悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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善意の継承者

 半壊した広場には、まだ先ほどの戦闘の熱が残っている。

 砕けた石畳の隙間からは白い煙が細く立ち上り、折れた街灯は火花を散らしながら不規則に明滅している。

 その光の下で、緑谷出久はユーリの前に立ち、フィル・マクスウェルの微笑を真正面から見据えている。

 

 背後では、ディアーチェがユーリを支え、シュテルが周囲の反応を警戒し、レヴィが今にも飛び出しそうな身体を必死に押し留めている。

 誰も無傷ではない。

 ユーリは消耗しきっており、マテリアルの三人もまた、すぐに次の戦闘へ移れるほど余力が残っているわけではない。

 だからこそ、緑谷はここで一歩も退かない。

 

「ディアーチェさん、シュテルさん、レヴィさん。ユーリさんを連れて、ここから離れてください」

 

 その言葉に、ディアーチェの目が鋭く細まる。

 

「貴様一人で残るつもりか」

 

「一人で勝つためじゃありません。あなた達がユーリさんを守って離れる時間を作るためです」

 

 緑谷の声は、静かだが迷いがない。

 シュテルは一瞬だけフィルの方向を見て、続けて緑谷の背中を見つめる。

 

「敵性反応は高く、単独での対処は危険です」

 

「分かっています。だからこそ、今は役割を分けるべきです」

 

「なんてこった、無茶する気だな!」

 

 レヴィの声には心配と苛立ちが混ざっている。

 それでも緑谷は振り返らない。

 振り返れば、きっと背後の傷ついた彼女達の顔を見て、胸が痛くなる。

 けれど今は、その痛みを理由に立ち止まる時間すら惜しい。

 

「無茶じゃありません。未来を変えるために必要なことです」

 

 その一言を聞いて、ディアーチェは短く息を吐く。

 王としての不遜な態度は崩さないが、その奥にある判断は早い。

 

「よかろう。だが、倒れることは許さん」

 

「そうだぞ! あとでちゃんと戻ってこいよ!」

 

「こちらはユーリを退避させます。あなたは、時間を稼いでください」

 

「任せてください」

 

 短く返した緑谷の背後で、三人が動き始める。

 ユーリを抱えるように支え、広場の外へ向かってゆっくりと離れていく。

 フィルはそれを見ている。

 だが、止めない。

 その視線は、逃げるユーリだけでなく、目の前に立つ緑谷と、彼の腰にあるゼインドライバーへ向けられている。

 

「実に興味深いですね。自身の勝率を下げてでも、他者の退避を優先する」

 

 フィルは穏やかに語る。

 その声は、礼儀正しい研究者のようでいて、どこまでも人間の温度が薄い。

 

「君の判断は、ヒーローとしては美しい。しかし、研究者として見れば、あまりにも非効率です」

 

「人を助けることは、効率だけで測るものじゃありません」

 

「ですが、救済には犠牲が必要です。個人を守るために、より大きな可能性を失うことは合理的ではありません」

 

 フィルの言葉は滑らかで、理屈としては整っている。

 だが、その整い方が緑谷にはひどく冷たく聞こえる。

 誰かの苦しみを数値に変え、誰かの命を条件に変え、その上で正しいと語る。

 それは、かつて緑谷が何度も向き合ってきたものに似ている。

 助けを求める声を、届かないものとして切り捨てる世界の冷たさに似ている。

 

「僕は、最初から強かったわけじゃありません」

 

 緑谷は拳を握ったまま、静かに言う。

 

「何も持っていないと思っていた時、手を伸ばしてくれた人がいました」

 

 その言葉に、フィルの微笑がほんの少しだけ深くなる。

 興味を抱いたのだろう。

 けれど、緑谷はその反応へ付き合わない。

 

「一人では届かない場所へ、仲間と一緒に走ってきました。たくさんの人が繋いでくれたから、僕はここにいます」

 

 彼の脳裏に、これまで出会ってきた多くの顔がよぎる。

 オールマイト、クラスメイト、教師達、共に戦った仲間達。

 そして、未来は変えられないと信じながらも、最後に緑谷達へ希望を託したサー・ナイトアイ。

 

「だから分かります。誰かを材料みたいに扱って得た未来は、救済なんかじゃない」

 

「感情論ですね。けれど、人はいつもその感情論に縋る」

 

「違います」

 

 緑谷の否定は、短い。

 だが、その短さの中にこれまで歩んできた時間の重みがある。

 

「手を伸ばすことは、感情だけじゃありません。誰かを諦めないための、僕達の選択です」

 

 その時、ゼインドライバーから低い声が響く。

 

『緑谷少年、敵の発言に反応しすぎるな。怒りは判断を鈍らせる』

 

「大丈夫です、ナイトアイさん。僕は怒っているけど、見失ってはいません」

 

『ならば確認する。君は、予測された未来を変えるために戦うのだな』

 

「はい。ユーリさんを連れ去らせない未来を、ここで選びます」

 

 フィルの目が、静かにゼインドライバーへ移る。

 その表情は驚きではなく、新しい実験器具を見つけた研究者のそれだった。

 

