半壊した広場には、まだ先ほどの戦闘の熱が残っている。
砕けた石畳の隙間からは白い煙が細く立ち上り、折れた街灯は火花を散らしながら不規則に明滅している。
その光の下で、緑谷出久はユーリの前に立ち、フィル・マクスウェルの微笑を真正面から見据えている。
背後では、ディアーチェがユーリを支え、シュテルが周囲の反応を警戒し、レヴィが今にも飛び出しそうな身体を必死に押し留めている。
誰も無傷ではない。
ユーリは消耗しきっており、マテリアルの三人もまた、すぐに次の戦闘へ移れるほど余力が残っているわけではない。
だからこそ、緑谷はここで一歩も退かない。
「ディアーチェさん、シュテルさん、レヴィさん。ユーリさんを連れて、ここから離れてください」
その言葉に、ディアーチェの目が鋭く細まる。
「貴様一人で残るつもりか」
「一人で勝つためじゃありません。あなた達がユーリさんを守って離れる時間を作るためです」
緑谷の声は、静かだが迷いがない。
シュテルは一瞬だけフィルの方向を見て、続けて緑谷の背中を見つめる。
「敵性反応は高く、単独での対処は危険です」
「分かっています。だからこそ、今は役割を分けるべきです」
「なんてこった、無茶する気だな!」
レヴィの声には心配と苛立ちが混ざっている。
それでも緑谷は振り返らない。
振り返れば、きっと背後の傷ついた彼女達の顔を見て、胸が痛くなる。
けれど今は、その痛みを理由に立ち止まる時間すら惜しい。
「無茶じゃありません。未来を変えるために必要なことです」
その一言を聞いて、ディアーチェは短く息を吐く。
王としての不遜な態度は崩さないが、その奥にある判断は早い。
「よかろう。だが、倒れることは許さん」
「そうだぞ! あとでちゃんと戻ってこいよ!」
「こちらはユーリを退避させます。あなたは、時間を稼いでください」
「任せてください」
短く返した緑谷の背後で、三人が動き始める。
ユーリを抱えるように支え、広場の外へ向かってゆっくりと離れていく。
フィルはそれを見ている。
だが、止めない。
その視線は、逃げるユーリだけでなく、目の前に立つ緑谷と、彼の腰にあるゼインドライバーへ向けられている。
「実に興味深いですね。自身の勝率を下げてでも、他者の退避を優先する」
フィルは穏やかに語る。
その声は、礼儀正しい研究者のようでいて、どこまでも人間の温度が薄い。
「君の判断は、ヒーローとしては美しい。しかし、研究者として見れば、あまりにも非効率です」
「人を助けることは、効率だけで測るものじゃありません」
「ですが、救済には犠牲が必要です。個人を守るために、より大きな可能性を失うことは合理的ではありません」
フィルの言葉は滑らかで、理屈としては整っている。
だが、その整い方が緑谷にはひどく冷たく聞こえる。
誰かの苦しみを数値に変え、誰かの命を条件に変え、その上で正しいと語る。
それは、かつて緑谷が何度も向き合ってきたものに似ている。
助けを求める声を、届かないものとして切り捨てる世界の冷たさに似ている。
「僕は、最初から強かったわけじゃありません」
緑谷は拳を握ったまま、静かに言う。
「何も持っていないと思っていた時、手を伸ばしてくれた人がいました」
その言葉に、フィルの微笑がほんの少しだけ深くなる。
興味を抱いたのだろう。
けれど、緑谷はその反応へ付き合わない。
「一人では届かない場所へ、仲間と一緒に走ってきました。たくさんの人が繋いでくれたから、僕はここにいます」
彼の脳裏に、これまで出会ってきた多くの顔がよぎる。
オールマイト、クラスメイト、教師達、共に戦った仲間達。
そして、未来は変えられないと信じながらも、最後に緑谷達へ希望を託したサー・ナイトアイ。
「だから分かります。誰かを材料みたいに扱って得た未来は、救済なんかじゃない」
「感情論ですね。けれど、人はいつもその感情論に縋る」
「違います」
緑谷の否定は、短い。
だが、その短さの中にこれまで歩んできた時間の重みがある。
「手を伸ばすことは、感情だけじゃありません。誰かを諦めないための、僕達の選択です」
その時、ゼインドライバーから低い声が響く。
『緑谷少年、敵の発言に反応しすぎるな。怒りは判断を鈍らせる』
「大丈夫です、ナイトアイさん。僕は怒っているけど、見失ってはいません」
『ならば確認する。君は、予測された未来を変えるために戦うのだな』
「はい。ユーリさんを連れ去らせない未来を、ここで選びます」
フィルの目が、静かにゼインドライバーへ移る。
その表情は驚きではなく、新しい実験器具を見つけた研究者のそれだった。
