悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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友情の行方

 電波塔の中央へ続く細い道は、デモンズトルーパーαとβが量産型イリス達の波を押し止めている間だけ存在していた。赤黒い侵食信号は床を這う血管のように広がり、キリエの足元へ絡みつこうとするたび、背後から放たれたディエンドの銃撃がその流れを裂いていく。だが、量産型イリス達の数は減らず、左右から伸びる腕も、頭上から降り注ぐ魔力弾も、彼女が一歩進むたびに密度を増していた。

 

 それでもキリエは止まらない。目の前に立つブラッドベイドの胸元には、赤黒い装甲の奥で青白い光が小さく瞬いている。それはイリスがまだ消えていない証であり、キリエがここまで走ってきた理由そのものだった。彼女は荒い呼吸を抑え込み、攻撃のためではなく呼びかけるために、ブラッドベイドの前へ立つ。

 

「イリス、聞こえているなら返事して。私はまだ、あなたの言葉を聞いてない」

 

 キリエの声が風と銃声の間を抜ける。ブラッドベイドは動かないまま、仮面の奥で低い呼吸のような音を鳴らし、胸元の青白い光を赤黒いインクで覆い隠そうとした。足元から伸びるインクは蛇のようにうねり、キリエの靴の先へ触れる直前で、彼女は後退せずにもう一度名を呼ぶ。

 

「イリス、お願い。私を突き放すなら、それもあなたの声で聞かせて」

 

「声は血に沈む。届くものはない」

 

 ブラッドベイドの声は、塔の支柱に染み込んだ侵食信号と混ざり、周囲の量産型イリス達の動きをさらに鋭くした。デモンズトルーパーαが糸状エネルギーで前列を絡め取り、βが肩で群れを押し返しているが、防衛線はじわりと縮んでいく。ディエンドは後方から銃撃を続けながら、ブラッドベイドの胸元と右手に握られたブラッドベイドバイスタンプの反応を見比べていた。

 

「……キリエ……だめ……近づかないで……」

 

 かすれた声が、赤黒い装甲の奥から漏れた。キリエはその声を聞いた瞬間、胸を締めつけられたように息を呑むが、悲しみに沈むより先に、声が届いたという事実へ縋るように前を見た。イリスは拒んでいるのではない。自分が近づけば傷つけてしまうと恐れているだけだと、キリエには分かった。

 

「聞こえた。今、確かにイリスの声が聞こえた」

 

「揺らぎを希望と呼ぶな。混ざったものは戻らない」

 

「戻るかどうかを決めるのは、あなたじゃない」

 

 キリエは震える手を握り込み、ブラッドベイドの前から退かない。ブラッドベイドはゆっくりと片腕を上げ、赤黒いインクを指先から垂らす。そのインクは床へ落ちた瞬間に広がり、キリエを包囲するように円を描いた。攻撃ではなく取り込みの動きだと気づいたディエンドは、ネオディエンドライバーを連射しながら、インクの縁を撃ち抜いて流れを一度乱す。

 

「なるほど、壊すべきは外側じゃない。盗むべきは、あのバイスタンプだ」

 

 ディエンドの言葉に、キリエはブラッドベイドの手元へ目を向ける。赤黒い光を帯びたブラッドベイドバイスタンプは、イリスの声が漏れるたびに明滅している。ブラッドベイドがイリスを押さえつけるための鍵であり、同時に分離のための弱点でもあるのだろう。

 

「バイスタンプを盗めば、イリスを助けられるの?」

 

「助かる保証はないけれど、壊して終わらせるよりは怪盗向きの手だね」

 

「なら、お願い。私はイリスに声を届けるから」

 

「任されたと言いたいところだけど、正面から取りに行くには少し腕が多いかな」

 

 ディエンドは軽く答えながら、再びカードケースへ手を伸ばす。デモンズトルーパーαとβは背後で量産型イリス達を抑えているため、この場でブラッドベイド本体の動きを止める手札が必要だった。海東は二枚のカメンライドカードを指先で抜き取り、赤黒いインクがキリエへ伸びるより早く、ネオディエンドライバーへ一枚目を装填する。

 

『KAMEN RIDE!REVI!』

 

 青いライドプレートがディエンドの前に開き、その奥から仮面ライダーリバイの召喚体が現れる。リバイは一切喋らず、召喚された瞬間にキリエの前へ踏み込み、ブラッドベイドが伸ばした赤黒いインクを腕で受け止めた。装甲にインクが絡みつくが、リバイは怯まず、足を踏み込んでキリエの前に壁を作る。

 

 続けて、ディエンドは二枚目のカードを装填した。

 

『KAMEN RIDE!VICE!』

 

 別のライドプレートが斜めに開き、仮面ライダーバイスの召喚体が低い姿勢で飛び出す。バイスもまた言葉を発しない。だが、その動きはリバイとは違い、正面から受け止めるのではなく、赤黒いインクの流れを嗅ぎ分けるように横へ回り込み、ブラッドベイドの腕へ身体ごとぶつかって拘束の流れを乱した。

