悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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原典の正義と悪

 ヘキサオーズの胸部に刻まれた歪なオーラングサークルが、赤黒い脈動を強めていく。

 半壊した広場の石畳には無数の亀裂が走り、折れた街灯が不規則に明滅するたび、六本の触手を背負う異形の影が、壁面や瓦礫の上へ不気味に揺れて映り込んでいる。

 その正面に立つ仮面ライダーゼインは、白いマントを夜風へ揺らしながら、背後へ遠ざかるユーリ達の気配を意識の端で確かめている。

 

 ディアーチェ達は、ユーリを支えながら広場の外へ向かっている。

 まだ十分な距離ではないが、それでも先ほどよりは遠い。

 だから緑谷出久は、ここでヘキサオーズを倒すことより、まずはこの場へ釘づけにすることを優先する。

 サー・ナイトアイの声が、ゼインドライバーの内側から低く響く。

 

『緑谷少年、退避対象との距離はまだ不十分だ。敵の行動を広場内へ制限したまえ』

 

「分かっています、ナイトアイさん。ここから先へは、一歩も通しません」

 

 ヘキサオーズ、すなわちフィル・マクスウェルは、その言葉を聞いて微かに笑う。

 仮面の奥で本当に表情が動いたわけではないはずなのに、その声音だけで、彼が緑谷を実験対象として眺めていることが伝わってくる。

 

「では、まずは原点から試しましょう。君達が正義と呼ぶものが、最初に何と戦ったのか」

 

 胸部の円環の中で、ショッカーのメダルが強く発光する。

 その瞬間、広場の影が盛り上がり、黒い戦闘員めいた幻影が次々と這い出してきた。

 彼らは声なき群れとしてゼインを包囲し、さらにヘキサオーズの六本の触手が、蛇のように地面を擦りながら同時に迫る。

 叩きつけるだけではない。

 掴み、縛り、引き裂き、逃げ道を閉ざすように、多方向から緑谷を押し潰そうとしてくる。

 

「ショッカーの力なら、対抗する力は決まっています」

 

『ゼインカード候補を提示する。仮面ライダー1号、適合率良好だ』

 

 ゼインは白いマントの内側へ手を入れ、ゼインカードを一枚引き抜く。

 カードは白銀の光を帯び、彼がドライバー上部へ差し込むと、機構が低く唸りを上げた。

 レバーが引かれ、カードが内部へ取り込まれる。

 次の瞬間、裁断済みのカード片が白い光となって下部から排出され、ゼインの装甲へ緑と赤の細いラインが走る。

 

『仮面ライダー1号!』『ZEIN CARD!』『JUSTICE EXECUTE!』

 

 ゼインの動きが変わる。

 それは力任せの突撃ではなく、敵の流れを読んで切り崩す戦い方だった。

 ショッカー戦闘員の幻影が飛びかかると、ゼインは半歩だけ身体を沈め、腕を払い、相手の勢いを利用して石畳へ投げ落とす。

 別の幻影が横から襲えば、回転するような蹴りで胴を打ち抜き、その勢いのまま触手の一本へ衝撃を流し込む。

 技の流れが、緑谷自身の観察力と噛み合い、無駄な力を使わずに包囲を崩していく。

 

「技で、流れを切ります」

 

「なるほど、単純な出力ではなく、技術で悪意の流れを断つのですね」

 

 ヘキサオーズは感心したように告げるが、触手の動きは止まらない。

 むしろ緑谷の対処を観測したことで、次の段階へ移るように胸部の円環が別の光を帯びる。

 ゲルショッカーのメダルが、濁った輝きを放つ。

 

「では、単純な数ではなく、性質を変えましょう。正義は、絡みつく悪意にも同じ速度で対応できるのか」

 

