悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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怪盗の行く道

 電波塔上層の点検デッキは、ブラッドベイドの侵食によって本来の姿を失いつつあった。赤い航空障害灯は一定の周期を忘れたように乱れ、アンテナ群を走る青白い結界光には、血を溶かしたような赤黒い線が混ざっている。イリスを取り込んだブラッドベイドが中央で顔を上げるたび、塔の制御信号は脈動し、その信号に引き寄せられるように、下層の外周階段や鉄骨の影から量産型イリス達が姿を現した。

 

 彼女達の顔はイリスに似ている。けれど、その瞳には意思の揺れがなく、赤黒い光だけが無機質に灯っていた。細い身体が鉄骨階段を駆け上がり、別の個体は手すりを蹴って空中へ跳び、さらに後方の個体は魔力弾を形成して退路を塞ぐように放つ。キリエはその光景を見て、喉の奥が締め付けられるような感覚を覚えながらも、前へ出ようとする足を止めなかった。

 

「量産型イリスまで……こんなの、イリスの意思じゃない」

 

「群れは血に従う。ひとつが染まれば、すべてが染まる」

 

 ブラッドベイドの声は、低い悪魔の響きにイリスのかすれた声を重ねたように聞こえた。その声が塔を通じて広がると、量産型イリス達は同時に動きを速め、キリエと海東を囲むようにデッキへ雪崩れ込む。ブラッドベイドの胸元では、青白い光が一度だけ抵抗するように瞬いたが、すぐに赤黒い装甲の奥へ沈んでいった。

 

「やれやれ、ずいぶん雑な支配だね。お宝の扱い方としては、かなり減点だ」

 

 海東大樹は軽口を叩きながらも、迫る魔力弾を横へ滑るように避けた。足元の金属床が爆ぜ、細かな破片が風に煽られて散っていく。彼は手すりを片手で掴み、身体を軽く浮かせると、背後から振り下ろされた量産型イリスの腕を紙一重で躱し、そのまま鉄骨の支柱へ足をかけて距離を取った。

 

「海東さん、避けてるだけじゃ止められない!」

 

「避けるのも立派な戦術だよ。盗む前に壊されるなんて、怪盗としては格好がつかないからね」

 

 キリエの叫びに、海東は息を乱すことなく答える。彼の動きは正面から押し返すものではなく、相手の攻撃が生む隙間へ身体を滑り込ませる怪盗の身のこなしだった。量産型イリスが放った魔力弾は、海東が直前で位置をずらしたことで鉄骨の連結部へ吸い込まれ、爆発の火花だけを残して空へ散る。

 

「そんな余裕、今あるの?」

 

「余裕があるように見せるのも、怪盗の仕事さ」

 

 海東は答えながら、懐へ指を入れる。量産型イリスの一体が低い姿勢で彼の足を狙ったが、彼は手すりを蹴って半身を捻り、その攻撃を避けると同時にカードケースを取り出した。指先で弾かれた一枚のカードが、赤黒い光と青白い結界光の間で一瞬だけ輝く。そこには、ディエンドの紋章が刻まれていた。

 

 ブラッドベイドは海東の動きに反応し、片腕を上げる。電波塔のアンテナから赤黒い信号が走り、量産型イリス達が同時に軌道を変えた。前後左右から迫る攻撃は、海東の逃げ道を潰すように重なり、上空から降る魔力弾が点検デッキの足場を削っていく。

 

「今、そんなことをしてる場合なの!?」

 

 キリエは量産型イリスの一体を押し返しながら叫ぶ。彼女は相手を壊したくないため、攻撃を受け流すだけでも精一杯だった。海東はその声へ軽く笑い、後方へ跳びながらネオディエンドライバーを構える。風に煽られたコートが広がり、彼の身体は点検デッキの端へ向かって落ちるように見えた。

 

「こういう時だからこそ、名乗りと変身は大事なのさ」

 

 落下する直前、海東は空中で身体を反転させ、ネオディエンドライバーへカメンライドカードを滑り込ませた。カードが装填される音は、周囲の爆発や風音の中でも奇妙にはっきりと響く。彼は銃口を量産型イリス達へ向け、引き金へ指をかける。

 

『KAMEN RIDE!DIEND!』

 

 音声が電波塔の上層へ響いた瞬間、青いライドプレート状の光が海東の前方に展開された。複数の光の板が銃口から放たれるように並び、彼の身体を通過しながら装甲へ変わっていく。黒と青を基調としたスーツが足先から形成され、胸部には鋭い装甲が重なり、肩には怪盗の外套を思わせるラインが走った。

 

 顔面にはカードスリットを思わせる縦のラインが重なり、複眼が淡く輝く。変身の途中であっても、海東の動きは止まらない。量産型イリスが放った魔力弾が迫る中、彼は空中で銃口をずらし、変身完了と同時に一発を撃ち込んだ。青白い銃撃は魔力弾だけを撃ち抜き、爆発を空中で散らして、彼の着地場所を確保する。

 

 仮面ライダーディエンドが、赤黒く染まった電波塔の上に降り立った。

 

