悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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月夜の猫達

 砕けた噴水の水滴が、宙に浮いたまま震えていた。

 それは時間が止まったわけではなく、戦場そのものが、次に何が起きるのかを恐れて呼吸を忘れたような静寂だった。

 

 ゼータはラウズアブゾーバーを左腕へ装着し、クロスホッパーとテンライナーを静かに掲げた。

 魔神ゼータは紫のフィロスグリップを握り締め、月光を閉じ込めたような瞳でタッセルを見据えた。

 

「おやおや、まだ先があるのかい。これはなかなか、読み応えのある章になってきたね」

 

 タッセルは刃王剣十聖刃を肩に乗せ、芝居がかった柔らかい声で笑った。

 だが、その笑みの奥で、彼の指先がほんのわずかに強張っていた。

 物語を読む者としての余裕が、物語に喰われる者の予感に触れたのだ。

 

「黙って見てろ」

 

 ゼータが短く告げ、ホースオルフェノクケミーカードをベリスドライバーへ滑り込ませた。

 次いでクロスホッパーとテンライナーが、錬金術式のように赤い魔方陣の周囲を旋回する。

 

『CROSSHOPPER ALCHEMY TENLINER CHANGE ARCANUM』

 

 深紅の装甲が銀の輪郭を帯び、白い複眼の側面から紫のベクトアイが裂けるように露出した。

 ベリスのラインは黄色へ変わり、胸部装甲には禁忌の錬成陣が浮かび上がる。

 それは英雄の進化ではなく、怪人の力を理解した狩人が、自らの肉体を実験台に変えるための変身だった。

 

「ツカサを語るなら、覚悟くらいは持て」

 

 魔神ゼータがフィロスグリップをゼロワンドライバー改装版へ差し込み、アメジストバットプログライズキーを強く押し込んだ。

 紫の月輪が背後で開き、白い魔法衣が重力を無視して翻る。

 

『AMETHYST BAT. PHILOS RISE. KIVA, WIZARD, ZERO-ONE. TRUE MOONLIGHT LOVE』

 

 セレーネの白い装甲が宝石の輝きを帯び、胸のアメジストがマゼンタへ染まった。

 頭部には細い三日月のティアラが生まれ、背中から六枚の巨大な光翼が広がる。

 仮面ライダーフィロスセレーネは、静かに一歩踏み出しただけで、割れた石畳を月面のように沈ませた。

 

「なるほどね。愛と禁忌。どちらも物語を壊すには十分な題材だ」

 

 タッセルが刃王剣十聖刃を振るうと、火炎剣烈火の紅蓮、水勢剣流水の蒼、雷鳴剣黄雷の閃光が同時に解き放たれた。

 三つの斬撃は螺旋を描きながら、二人のライダーを包み込む竜巻となって襲いかかる。

 

 ゼータは一歩も退かなかった。

 

「風のエル。ポーラーベアアンデッド」

 

『WIND EL ALCHEMY POLAR BEAR UNDEAD ARCANUM ABILITY』

 

 ベリス アルカナムフォームの左腕に風の紋章が、右腕に氷の結晶が走った。

 紅蓮は逆巻く風で軌道をねじ曲げられ、蒼い水流は冷気で白銀の刃へ変えられ、雷撃だけが残ってゼータの胸へ迫る。

 

 その雷撃を、魔神ゼータが横から蹴り砕いた。

 フィロスセレーネの脚部に紫の月光が集まり、蹴撃の軌跡が一拍遅れて空間へ焼き付いた。

 

「遅い。剣の方が泣いてる」

 

 魔神ゼータの声は静かだったが、その言葉は刃より鋭かった。

 タッセルの眉が、初めてわずかに動いた。

 

「おや、それは厳しい評価だね」

 

「厳しくない。事実」

 

 ゼータがベリスバイザーを抜き、透明化のカードを裏向きに差し込んだ。

 

『INVISIBLE DOPANT ALCHEMY JELLY IMAGIN ARCANUM ABILITY』

 

 深紅の姿が空気へ溶け、次の瞬間、液状化したゼータの影だけが床を滑った。

 タッセルが刃王剣十聖刃を横へ薙ぐと、土豪剣激土の重圧と風双剣翠風の乱流が広場を粉砕した。

 しかし、ベリスの肉体は斬撃の隙間を液体のように通り抜け、タッセルの背後で再構成される。

 

「本物のセイバーなら、今の一振りで終わってた」

 

 ゼータの声が背後から落ちた。

 タッセルが振り返るより先に、ベリスバイザーの細剣が刃王剣十聖刃の根元を叩いた。

 金属音は響かず、代わりに十本の聖剣の紋章が一瞬だけ歪んだ。

 

「ツカサが変身したセイバーでも、もっと剣に言葉を聞かせる」

 

 魔神ゼータが続け、アックスカリバー改を振り下ろした。

 その斧剣は単なる重撃ではなく、時間を削り取る月光そのものだった。

 タッセルは刃王剣十聖刃で受け止めたが、刃の表面を走る星座の光が、悲鳴のように乱れた。

 

「へえ。僕がこの剣を使いこなせていないって言いたいのかな」

 

「言いたいんじゃない。もう言った」

 

「お前は物語を読んでるだけだ。ツカサは、その中で斬ってきた」

 

 二人の声が重なった瞬間、タッセルの笑みが薄くなった。

 彼は刃王剣十聖刃を高く掲げ、全ての聖剣の力を一つの銀河へ圧縮した。

 火炎、水勢、雷鳴、土豪、風双、音銃、闇黒、光剛、時国、そして刃王剣の創造力が、空を裂く巨大な物語の刃となって降り注ぐ。

 