 戦闘員の幻影がさらに異形へ変質していく。

 手足の輪郭が歪み、影の端から粘液のような黒い筋が垂れ、ヘキサオーズの触手もまた毒々しい光沢を帯びて分裂し始める。

 先ほどまでの攻撃が物量による包囲なら、今度は絡みつき、足場を奪い、装甲の隙間へ入り込む拘束だった。

 ゼインが1号の技で軌道を外しても、粘つく残滓が腕と脚へまとわりつき、動きがわずかに鈍る。

 

 その隙を突くように、一本の触手が広場の外へ伸びる。

 その先には、ユーリを連れて離脱するディアーチェ達の背中がある。

 

『緑谷少年、退避中のユーリ達へ触手が向かっている。防御では不十分だ、押し返す力が必要になる』

 

「なら、次は力で行きます」

 

 ゼインは腕へ絡みついた残滓を振り払い、次のカードを引き抜く。

 ドライバーへ装填されたカードが、再び白い光の破片となって散った。

 今度はゼインの両腕へ、力強い赤の発光が走っていく。

 

『仮面ライダー2号!』『ZEIN CARD!』『JUSTICE EXECUTE!』

 

 ゼインは地面を踏み砕くように前へ出る。

 ユーリ達へ向かっていた触手を両腕で掴み、全身の力を込めて広場の中央へ引き戻す。

 粘液を帯びた触手が抵抗し、石畳へ深い溝を刻みながら暴れるが、ゼインは離さない。

 仮面ライダー2号の力が、緑谷の「守るために引き止める」という意思へ真っ直ぐ重なっている。

 

「ここから先には、行かせない!」

 

 ゼインは引き戻した触手を振り回し、戦闘員の幻影の群れへ叩きつける。

 さらに飛びかかってきた別の幻影を掴み上げ、別の触手へ投げつけることで、ヘキサオーズが作った包囲そのものを内側から崩していく。

 力任せに見える動きだが、その向きは常に退避路から遠ざける方向へ揃っている。

 破壊のための力ではなく、救助対象へ危険を近づけないための力だった。

 

「力で救助対象から遠ざける。実に分かりやすいヒーローの発想です」

 

「分かりやすくていいんです。守るために力を使うことは、間違いじゃありません」

 

 ゼインの声は揺らがない。

 ヘキサオーズはその返答を楽しむように、胸部のショッカーメダルを再び脈動させる。

 今度は広場の影から、ただの戦闘員ではない影が現れた。

 それは仮面ライダーに似ている。

 だが、立ち方も、纏う気配も、そこに宿る目的も、どこまでも歪んでいる。

 正義の姿を模した悪意、ショッカーライダー型の幻影が複数、ゼインの周囲を取り囲む。

 

「では、これはどうです。正義の姿を模した悪意に、君は同じように拳を振るえるのか」

 

 緑谷の動きが、一瞬だけ止まる。

 恐怖ではない。

 怒りでもない。

 正義の象徴のような姿を悪意に利用されたことへの、苦さが胸を刺したのだ。

 だが、その迷いを許すほど、目の前の敵は甘くない。

 

『迷うな、緑谷少年。外見が似ていようと、行動目的はユーリの奪取と君の排除だ』

 

「分かっています。正義の姿をしていても、誰かを奪うなら止めます」

 

 ゼインは三枚目のカードを取り出す。

 それは技の1号と力の2号、その先へ受け継がれた力である。

 カードがドライバーへ取り込まれ、裁断された光片がマントの下で舞い上がる。

 白い装甲へ、赤と緑の輝きが重なっていく。

 

『仮面ライダーV3!』『ZEIN CARD!』『JUSTICE EXECUTE!』

 

 次の瞬間、ゼインは包囲の中へ飛び込む。

 ショッカーライダー型の幻影が一斉に拳を振るうが、ゼインはその間を滑るように抜ける。

 一人目の腕を取り、背負うように投げ飛ばす。

 二人目の蹴りを腕で逸らし、懐へ踏み込んで拳を叩き込む。

 三人目が背後から迫ると、ゼインは跳躍して回転し、赤と緑の光を帯びた蹴りでまとめて吹き飛ばす。

 技と力が一つの流れとして繋がり、仮面ライダーV3の力が、ゼインの白い装甲の上で継承の形を成している。

 

