ショッカーとゲルショッカーの残滓が、半壊した広場の石畳に黒い染みのように広がっている。
かつて人を奪うために伸びた影は薄れ、ユーリ達の気配は安全圏へ遠ざかりつつあるが、戦場の中心に立つヘキサオーズの圧だけは、少しも弱まっていない。
むしろ、ゼインの蹴りを受けて後退したことで、その胸部に宿る歪なオーラングサークルは、より深く、より禍々しく脈動を始めていた。
『緑谷少年、ユーリ達の離脱は確認済みだ。だが敵出力は低下していない。むしろ次段階へ移行している』
ゼインドライバーの内側から響くサー・ナイトアイの声に、緑谷出久は静かに息を整える。
白いマントの裾には、先ほどの触手と幻影を相手にした戦闘の傷が細く刻まれている。
だが、彼の立ち方は崩れない。
守るべき人達が離脱したことで、ようやく戦い方を一段変えられる。
それでも、フィル・マクスウェルが纏う過去の悪意は、まだ底を見せていない。
「はい。ここからが本番ですね」
ゼインの言葉に、ヘキサオーズの仮面の奥でフィルが笑った気配がする。
彼の笑みは、苛立ちではない。
理想を折るための実験が、次の段階へ進んだことへの冷たい高揚である。
「ショッカーとゲルショッカーは、あくまで始まりに過ぎません。次は、より複雑な悪意で試しましょう」
その言葉と同時に、ヘキサオーズの胸部でデストロンのメダルが赤黒く輝く。
六本の触手のうち数本が、肉のようなうねりを失い、金属の軋む音を立てながら変質していく。
一本は鋭いドリルへ、一本は巨大な鋏へ、さらに一本は鎖と機械腕を混ぜたような節だらけの武装へ変わり、地面を削りながらゼインへ向かって展開された。
「デストロン。機械化された破壊、組織化された殺傷性。君は、人を傷つけるために作られた力を前にしても、同じ理想を語れますか」
ドリル状の触手が石畳を抉りながら突進する。
ゼインは横へ跳び、白いマントを翻して避けるが、鋏状の機械腕がその退路を潰すように迫る。
さらに鎖の触手が足元を薙ぎ、広場そのものを足場ごと破壊していく。
先ほどのショッカーとゲルショッカーの攻撃が数と変質で絡め取るものなら、今の攻撃は明確に殺傷と破壊へ特化していた。
『V3の力は継続使用可能だ。だが、機械攻撃の解析には別候補も存在する』
「まずは、V3で受けます」
ゼインはマントの内側からカードを引き抜き、ドライバーへ装填する。
カードが内部へ呑み込まれ、裁断された光の破片が白銀の装甲をかすめるように舞い上がった。
『仮面ライダーV3!』
『ZEIN CARD!』
『JUSTICE EXECUTE!』
赤と緑の光がゼインの装甲へ重なり、彼の動きがさらに鋭くなる。
ドリルの突進を紙一重で逸らし、鋏の一撃を跳躍でかわし、鎖を蹴り上げて軌道を変える。
V3の力は、デストロンへ立ち向かった継承の象徴として、機械化された悪意の初撃を確かに凌いでいく。
だが、破壊されたはずの鎖が再び接続され、弾かれたドリルが別角度から再展開される。
捌けている。
だが、決定的には止まらない。
「硬い……でも、止められないわけじゃない」
「抵抗は見事です。ですが、兵器は感情では止まりません」
フィルの言葉に、ゼインの拳がわずかに強く握られる。
ヘキサオーズの鋏が再び白いマントを裂こうとし、ドリルが胸部を狙って突き込まれる。
ゼインはそれをかわしながらも、フィルの言葉の冷たさを聞き逃さない。
「悪の中から生まれたものを、君は正義のために使えると言うのですか。兵器として作られた力に、救済の意味を与えるのは、君の傲慢ではありませんか」
その問いは、緑谷が何度も向き合ってきたものと似ている。
生まれ、役割、運命、力の由来。
それらが最初から決まっているのだと、誰かが上から断じるような言葉だった。
「傲慢かもしれません。でも、誰かを傷つけるために作られた力でも、誰かを守るために使えるなら、僕はその道を選びます」
『候補提示、ライダーマン。敵機械触手への分解、拘束、切断に適合する』
「なら、使います。悪の中からでも、人を守る意思は生まれるはずだから」
ゼインは次のカードをドライバーへ差し込む。
カードが読み砕かれ、白い光片が右腕へ集中するように吸い込まれていく。
『ライダーマン!』
『ZEIN CARD!』
『JUSTICE EXECUTE!』
ゼインの右腕へ、アタッチメントめいた光の武装が形成される。
最初に伸びたのはロープ状の光だった。
それはドリル触手の根元へ絡みつき、ゼインが腕を引くと、金属の節が嫌な音を立てて引き剥がされる。
続けて右腕の武装がパワーアームへ変わり、鋏状の触手を正面から掴む。
ギリギリと装甲が軋み、次の瞬間にはカッター状の光が接続部へ走り、駆動系を断ち切った。
「兵器なら、構造がある。構造があるなら、止める場所もある!」
ゼインは破壊そのものを目的にしていない。
