赤黒く染まった電波塔の上層で、量産型イリス達の足音が鉄骨を震わせていた。外周階段から駆け上がってくる個体、アンテナ支柱を蹴って空中から飛び込む個体、後方で魔力弾を作りながら射線を重ねる個体が途切れず現れ、ディエンドとキリエの前に厚い壁を作っていく。ブラッドベイドは塔の中央から動かず、取り込んだイリスの青白い光を胸の奥に閉じ込めたまま、赤黒い侵食信号を電波塔全体へ流し続けていた。
ディエンドはネオディエンドライバーを片手で構え、迫る量産型イリス達の足元や手首の近くへエネルギー弾を撃ち込んでいく。青い弾丸は金属床を削り、魔力弾を形成する直前の掌を弾き、飛び込んできた個体の着地点を崩して転倒させるが、倒れた個体の後ろから別の個体が踏み込んでくるため、包囲は狭まる速度を緩めなかった。
「こんな数を、全部止めろっていうの……でも、壊したくないの。あの子達だって、イリスに繋がっているなら」
キリエは胸の奥にせり上がる焦りを押し込みながら、量産型イリス達を弾き飛ばすための魔力を展開する。威力を上げれば前列を吹き飛ばせるかもしれないが、その顔がイリスに似ているだけで、彼女の指先はどうしても強く踏み込むことを拒んでしまう。放たれた魔力は敵を砕かず、足場を滑らせるように押し返すだけに留まり、その隙間を埋めるように次の個体が前へ出た。
「数だけは立派だね。けれど、怪盗を捕まえるには少し雑かな」
ディエンドは軽く言いながら、上空から降る魔力弾を三連射で撃ち落とし、爆ぜた光の下を潜るように横へ動く。銃撃は正確で、量産型イリス達の動きを壊さず止めていたが、四方から同時に押し寄せられると射線そのものを塞がれてしまう。鉄骨の影から伸びた腕がキリエの肩を掴みかけ、ディエンドは即座にその足元を撃って姿勢を崩させた。
「守るほど囲まれる。拒むほど群れは増える」
ブラッドベイドの声が塔の支柱を伝って響く。低い悪魔の声の奥で、かすかにイリスの声が擦れているようにも聞こえ、キリエは一瞬だけそちらへ意識を向けてしまう。そのわずかな遅れを狙った量産型イリスが正面から飛び込み、キリエはとっさに魔力障壁を張ったものの、衝撃で後ろへ押し戻された。
「お願い、そこを退いて。私はイリスに話さなきゃいけないの」
キリエの訴えは、量産型イリス達には届かない。彼女達は赤黒い信号に操られ、倒れた個体を踏み越えるように次の列を作り、ブラッドベイドへ続く道を塞ぎ続ける。ディエンドは銃口を左右へ振りながら、通常射撃だけでは突破口を維持できないと判断したのか、カードケースへ手を伸ばした。
「正面から全部撃ち抜くなら簡単だけど、君の注文は壊すな、だったね」
「そんな言い方しないで。でも、お願い、止めるだけでいいから」
「注文が多いお宝は嫌いじゃないよ。数には数を、というほど大盤振る舞いではないけれどね」
ディエンドは迫る個体の足元を撃ち抜き、その反動で開いた一瞬の空白へカードを抜き取る。カードの表面には、デモンズトルーパーの姿が刻まれていた。彼はネオディエンドライバーへカードを滑らせ、赤黒い信号が走る電波塔の上で、銃口を量産型イリス達の波へ向ける。
『KAMEN RIDE!DEMONS TROOPER!』
音声が響いた瞬間、ディエンドの前方に青いライドプレートが二枚展開された。光の板は量産型イリス達の進行方向へ割り込むように開き、その奥から二つの装甲が実体化していく。片方はトルーパースパイダーバイスタンプの特徴を持つデモンズトルーパーαであり、細身の装甲と拘束戦に向いた身軽さを感じさせる姿で着地した。もう片方はトルーパークワガタバイスタンプの特徴を持つデモンズトルーパーβであり、肩部と前面装甲の厚みが近接で押し返す力を示している。
召喚された二体は言葉を発しないまま、ディエンドの指示を待つように構えた。赤黒い信号に染まった量産型イリス達は、新たに現れた敵を認識すると一斉に軌道を変え、上層デッキの床を蹴って二体へ襲い掛かる。
「αは絡め取れ。βは押し割れ。壊すなという注文付きだから、丁寧に頼むよ」
