ヘキサオーズの胸部に刻まれた歪なオーラングサークルが、赤黒い脈動を強めていく。
半壊した広場の石畳には無数の亀裂が走り、折れた街灯が不規則に明滅するたび、六本の触手を背負う異形の影が、壁面や瓦礫の上へ不気味に揺れて映り込んでいる。
その正面に立つ仮面ライダーゼインは、白いマントを夜風へ揺らしながら、背後へ遠ざかるユーリ達の気配を意識の端で確かめている。
ディアーチェ達は、ユーリを支えながら広場の外へ向かっている。
まだ十分な距離ではないが、それでも先ほどよりは遠い。
だから緑谷出久は、ここでヘキサオーズを倒すことより、まずはこの場へ釘づけにすることを優先する。
サー・ナイトアイの声が、ゼインドライバーの内側から低く響く。
『緑谷少年、退避対象との距離はまだ不十分だ。敵の行動を広場内へ制限したまえ』
「分かっています、ナイトアイさん。ここから先へは、一歩も通しません」
ヘキサオーズ、すなわちフィル・マクスウェルは、その言葉を聞いて微かに笑う。
仮面の奥で本当に表情が動いたわけではないはずなのに、その声音だけで、彼が緑谷を実験対象として眺めていることが伝わってくる。
「では、まずは原点から試しましょう。君達が正義と呼ぶものが、最初に何と戦ったのか」
胸部の円環の中で、ショッカーのメダルが強く発光する。
その瞬間、広場の影が盛り上がり、黒い戦闘員めいた幻影が次々と這い出してきた。
彼らは声なき群れとしてゼインを包囲し、さらにヘキサオーズの六本の触手が、蛇のように地面を擦りながら同時に迫る。
叩きつけるだけではない。
掴み、縛り、引き裂き、逃げ道を閉ざすように、多方向から緑谷を押し潰そうとしてくる。
「ショッカーの力なら、対抗する力は決まっています」
『ゼインカード候補を提示する。仮面ライダー1号、適合率良好だ』
ゼインは白いマントの内側へ手を入れ、ゼインカードを一枚引き抜く。
カードは白銀の光を帯び、彼がドライバー上部へ差し込むと、機構が低く唸りを上げた。
レバーが引かれ、カードが内部へ取り込まれる。
次の瞬間、裁断済みのカード片が白い光となって下部から排出され、ゼインの装甲へ緑と赤の細いラインが走る。
『仮面ライダー1号!』『ZEIN CARD!』『JUSTICE EXECUTE!』
ゼインの動きが変わる。
それは力任せの突撃ではなく、敵の流れを読んで切り崩す戦い方だった。
ショッカー戦闘員の幻影が飛びかかると、ゼインは半歩だけ身体を沈め、腕を払い、相手の勢いを利用して石畳へ投げ落とす。
別の幻影が横から襲えば、回転するような蹴りで胴を打ち抜き、その勢いのまま触手の一本へ衝撃を流し込む。
技の流れが、緑谷自身の観察力と噛み合い、無駄な力を使わずに包囲を崩していく。
「技で、流れを切ります」
「なるほど、単純な出力ではなく、技術で悪意の流れを断つのですね」
ヘキサオーズは感心したように告げるが、触手の動きは止まらない。
むしろ緑谷の対処を観測したことで、次の段階へ移るように胸部の円環が別の光を帯びる。
ゲルショッカーのメダルが、濁った輝きを放つ。
「では、単純な数ではなく、性質を変えましょう。正義は、絡みつく悪意にも同じ速度で対応できるのか」
戦闘員の幻影がさらに異形へ変質していく。
手足の輪郭が歪み、影の端から粘液のような黒い筋が垂れ、ヘキサオーズの触手もまた毒々しい光沢を帯びて分裂し始める。
先ほどまでの攻撃が物量による包囲なら、今度は絡みつき、足場を奪い、装甲の隙間へ入り込む拘束だった。
ゼインが1号の技で軌道を外しても、粘つく残滓が腕と脚へまとわりつき、動きがわずかに鈍る。
その隙を突くように、一本の触手が広場の外へ伸びる。
その先には、ユーリを連れて離脱するディアーチェ達の背中がある。
『緑谷少年、退避中のユーリ達へ触手が向かっている。防御では不十分だ、押し返す力が必要になる』
「なら、次は力で行きます」
ゼインは腕へ絡みついた残滓を振り払い、次のカードを引き抜く。
ドライバーへ装填されたカードが、再び白い光の破片となって散った。
今度はゼインの両腕へ、力強い赤の発光が走っていく。
『仮面ライダー2号!』『ZEIN CARD!』『JUSTICE EXECUTE!』
ゼインは地面を踏み砕くように前へ出る。
ユーリ達へ向かっていた触手を両腕で掴み、全身の力を込めて広場の中央へ引き戻す。
粘液を帯びた触手が抵抗し、石畳へ深い溝を刻みながら暴れるが、ゼインは離さない。
仮面ライダー2号の力が、緑谷の「守るために引き止める」という意思へ真っ直ぐ重なっている。
「ここから先には、行かせない!」
ゼインは引き戻した触手を振り回し、戦闘員の幻影の群れへ叩きつける。
さらに飛びかかってきた別の幻影を掴み上げ、別の触手へ投げつけることで、ヘキサオーズが作った包囲そのものを内側から崩していく。
力任せに見える動きだが、その向きは常に退避路から遠ざける方向へ揃っている。
破壊のための力ではなく、救助対象へ危険を近づけないための力だった。