「ならば見せてもらおうか。君達が信じる、本物との差をね」

 

 世界が白く塗り潰された。

 その一撃は、街区ごと物語を書き換えるような規模で、石畳も噴水も空気すらも一つの結末へ押し流そうとしていた。

 

 だが、ゼータはカードを三枚抜いた。

 魔神ゼータは六つのプログライズキーを同時に展ータはカードを三枚抜いた。

 魔神ゼータは六つ開した。

 

「クロアゲハヤミー。ジェミニ・ゾディアーツ。メドゥーサ」

 

『CROAGEHA YUMMY ALCHEMY GEMINI ZODIARTS TABOO MEDUSA』

 

 ベリスの装甲から黒い蝶の翅脈が浮き、肩口から双子座の紋章が裂けるように伸びた。

 紫のベクトアイは獣のように発光し、ゼータの指先には金縛りの魔眼が宿る。

 禁忌の三重錬成は身体を蝕み、深紅の装甲の隙間から怪人じみた結晶が覗いた。

 

 それでもゼータは、呻かなかった。

 痛みを言葉にするほど、彼女は優しくなかった。

 

「邪魔」

 

 その一言と同時に、爆発性鱗粉をまとった分身群が銀河の斬撃へ突入した。

 無数の爆発が聖剣の軌道をずらし、メドゥーサの拘束が斬撃の流れそのものを一瞬だけ縫い止める。

 

 その一瞬で十分だった。

 

「ルビー。スネーク。ドルフィ。エラポス。ラビット。ゴート」

 

 魔神ゼータの周囲に六つの宝石が並び、フィロスセレーネの背の光翼が月蝕のように巨大化した。

 結晶防壁が銀河の余波を弾き、伸びた腕が空間の継ぎ目を掴み、地中を泳ぐ影がタッセルの足場を崩す。

 超高速の射撃が逃げ道を消し、分散した月光弾が回避先を潰し、螺旋角を纏ったアックスカリバー改が真上から落ちた。

 

「その剣は、そんな軽い手で握るものじゃない」

 

 魔神ゼータの声は怒鳴り声ではなかった。

 だからこそ、その言葉はタッセルの胸へ深く刺さった。

 

 タッセルは刃王剣十聖刃を構え直し、最後の創造力で二人を押し返そうとした。

 しかし、刃が描く物語の筋道を、ゼータのカードが読み、魔神ゼータの月光が塞いでいく。

 読み手の余裕は、狩人の合理性と、愛に狂った守護者の執着によって、少しずつ剥ぎ取られていった。

 

「困ったねえ。ここまで来ると、もう僕の番じゃないみたいだ」

 

「最初から違う」

 

「お前の章は、ここで閉じる」

 

 二人は同時に構えた。

 ゼータはベリスバイザーへ三枚のカードを重ね、魔神ゼータはアックスカリバー改を月輪の中心へ掲げた。

 

『CROAGEHA YUMMY ALCHEMY GEMINI ZODIARTS TABOO MEDUSA ARCANUM CHARGE』

 

『PHILOS LUNAR EMPEROR STRIKE. TRUE MOONLIGHT BREAK』

 

 ベリス アルカナムフォームの周囲に、黒蝶の爆炎、双子の分身、金縛りの魔眼が重なった。

 フィロスセレーネの背後では、巨大な月が翼へ変わり、六つの宝石が一条のマゼンタの軌道へ収束する。

 

 二人は走った。

 ゼータは地を蹴らず、影を滑るように低く迫った。

 魔神ゼータは空を落ちる月光のように、高く、速く、逃げ場のない角度から降下した。

 

 タッセルは刃王剣十聖刃を両手で握り、最後まで笑みを残そうとした。

 だが、その笑みが完成するより先に、ベリスの細剣が聖剣の中心を貫き、フィロスセレーネのアックスカリバー改がその上から月の断罪を叩き込んだ。

 

 黒蝶の爆発が咲き、双子の分身が十字に駆け抜け、金縛りの魔眼がタッセルの一瞬を縫い止める。

 そこへマゼンタの月光が降り、聖剣の銀河を押し潰すように広場全体を染め上げた。

 

 音は遅れてやって来た。

 世界が一拍遅れて、自分が斬られたことを思い出したように震えた。

 

 光が消えた時、タッセルは膝をつき、刃王剣十聖刃の切っ先を石畳へ落としていた。

 その刃に宿っていた十の輝きは消えていないが、今はもう、彼の手の中で物語を紡ぐだけの力を失っていた。

 

「なるほど。これは確かに、僕の読み違いだ」

 

 タッセルは小さく笑ったが、その声には先ほどまでの余裕がなかった。

 ゼータは変身を解かず、ベリスバイザーの切っ先を彼の喉元へ向けた。

 

「読み違いじゃない。侮っただけ」

 

 魔神ゼータもまた、月光を纏ったアックスカリバー改を下ろさなかった。

 その瞳は、まだタッセルがツカサの名を口にするなら、今度こそ息を止めると告げていた。

 

「ツカサを語るな。セイバーを語るな。お前の言葉は、軽い」

 

 タッセルは沈黙した。

 広場に残ったのは、焼けた空気と、砕けた聖剣の余韻と、二人のライダーが立つ影だけだった。

 

 物語を読んでいた男は、その章の終わりで、初めて読み手の席から引きずり下ろされた。

 そして、赤い禁忌と白い月光は、同じ結論を無言で共有していた。

 

 本物の剣士なら、この剣をもっと遠くへ連れていけた。

 ツカサなら、この物語をもっと強く斬り開けた。

 だからこそ、彼女たちは許さなかった。

 

 刃王剣十聖刃を持つだけの語り部が、彼の名を軽々しく語ることを。

 

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