駆動部を断ち、接続部を外し、ユーリ達の方へ二度と伸びないように無力化していく。
その戦い方を見て、ヘキサオーズの動きがほんのわずかに遅れる。
フィルが初めて、緑谷の戦術そのものに興味を深めたのだ。
「……なるほど。破壊ではなく、停止を狙っている」
「誰かを守るためなら、壊すより止める方がいい時もあります」
だが、フィルはそこで終わらせない。
デストロンの機械触手が二本分機能を落とした瞬間、今度はGODのメダルが重々しく輝き始める。
機械音に満ちていた広場の空気が、急に別の重さへ塗り替わった。
頭上へ神殿めいた光の幻影が浮かび、広場の割れた石畳の上に、古い神話の壁画にも似た巨大な影が揺らめき始める。
「では次に、神の名を冠する悪意を見せましょう。GOD。人は、大義や神の名を与えられた暴力に、どこまで抗えるのでしょうか」
雷光が落ちる。
物理的な稲妻ではなく、思考の奥へ直接叩き込まれるような重圧だった。
ゼインの視界に、一瞬だけ別の未来が映る。
ユーリが連れ去られる。
ディアーチェ達が倒れる。
自分の手が、また届かない。
最悪の未来が、まるで神託のような形で押しつけられてくる。
『精神干渉を検出。緑谷少年、幻影に引きずられるな』
「分かっています。未来は、まだここで決まっていません」
ゼインは一歩踏みとどまる。
ナイトアイが見た未来ですら、変えられると信じて走ってきた。
ならば、神の名を借りた幻影などに、今さら膝をつく理由はない。
白いマントの内側から、次のカードが引き抜かれる。
それはGOD機関に立ち向かったライダーの力だった。
『仮面ライダーX!』
『ZEIN CARD!』
『JUSTICE EXECUTE!』
ゼインの手元へ、ライドルを思わせる光の武器が形成される。
彼は迫る重圧を真正面から受けず、棒術のような動きで流し、雷光を回転させた光刃で弾く。
神殿めいた幻影から放たれる不可視の圧力を、ライドルの一閃が切り裂く。
さらに、ユーリが連れ去られる幻影の中心へ武器を投げると、その幻影の核が砕け散った。
「神の名前を使っても、誰かを犠牲にしていい理由にはなりません」
「君は本当に、どこまでも人を諦めない」
「諦めません。それが、僕がここまで来られた理由です」
ゼインの声は、雷鳴にも重圧にもかき消されない。
その言葉と共に、GODの幻影が一つずつ裂かれていく。
フィルはそれを見て、わずかに感嘆したように息を吐く。
緑谷は理想を叫んでいるのではない。
彼はその理想を、目の前の力の選択と戦術で証明し続けている。
『敵触手基部に損傷。二本を同時に無力化できる可能性がある』
「そこを狙います!」
ゼインは再び動く。
まずV3の赤と緑の光を纏い、跳躍でデストロンの残る攻撃範囲を抜ける。
続けてライダーマンの力を右腕へ集中させ、ロープ状の光で機械化触手の基部を縛り上げる。
その駆動が止まった瞬間、Xのライドルが白い軌跡を描いて振り下ろされる。
GODの幻影ごと、触手の根元が切り裂かれた。
一本目が爆ぜる。
続けて、二本目も崩壊する。
金属と肉と悪意が混ざり合ったような残骸が広場へ散り、ヘキサオーズの巨体が大きく後退した。
六本あった触手のうち二本が、完全に機能を失っている。
「二本、持っていかれましたか。実に興味深い。君は力を壊すのではなく、意味を変えて使う」
「力の意味は、使う人が決めるものです」
ゼインはライドルを構えたまま、静かに答える。
彼の装甲には傷が増えている。
白いマントも裂けている。
だが、その立ち姿はまだ前へ向いている。
『敵の戦力を一部削減。だが、残存出力は依然高い』
「まだ終わりじゃないですね」
その言葉を待っていたかのように、ヘキサオーズの胸部で、残る二つのメダルが不気味に輝き始める。
ガランダー。
デルザー。
これまでの物量、変質、兵器、神話とは違う、もっと終局的で、もっと圧倒的な悪意が、赤黒い円環の奥で目を覚まそうとしている。
「ええ。ここからが最後の悪意です。ガランダー、そしてデルザー」
広場の空気がさらに変わる。
砕けた石畳の破片が、見えない圧力に押されて小さく震え始める。
ヘキサオーズは二本の触手を失ったにもかかわらず、なお余裕を崩していない。
フィル・マクスウェルの声は、実験の最終工程へ移る研究者のそれだった。
「では、最後の検証へ移りましょう」
ゼインは白いマントを揺らし、拳を握り直す。
ユーリ達は逃がした。
デストロンとGODの悪意も押し返した。
だが、過去の悪意はなお深く、最後のメダルはまだ本当の牙を剥いていない。
「何度でも止めます。誰かを救うために使える力がある限り」
ヘキサオーズは二本の触手を失った。
だが、過去の悪意はなおも底知れず、終局のメダルが半壊した広場へ重い沈黙を落としている。
白いゼインの装甲は傷つきながらも、まだ折れていない。
戦いは、最後の悪意へと移っていく。