「その声、ただの補助AIではありませんね。君自身も、なかなか興味深い研究対象になりそうです」
「僕は研究対象じゃありません。ここにいる人達も、ユーリさんもです」
緑谷の声が、広場の空気をまっすぐに切る。
その背後で、ディアーチェ達の気配が少しずつ遠ざかっていく。
まだ十分な距離ではない。
だが、時間は稼げている。
ならば、ここから先は緑谷の役目だ。
フィルは小さく頷き、懐から異質なドライバーを取り出す。
通常のオーズドライバーとは違う。
六つのスロットが連なり、金属の縁には古い悪意を封じたような黒ずんだ輝きが宿っている。
その周囲へ、六枚のメダルが浮かび上がる。
ショッカー、ゲルショッカー、デストロン、GOD、ガランダー、デルザー。
歴史の底から引きずり出された悪意の名が、冷たい光を帯びて回転している。
「では、君の理想がどこまで保つか、試してみましょう」
フィルは六連オーズドライバーを腰へ装着し、六枚のメダルを一つずつ収めていく。
「過去の悪意を束ねたこの力が、君の言う未来をどれほど容易く折れるのか」
『SHOCKER!GEL-SHOCKER!DESTRON!GOD!GARANDA!DELSER!』
六重の音声が広場へ響く。
その瞬間、フィルの足元から赤黒い光が噴き上がり、胸の前へ歪んだオーラングサークルが形成される。
そこには六つの悪意を象ったレリーフが浮かび、まるで歴代の闇が一つの器へ凝縮されていくようだった。
『HEXARISE!OOOOOO!HEXA-OOO!』
白骨めいた外装がフィルの全身を覆う。
人型を残しながらも、その輪郭は仮面ライダーというより怪物に近い。
胸部の歪な円環が赤黒く脈打ち、背後から六本の巨大な触手が展開する。
それらは生物の尾にも、古い悪の組織が伸ばす支配の腕にも見えた。
ヘキサオーズ。
過去の悪意を六連に束ねた異形が、フィル・マクスウェルの理性を纏って広場に立つ。
「救済を語る者が、悪意を束ねるんですね」
緑谷は息を吐く。
怒りはある。
だが、今度はもう揺れない。
『敵の出力上昇を確認。生身での交戦継続は推奨しない』
「分かっています」
『ゼインの力は、使い方を誤れば裁きに傾く』
「裁くためには使いません」
緑谷はゼインプログライズキーを握る。
その手に力がこもる。
白い裁定者の力。
暴走すれば、誰かを救うためではなく、誰かを断じるための力になりかねない。
だが今、緑谷の中にはナイトアイの声があり、彼自身の意志がある。
「誰かを救けるために、僕がこの力を使います」
ゼインプログライズキーが起動する。
白銀の光が彼の手元から広がり、ゼインドライバーへ吸い込まれるように収束する。
装填と同時に、幾何学的なラインが緑谷の足元から全身へ走り、未来の分岐を照らすように広場へ白い光が広がっていく。
『ZEIN RISE!JUSTICE!JUDGEMENT!JAIL!ZEIN!“SALVATION OF HUMANKIND.”』
音声が響く。
だが、その響きは冷たいだけではない。
白と黒と銀の装甲が緑谷の身体を覆い、胸部には裁定者めいた装甲が形成され、背には白いマントが展開される。
頭部の輪郭は、正義を執行する者の鋭さを宿している。
しかし、その内側で制御しているのは、緑谷の救助意思と、ナイトアイの冷静な予測である。
仮面ライダーゼイン。
ただし、それは断罪へ走る正義ではない。
奪われる未来を変えるために、ヒーローが纏った裁定の力だった。
ゼインとなった緑谷は、白いマントを揺らしながらヘキサオーズを見据える。
背後では、ディアーチェ達がユーリを連れて広場の外へ離れていく。
まだ安全圏ではない。
だが、ここで時間を稼げば届く。
『緑谷少年、ユーリ達の離脱完了まで推定三分』
「十分です」
ヘキサオーズの六本の触手が石畳を抉る。
砕けた広場の破片が宙へ跳ね、赤黒い影がゼインの白い装甲へ伸びる。
「救済を語る者が、裁定の力を使う。実に矛盾していて、興味深い」
「これは裁くための力じゃありません」
ゼインは拳を構える。
その構えは、オールマイトに憧れた少年の名残を持ちながら、大人になった緑谷出久の冷静さを宿している。
「奪われる未来を、変えるための力です」
過去の悪意を束ねた六連の怪物と、未来を救うために裁定の力を纏ったヒーロー。
半壊した広場を舞台に、二つの力が向かい合う。
次の瞬間、ヘキサオーズの触手が唸りを上げ、ゼインが白いマントを翻して踏み込む。
最悪の未来を変えるための戦いが、ここに幕を開ける。