ディエンドの指示に応えるように、デモンズトルーパーαが前へ出た。リバイスラッシャーを低く構えたαは、刃で斬り裂くのではなく、斬撃の圧だけを床へ走らせて前列の足運びを乱し、続けて蜘蛛糸のようなエネルギーを放つ。糸状の光は量産型イリス達の足首と手首へ絡みつき、攻撃の勢いを残したまま彼女達をその場へ縫い留めた。
その横からデモンズトルーパーβが踏み込む。βは拘束された個体を攻撃せず、厚い装甲を盾のように使って群れの中央へ体を差し込み、肩と腕の力で隊列を左右へ押し割っていく。量産型イリス達は赤黒い信号に従って前へ出ようとするが、αの拘束とβの圧力が噛み合うことで、初めて物量の壁に細い裂け目が生まれた。
「デモンズトルーパー……これなら、少しでも前へ進める」
キリエはその裂け目を見て、胸の奥に残っていた迷いを振り払うように足へ力を込めた。ディエンドは後方からネオディエンドライバーを撃ち続け、αの拘束をすり抜けた個体の足元を正確に撃って転ばせる。キリエが進むための道は長くないが、二体の連携によって、ブラッドベイドへ続く直線が一瞬だけ開かれていた。
「二つの兵では、血の群れは止まらない」
ブラッドベイドが低く告げると、アンテナ群から赤黒い信号が強まり、量産型イリス達の動きがさらに同期する。倒れた個体を踏み越える列、空中から回り込む列、デモンズトルーパーαの糸を引き千切ろうとする列が同時に動き、開いた道を押し潰そうと迫ってきた。
「止める必要はないさ。道を開ければ、それで十分だ」
ディエンドはそう言い、青いエネルギー弾で空中の個体を牽制する。αはリバイスラッシャーを床へ打ち込み、糸状エネルギーをさらに広げて左右の群れを絡め取った。βはその前に立ち、刃ではなく腕と肩で押し込むようにして量産型イリス達の隊列を受け止める。二体のデモンズトルーパーは、倒すためではなく守るために群れとぶつかり、キリエの進路だけを必死に維持していた。
その道は、まるで荒れた海に一瞬だけ開いた細い水路のようだった。量産型イリス達はすぐに左右から押し寄せ、床を走る赤黒い線はキリエの足元へまで伸びてくる。だが、デモンズトルーパーαとβは背中合わせに位置を取り、片方が拘束で群れの勢いを削り、もう片方が前衛として押し返すことで、崩れかけた道を何とか保ち続けた。
「キリエ、道は長く保たない。お宝に声を届けたいなら、今走るべきだ」
「分かった。イリスのところまで、私が行く」
キリエはディエンドの声に頷くと、開かれた道へ飛び込んだ。左右では量産型イリス達が腕を伸ばし、魔力弾が足元を削り、赤黒いインクのような信号が手首へ絡もうとする。だが、αの糸がその腕を横へ引き、βの突進が列を押し返し、ディエンドの銃撃がキリエの背後を塞ごうとした個体の足場を崩した。
「道は閉じる。声は届かない」
ブラッドベイドの声が近づいてくる。中央に立つ赤黒い装甲の奥で、イリスの青白い光が弱く瞬き、キリエはその光から目を逸らさないまま走り続けた。彼女の靴が金属床を叩くたびに、塔の振動と自分の鼓動が重なっていく。
「届くまで呼ぶよ。イリス、聞こえているなら待ってて。今、行くから」
キリエの声が風と銃声の間を抜け、ブラッドベイドの胸元へ向かう。赤黒い装甲の奥で、青白い光がもう一度だけ瞬いた。それは返事と呼ぶにはあまりに弱く、すぐに侵食信号へ呑まれそうな小さな反応だったが、ディエンドはその瞬きを見逃さない。
「盗むなら、あの光の奥だね」
ディエンドが呟いた直後、ブラッドベイドの足元から赤黒いインクが伸び始める。キリエの接近を待っていたかのように、インクは細い触手となって床を走り、彼女を包み込もうとする。デモンズトルーパーαとβは背後で量産型イリス達の波を抑え続けているが、その防衛線は少しずつ押し戻されており、開かれた道が閉じるまでの時間は長くなかった。
それでもキリエは止まらない。ブラッドベイドの奥にイリスの光が残っているなら、その声を呼び続けることだけが、今の彼女にできる唯一の選択だった。赤黒く染まった電波塔の中央へ向かって、キリエはさらに一歩を踏み込み、ディエンドはその背中を守るように銃口を構え直した。