「技も、力も、受け継がれてきたものなら、その先へ繋げます!」

 

 ゼインはその勢いのまま、ゲルショッカー由来の粘性触手へ向かって跳ぶ。

 一本、二本、三本。

 跳躍からの蹴りが連続し、触手は根元から弾かれ、黒い粘液を撒き散らしながら広場へ叩きつけられる。

 最後の一撃は、ヘキサオーズ本体の胸部へ届いた。

 白銀の衝撃と赤緑の光が重なり、ヘキサオーズの巨体が初めて数歩後退する。

 

「継承された力、ですか。君は本当に、そういう物語を信じるのですね」

 

「信じています。一人の力が、次の誰かへ繋がることを」

 

 その言葉は、緑谷自身の歩んできた道そのものでもある。

 誰かから力を託され、誰かと並んで走り、今ここでまた別の誰かを守る。

 仮面ライダーの力を借りている今でさえ、その芯は変わらない。

 

『ユーリ達の離脱距離、必要値に到達しつつある。あと一手で安全圏へ入る』

 

「なら、この一手で押し返します!」

 

 ゼインは広場の中心へ着地し、足元を踏みしめる。

 残るショッカー戦闘員の幻影が一斉に襲いかかるが、ゼインは1号の技で流れを崩すように払い、2号の力で触手を引き千切り、V3の加速を乗せて一気にヘキサオーズへ迫る。

 白いマントが大きく翻り、仮面の奥で緑谷の視線が真っ直ぐにフィルを捉える。

 

 跳躍。

 宙で身体を捻り、V3の力を宿した蹴りが、一直線にヘキサオーズの胸部へ突き刺さる。

 衝撃が広場全体へ広がり、石畳が放射状に砕け、六本の触手が一瞬だけ制御を失って空へ跳ね上がった。

 ヘキサオーズは大きく後退し、足元に深い爪痕のような溝を刻みながら踏みとどまる。

 

「なるほど。第一の悪意では、まだ君の理想は折れませんか」

 

 フィルの声には、怒りよりも興味が強い。

 それが緑谷には、なおさら許し難く聞こえる。

 彼は倒すためではなく、時間を稼ぐためにここへ残っている。

 そして、その目的は果たされた。

 

『ユーリ達の離脱を確認。第一目標は達成した』

 

「よかった、これで少なくとも奪われる未来は一つ潰せましたね」

 

『油断は禁物だ。敵の出力は低下していない』

 

「はい、ここからが本番です」

 

 ゼインは白いマントを揺らしながら構え直す。

 周囲のショッカーとゲルショッカーの幻影は薄れ始めているが、ヘキサオーズの胸部にある六つのメダルは、まだ半分以上の悪意を残している。

 やがて、デストロンとGODのメダルが不気味に輝き始めた。

 広場の空気が、先ほどよりさらに重く、複雑な悪意を孕んで沈んでいく。

 

「ええ、その通りです。ショッカーとゲルショッカーは、あくまで始まりに過ぎません」

 

 ヘキサオーズの六本の触手が、再びゆっくりと広がっていく。

 今度の気配は、ただ数で押し潰すものではない。

 もっと機械的で、もっと神話的で、もっとねじれた悪意が、その奥で目を開こうとしている。

 

「次は、より複雑な悪意で試しましょう」

 

「どんな力でも、誰かを奪うために使うなら止めます」

 

 過去の悪意は、まだすべてを晒していない。

 だが、緑谷出久が纏うゼインの白い装甲もまた、まだ折れていない。

 ユーリ達の退避を守り抜いた第一の戦いは終わり、次なる組織のメダルが、半壊した広場へ新たな脅威を呼び込もうとしていた。

 

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