「痛みは一瞬だ。できれば大人しくしてくれると助かるんだけどね」

 

 ディエンドは軽く言いながら、ネオディエンドライバーを連射する。銃撃は量産型イリス達の胸や頭部ではなく、足元の金属床、腕の武装部、魔力弾を形成する手の周囲だけを正確に撃ち抜いた。動きを封じられた個体が膝をつき、別の個体が姿勢を崩す。破壊ではなく行動阻害に徹した射撃だった。

 

「今の姿……それがあなたのライダー」

 

「仮面ライダーディエンド。覚えておきたまえ。お宝を狙う怪盗の名前だ」

 

 キリエの言葉に、ディエンドは視線をブラッドベイドから外さないまま答える。周囲では量産型イリス達がなおも攻撃を続けているが、彼の銃撃はその波を崩し、キリエがブラッドベイドへ声を届けるための隙間を作っていく。外周階段から上がってきた個体が飛びかかると、ディエンドは半歩横へずれ、肩口のすぐ横を通り過ぎる腕を見送ってから、足首の前に一発を撃ち込んで転倒させた。

 

「壊さないで止めてくれてるの?」

 

「勘違いしないでほしいな。盗む予定のお宝に傷をつける趣味がないだけさ」

 

 ディエンドの返答はいつものように軽いが、その射撃はキリエの願いを確かに汲んでいた。量産型イリス達はブラッドベイドの信号に操られているだけで、イリスと無関係な敵ではない。だからこそ、キリエはその一体一体を壊すことに踏み切れず、ディエンドはそれを理解していながら、優しさではなく怪盗の美学として処理している。

 

「邪魔をするなら、怪盗も染まる」

 

 ブラッドベイドが低く告げると、電波塔の鉄骨を走る赤黒い信号がさらに強まった。量産型イリス達の動きが一斉に鋭くなり、今度はディエンドを優先して狙うように軌道を変える。数体が同時に左右から迫り、上空からは魔力弾が降り注いだ。

 

「遠慮しておくよ。赤黒い趣味は僕には似合わない」

 

 ディエンドは銃口を上へ向け、降り注ぐ魔力弾を連続で撃ち抜いた。爆発の光が彼の装甲を照らし、その隙に迫った量産型イリス達の足元を撃って転ばせる。彼は一度も大きく踏み込まず、最小限の動きで攻撃を避け、必要な箇所だけを撃つ。その姿は戦場に立つ戦士というより、罠だらけの屋敷を抜けながら目的の品へ近づく怪盗そのものだった。

 

 キリエはその動きを見て、ほんの少しだけ呼吸を整える余裕を得た。ディエンドが量産型イリス達の包囲を崩している今なら、ブラッドベイドの奥に残るイリスへ声を届けられるかもしれない。彼女は胸元で手を握り、赤黒い装甲の奥で瞬く青白い光へ向き直る。

 

「イリス、聞こえているなら答えて! あなたが本当に戻る場所なんてないと思っているなら、私がその場所になるから!」

 

 ブラッドベイドの胸元で、青白い光が一瞬だけ強く瞬いた。それは言葉にならない反応だったが、キリエには確かにイリスがまだ消えていない証のように見えた。だが、その瞬きはすぐに赤黒い信号へ覆われ、ブラッドベイドはキリエの声を遮るように腕を振る。

 

「声は血に沈む。残るものは支配だけだ」

 

「外側を撃っても終わらないね。盗むなら、あの赤黒い信号の芯を狙うべきかな」

 

 ディエンドは量産型イリス達を牽制しながら、ブラッドベイドと電波塔のアンテナを結ぶ赤黒いラインへ視線を走らせる。彼はただ敵を撃っているのではなく、信号の流れ、量産型イリス達の動き、イリスの光が瞬くタイミングを観察していた。

 

「芯って、イリスの中にあるってこと?」

 

「さあね。ただ、あの中にまだ彼女の声が残っているなら、盗み出す価値は十分にある」

 

 ディエンドはそう言い、量産型イリス達の包囲へ一歩踏み込む。ネオディエンドライバーの銃声が高所の風を裂き、足場を砕かれた個体が次々と動きを止めていく。キリエはその背中を見る。怪盗を信用していいのかは分からないが、今この瞬間、彼がイリスを壊さずに取り戻すための道を開こうとしていることだけは疑えなかった。

 

「キリエ、君はあの中のイリスへ声を届けることだけ考えたまえ。外側の厄介な相手は、僕が少し引き受けよう」

 

「・・・信用していいの?」

 

「怪盗を信用するかどうかは、君の自由だよ。ただ、今は僕の方が上手く盗める」

 

 ディエンドは最後の言葉と共に、ネオディエンドライバーを構え直す。赤黒い信号が走る電波塔の上で、量産型イリス達はなおも迫り、ブラッドベイドはイリスの青白い光を胸の奥へ閉じ込めたまま立ちはだかっている。キリエは震えそうになる指を握り締め、ブラッドベイドの奥へ向けて声を届ける準備をした。外側の包囲を怪盗が引き受けるなら、自分は友達として、内側に残るイリスを呼び続けるだけだった。

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