「力で救助対象から遠ざける。実に分かりやすいヒーローの発想です」
「分かりやすくていいんです。守るために力を使うことは、間違いじゃありません」
ゼインの声は揺らがない。
ヘキサオーズはその返答を楽しむように、胸部のショッカーメダルを再び脈動させる。
今度は広場の影から、ただの戦闘員ではない影が現れた。
それは仮面ライダーに似ている。
だが、立ち方も、纏う気配も、そこに宿る目的も、どこまでも歪んでいる。
正義の姿を模した悪意、ショッカーライダー型の幻影が複数、ゼインの周囲を取り囲む。
「では、これはどうです。正義の姿を模した悪意に、君は同じように拳を振るえるのか」
緑谷の動きが、一瞬だけ止まる。
恐怖ではない。
怒りでもない。
正義の象徴のような姿を悪意に利用されたことへの、苦さが胸を刺したのだ。
だが、その迷いを許すほど、目の前の敵は甘くない。
『迷うな、緑谷少年。外見が似ていようと、行動目的はユーリの奪取と君の排除だ』
「分かっています。正義の姿をしていても、誰かを奪うなら止めます」
ゼインは三枚目のカードを取り出す。
それは技の1号と力の2号、その先へ受け継がれた力である。
カードがドライバーへ取り込まれ、裁断された光片がマントの下で舞い上がる。
白い装甲へ、赤と緑の輝きが重なっていく。
『仮面ライダーV3!』『ZEIN CARD!』『JUSTICE EXECUTE!』
次の瞬間、ゼインは包囲の中へ飛び込む。
ショッカーライダー型の幻影が一斉に拳を振るうが、ゼインはその間を滑るように抜ける。
一人目の腕を取り、背負うように投げ飛ばす。
二人目の蹴りを腕で逸らし、懐へ踏み込んで拳を叩き込む。
三人目が背後から迫ると、ゼインは跳躍して回転し、赤と緑の光を帯びた蹴りでまとめて吹き飛ばす。
技と力が一つの流れとして繋がり、仮面ライダーV3の力が、ゼインの白い装甲の上で継承の形を成している。
「技も、力も、受け継がれてきたものなら、その先へ繋げます!」
ゼインはその勢いのまま、ゲルショッカー由来の粘性触手へ向かって跳ぶ。
一本、二本、三本。
跳躍からの蹴りが連続し、触手は根元から弾かれ、黒い粘液を撒き散らしながら広場へ叩きつけられる。
最後の一撃は、ヘキサオーズ本体の胸部へ届いた。
白銀の衝撃と赤緑の光が重なり、ヘキサオーズの巨体が初めて数歩後退する。
「継承された力、ですか。君は本当に、そういう物語を信じるのですね」
「信じています。一人の力が、次の誰かへ繋がることを」
その言葉は、緑谷自身の歩んできた道そのものでもある。
誰かから力を託され、誰かと並んで走り、今ここでまた別の誰かを守る。
仮面ライダーの力を借りている今でさえ、その芯は変わらない。
『ユーリ達の離脱距離、必要値に到達しつつある。あと一手で安全圏へ入る』
「なら、この一手で押し返します!」
ゼインは広場の中心へ着地し、足元を踏みしめる。
残るショッカー戦闘員の幻影が一斉に襲いかかるが、ゼインは1号の技で流れを崩すように払い、2号の力で触手を引き千切り、V3の加速を乗せて一気にヘキサオーズへ迫る。
白いマントが大きく翻り、仮面の奥で緑谷の視線が真っ直ぐにフィルを捉える。
跳躍。
宙で身体を捻り、V3の力を宿した蹴りが、一直線にヘキサオーズの胸部へ突き刺さる。
衝撃が広場全体へ広がり、石畳が放射状に砕け、六本の触手が一瞬だけ制御を失って空へ跳ね上がった。
ヘキサオーズは大きく後退し、足元に深い爪痕のような溝を刻みながら踏みとどまる。
「なるほど。第一の悪意では、まだ君の理想は折れませんか」
フィルの声には、怒りよりも興味が強い。
それが緑谷には、なおさら許し難く聞こえる。
彼は倒すためではなく、時間を稼ぐためにここへ残っている。
そして、その目的は果たされた。
『ユーリ達の離脱を確認。第一目標は達成した』
「よかった、これで少なくとも奪われる未来は一つ潰せましたね」
『油断は禁物だ。敵の出力は低下していない』
「はい、ここからが本番です」
ゼインは白いマントを揺らしながら構え直す。
周囲のショッカーとゲルショッカーの幻影は薄れ始めているが、ヘキサオーズの胸部にある六つのメダルは、まだ半分以上の悪意を残している。
やがて、デストロンとGODのメダルが不気味に輝き始めた。
広場の空気が、先ほどよりさらに重く、複雑な悪意を孕んで沈んでいく。
「ええ、その通りです。ショッカーとゲルショッカーは、あくまで始まりに過ぎません」
ヘキサオーズの六本の触手が、再びゆっくりと広がっていく。
今度の気配は、ただ数で押し潰すものではない。
もっと機械的で、もっと神話的で、もっとねじれた悪意が、その奥で目を開こうとしている。
「次は、より複雑な悪意で試しましょう」
「どんな力でも、誰かを奪うために使うなら止めます」
過去の悪意は、まだすべてを晒していない。
だが、緑谷出久が纏うゼインの白い装甲もまた、まだ折れていない。
ユーリ達の退避を守り抜いた第一の戦いは終わり、次なる組織のメダルが、半壊した広場へ新たな脅威を呼び込もうとしていた。