かなまま、しかし言葉の底にある執着だけは、月の光みたいに冷たく濃い。
タッセルが笑う。
その笑いに合わせて、今度は風双と音銃を重ねたような広域の衝撃が広場へ撒き散らされた。
目に見えない音の刃と、足場ごとさらう暴風が同時に押し寄せ、広場の外れに残っていた噴水の残骸まで砕け散る。
ゼータはジェリーイマジンのカードを切り、深紅の輪郭を一瞬だけ液状化させて、風と音の間を滑り抜ける。
そのまま石畳の割れ目から滲み出るみたいに別の位置へ現れると、今度はポーラーベアアンデッドの力を纏わせた冷気が足元から広がり、暴風の勢いを鈍らせながらタッセルの踏み込み先を凍てつかせた。
派手な力比べではない。
相手が切った札に対して、こちらは必要な札だけを無言で返し、余計な部分を一枚ずつ剥いでいく。
それがゼータの戦い方だった。
対して魔神ゼータは、静かでありながら執拗だった。
オパールラビットの跳躍力で夜の広場を軽々と飛び越え、風双の余波が届く前に位置を変え、エメラルドスネークの力で伸びた腕からウィザーソードガン改の斬撃を不自然な角度で差し込んでいく。
タッセルが煙叡めいた霞を広げて視界を乱せば、魔神ゼータはラピスドルフィの能力で地を泳ぐように滑り、煙の下から月光に似た一閃を突き上げる。
追う。
逃がさない。
正面から潰すのではなく、相手が逃げたくなる方向へ先に刃を置いて、じわじわと間合いを詰めていく。
「気に入らない。
その口で、ツカサのことを喋るな」
タッセルはなおも余裕を崩さない。
むしろ二人の反応を、物語の続きを読むみたいに楽しんでいる節すらある。
刃王剣十聖刃のエンブレムが滑るたび、今度は闇黒と光剛が交互に明滅する斬撃が放たれ、広場そのものが昼と夜を無理やり重ねたみたいな異様な明暗へ飲み込まれた。
そこへさらに時国を思わせる、一拍遅れて追ってくる斬撃が重なる。
最初の一撃を見切っても、逃げた先の時間差で次が追い付く。
そのずるさに、ゼータが舌打ち混じりに目を細めた。
「面倒」
それでも退かない。
ゼータはジェミニ・ゾディアーツのカードを切り、爆発エネルギーの塊じみた分身を前方へ走らせる。
タッセルの時間差斬撃は、その分身を切り裂いて炸裂したが、その爆発が生んだ眩しさと煙の裏で、本体のゼータはすでに別角度へ回り込んでいた。
そこへ魔神ゼータが重なる。
ティアドロップゴートの力で脚へ角状の光を生やし、跳躍と同時に蹴りを放つと、タッセルは刃王剣十聖刃でそれを受け止める。
受けた瞬間、横からゼータの細剣が深紅の軌跡を描いて脇腹を狙い、さらに別方向から分身の爆発が追撃する。
「左」
ゼータの短い声に、魔神ゼータはわざわざ返事をしない。
ただ、その指示だけで十分だった。
白い魔法衣が翻り、タッセルの左側へ半歩だけ身体を流した次の瞬間、アタッシュアローが射出される。
エメラルドスネークの追尾性能を乗せた矢は、タッセルが避けようとした足場へ食らいつき、その回避先を潰す。
さらにゼータが透明化で輪郭を消し、その逃げ道の裏へもう一枚別の能力札を置く。
ぶつかり合えば気に入らない相手なのに、今だけはその噛み合いが異様なほど綺麗だった。
だが、それでも決め手には届かない。
タッセルが刃王剣十聖刃を大きく振り上げた瞬間、広場の空気が丸ごとひっくり返る。
十聖剣の力が一つではなく、束になって押し寄せる。
火も、水も、風も、雷も、光も闇も、どれか一つの属性では説明できない重みが、世界そのものを塗り替えるみたいに襲いかかってきた。
ゼータは後方へ大きく弾かれ、石畳の上を滑って深紅の火花を散らす。
魔神ゼータもまた、月光めいた外装の裾を裂かれながら、広場の端へ飛ばされて壁へ叩きつけられた。
「やっぱりねえ、変わった運命っていうのは、面白いけれど不安定だ」
タッセルの声は楽しげだった。
その言葉の軽さが、かえって二人の怒りを冷たく燃やす。
ゼータがゆっくりと立ち上がる。
深紅の装甲の縁から細い煙が上がっていた。
魔神ゼータもまた、壁から身体を離し、白い魔法衣の裾を一度だけ払う。
どちらも倒れていない。
だが、このまま同じやり方を繰り返しても押し切れないことくらいは、もう十分に分かっていた。
広場の真ん中で、刃王剣十聖刃はなおも銀河じみた光を帯びている。
対する二人のライダーは、ほとんど同時に、しかし決して示し合わせた訳ではない手つきで、懐へ手を伸ばした。
「……ここから先は、少し重い」
ゼータの声は低い。
その指が触れたのは、ラウズアブゾーバーと、クロスホッパー、テンライナーへ繋がる強化のための手順だった。
「ちょうどいい。
そのくらいじゃないと、足りない」
魔神ゼータの指先もまた、紫へ彩られたフィロスグリップへ伸びている。
月の冷たさに似た執着が、その瞬間だけは隠しようもなく濃く滲んだ。
深紅のゼータ。
白と紫の魔神ゼータ。
普段なら隣り合うだけで棘が立つ二人が、いまだけはまったく同じ怒りを胸に、同時に最強形態への扉へ手をかけている。
タッセルがその光景を見て、わずかに目を細めた。
「おやおや、まだ先があるのかい」
「ある」
ゼータが短く返す。
「黙って見てろ」
魔神ゼータもまた、同じ温度で言い捨てた。
夜の広場へ、次の戦いの前触れみたいな静けさが落ちる。
刃王剣十聖刃を構えたタッセルの正面で、二人はそれぞれの強化アイテムを同時に掲げた。
次の瞬間には、戦いはもう一段上の領域へ入る。
そうとしか思えない気配だけが、壊れた噴水とひび割れた石畳の上へ、濃く、冷たく満ちていた。