 

「召喚体だから喋りはしないけれど、役割は十分に果たしてくれるはずだよ」

 

「リバイとバイス……あの二人で、ブラッドベイドを止めるの?」

 

「止めるんじゃない。盗む隙を作るのさ」

 

 リバイはキリエを庇うように正面へ立ち、ブラッドベイドの拳を受け流して足場へ衝撃を逃がす。バイスはその脇をすり抜けるように動き、インクの流れが集中する箇所へ体当たりを入れて、ブラッドベイドの片腕を外側へ引きずった。二体は喋らないが、呼吸を合わせたバディのように動き、ブラッドベイドの注意をキリエとバイスタンプから少しずつ引き離していく。

 

 その隙に、キリエはリバイの背中越しに声を張った。

 

「イリス、お願い、私の声を聞いて。あなたが逃げてって言うなら、私は逃げない」

 

 ブラッドベイドの胸元で青白い光が震える。赤黒い装甲の奥から漏れる声は弱く、すぐに消えてしまいそうだったが、キリエが呼びかけるほどに、ブラッドベイドバイスタンプの明滅も強くなっていく。

 

「……キリエ……やめて……私のせいで……」

 

「あなたのせいだけにしない。だから、戻ってきて」

 

「血は離れない。混ざったものは戻らない」

 

 ブラッドベイドが怒りを含んだ声を放ち、背中から赤黒いインクを噴き出す。インクはリバイの腕へ巻きつき、バイスの動きを封じるように床へ広がった。リバイは無言のまま拳を握り、インクを引き千切るのではなく、流れを押し返すように踏みとどまる。バイスは床を蹴って低く回り込み、身体を捻る動きでインクの束を横へ逸らし、キリエへの道を狭くても残した。

 

「いい反応だ。今の揺らぎなら、盗める」

 

 ディエンドはその一瞬を逃さない。量産型イリス達を抑える防衛線へ銃撃を一つ送り、キリエとリバイの横を抜けるように前へ出る。彼の視線はブラッドベイドの胸元ではなく、右手に握られたブラッドベイドバイスタンプへ向いていた。ブラッドベイドがイリスの声を押さえ込もうとするたび、そのバイスタンプは赤黒い光を強め、逆に位置を露わにしている。

 

「怪盗にそれを言うのは野暮だね。奪われたものは、盗み返すためにある」

 

 ディエンドは銃口をブラッドベイドの足元へ向け、一発だけ撃つ。弾丸は床に広がるインクを吹き飛ばし、ブラッドベイドの重心をわずかに崩した。リバイが正面から拳を重ね、ブラッドベイドの上体を押し返す。バイスが横から腕を絡めるように動き、右手の可動域を狭める。無言の召喚体二体が作った一瞬の拘束、その隙へディエンドが踏み込んだ。

 

「イリス、戻ってきて!」

 

 キリエの叫びが、ブラッドベイドの胸元に刺さるように響く。青白い光が強く明滅し、赤黒い装甲の隙間からかすかな声が漏れる。

 

「……キリエ……」

 

 その声と同時に、ブラッドベイドバイスタンプが一瞬だけ装甲の内側から浮き上がる。ディエンドはそこへ手を伸ばし、まるで展示ケースから宝石を抜き取る怪盗のように、指先を滑り込ませた。

 

 だが、ブラッドベイドは黙って盗ませない。全身の装甲の隙間から赤黒いインクが噴き出し、ディエンドの腕を絡め取ろうとした。リバイとバイスは同時に動き、リバイは正面で噴き出すインクを受け止め、バイスは側面からその流れを食い止めるように割り込む。二体は言葉を発しないまま、召喚体として与えられた役割を果たすために、ブラッドベイドの反撃を自分達の装甲で受け止めていた。

 

「逃がさない。盗ませない。声も、光も、すべて血に沈める」

 

「悪いけれど、そういう独り占めは怪盗の前では長続きしないんだ」

 

 ディエンドは絡みつくインクを銃撃で剥がしながら、なおもブラッドベイドバイスタンプへ指を伸ばす。キリエはリバイの背中越しにイリスの名を呼び続け、ブラッドベイドの胸元では青白い光が赤黒い侵食に抗うように瞬いている。量産型イリス達の波を抑えるデモンズトルーパーαとβの防衛線は後方で崩れかけているが、ここで手を引けば、イリスの声は再び沈んでしまう。

 

 海東の指先が、ブラッドベイドバイスタンプの縁へ触れた。次の瞬間、バイスタンプから噴き出した赤黒いインクが周囲を覆い、電波塔の上層全体を揺らすような衝撃が走る。キリエの叫び、ディエンドの銃声、リバイとバイスが無言で受け止める装甲音が重なり、分離の鍵を巡る盗みは、成功と失敗の境界で止まっていた。

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