「その声、ただの補助AIではありませんね。君自身も、なかなか興味深い研究対象になりそうです」

 

「僕は研究対象じゃありません。ここにいる人達も、ユーリさんもです」

 

 緑谷の声が、広場の空気をまっすぐに切る。

 その背後で、ディアーチェ達の気配が少しずつ遠ざかっていく。

 まだ十分な距離ではない。

 だが、時間は稼げている。

 ならば、ここから先は緑谷の役目だ。

 

 フィルは小さく頷き、懐から異質なドライバーを取り出す。

 通常のオーズドライバーとは違う。

 六つのスロットが連なり、金属の縁には古い悪意を封じたような黒ずんだ輝きが宿っている。

 その周囲へ、六枚のメダルが浮かび上がる。

 ショッカー、ゲルショッカー、デストロン、GOD、ガランダー、デルザー。

 歴史の底から引きずり出された悪意の名が、冷たい光を帯びて回転している。

 

「では、君の理想がどこまで保つか、試してみましょう」

 

 フィルは六連オーズドライバーを腰へ装着し、六枚のメダルを一つずつ収めていく。

 

「過去の悪意を束ねたこの力が、君の言う未来をどれほど容易く折れるのか」

 

『SHOCKER!GEL-SHOCKER!DESTRON!GOD!GARANDA!DELSER!』

 

 六重の音声が広場へ響く。

 その瞬間、フィルの足元から赤黒い光が噴き上がり、胸の前へ歪んだオーラングサークルが形成される。

 そこには六つの悪意を象ったレリーフが浮かび、まるで歴代の闇が一つの器へ凝縮されていくようだった。

 

『HEXARISE!OOOOOO!HEXA-OOO!』

 

 白骨めいた外装がフィルの全身を覆う。

 人型を残しながらも、その輪郭は仮面ライダーというより怪物に近い。

 胸部の歪な円環が赤黒く脈打ち、背後から六本の巨大な触手が展開する。

 それらは生物の尾にも、古い悪の組織が伸ばす支配の腕にも見えた。

 ヘキサオーズ。

 過去の悪意を六連に束ねた異形が、フィル・マクスウェルの理性を纏って広場に立つ。

 

「救済を語る者が、悪意を束ねるんですね」

 

 緑谷は息を吐く。

 怒りはある。

 だが、今度はもう揺れない。

 

『敵の出力上昇を確認。生身での交戦継続は推奨しない』

 

「分かっています」

 

『ゼインの力は、使い方を誤れば裁きに傾く』

 

「裁くためには使いません」

 

 緑谷はゼインプログライズキーを握る。

 その手に力がこもる。

 白い裁定者の力。

 暴走すれば、誰かを救うためではなく、誰かを断じるための力になりかねない。

 だが今、緑谷の中にはナイトアイの声があり、彼自身の意志がある。

 

「誰かを救けるために、僕がこの力を使います」

 

 ゼインプログライズキーが起動する。

 白銀の光が彼の手元から広がり、ゼインドライバーへ吸い込まれるように収束する。

 装填と同時に、幾何学的なラインが緑谷の足元から全身へ走り、未来の分岐を照らすように広場へ白い光が広がっていく。

 

『ZEIN RISE!JUSTICE!JUDGEMENT!JAIL!ZEIN!“SALVATION OF HUMANKIND.”』

 

 音声が響く。

 だが、その響きは冷たいだけではない。

 白と黒と銀の装甲が緑谷の身体を覆い、胸部には裁定者めいた装甲が形成され、背には白いマントが展開される。

 頭部の輪郭は、正義を執行する者の鋭さを宿している。

 しかし、その内側で制御しているのは、緑谷の救助意思と、ナイトアイの冷静な予測である。

 

 仮面ライダーゼイン。

 ただし、それは断罪へ走る正義ではない。

 奪われる未来を変えるために、ヒーローが纏った裁定の力だった。

 

 ゼインとなった緑谷は、白いマントを揺らしながらヘキサオーズを見据える。

 背後では、ディアーチェ達がユーリを連れて広場の外へ離れていく。

 まだ安全圏ではない。

 だが、ここで時間を稼げば届く。

 

『緑谷少年、ユーリ達の離脱完了まで推定三分』

 

「十分です」

 

 ヘキサオーズの六本の触手が石畳を抉る。

 砕けた広場の破片が宙へ跳ね、赤黒い影がゼインの白い装甲へ伸びる。

 

「救済を語る者が、裁定の力を使う。実に矛盾していて、興味深い」

 

「これは裁くための力じゃありません」

 

 ゼインは拳を構える。

 その構えは、オールマイトに憧れた少年の名残を持ちながら、大人になった緑谷出久の冷静さを宿している。

 

「奪われる未来を、変えるための力です」

 

 過去の悪意を束ねた六連の怪物と、未来を救うために裁定の力を纏ったヒーロー。

 半壊した広場を舞台に、二つの力が向かい合う。

 次の瞬間、ヘキサオーズの触手が唸りを上げ、ゼインが白いマントを翻して踏み込む。

 

 最悪の未来を変えるための戦いが、ここに幕を開ける。

 

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