フィルの腕が振り下ろされた瞬間、止まっていたギルアギトの群れが一斉に地面を蹴った。唸り声と爪音が崩れた市街地へ広がり、赤黒い結界光を踏み荒らしながら、前方、左右、屋上の三方向からこちらへ押し寄せてくる。なのは達はすぐに構えを深くし、俺もフレイムセイバーを握り直したが、視線は正面に立つミラージュアギトから外さなかった。
「検証開始、というやつか。なら、こっちも手札を変える」
最初に飛び込んできたギルアギトの爪を、俺はフレイムセイバーで受け流した。炎を帯びた刀身が敵の腕を弾き、続く一体の突進を横から斬り払う。だが、フィルの姿はその奥で揺れている。蜃気楼のような輪郭が三つに分かれ、どれが本体かを判断する前に、分身めいた影がギルアギト達の間へ紛れ込んでいた。
アギトの炎で焼き払うには、相手の像が揺れすぎている。力任せに切り込めば、偽物を斬らされている間に本体が位置を変えるだけだろう。俺はフレイムセイバーを振り切った勢いのまま一歩退き、ライドブッカーからカードを抜いた。
「アギトの炎で焼くには、少し相手が揺れすぎているな」
『KAMEN RIDE!DECADE!』
装甲の感触が戻る。アギトの炎が消え、ディケイドの姿へ戻った俺の前で、ギルアギト達が再び距離を詰める。なのはの砲撃が左側の群れを押し止め、はやての魔法陣が足元から拘束光を伸ばし、フェイトは雷光をまとって俺の横へ並んだ。
「ツカサ先生、相手の位置がぶれています」
「分かってる。だから、次は魔法で縛る」
俺はすぐに次のカードをディケイドライバーへ叩き込む。フィルの幻影が街路灯の影へ溶けるように移動し、次の瞬間には別の場所から同じ姿が現れる。こういう相手には、追いかけるより先に逃げ道を塞ぐ方が早い。
『KAMEN RIDE!WIZARD!』
音声と同時に、身体を包む装甲が黒と赤の魔法使いの姿へ変わる。腰のあたりで魔力が巡り、足元に赤い魔法陣が一つ、さらに前方と左右に小さな魔法陣が三つ展開された。手にはウィザーソードガンが現れ、俺はガンモードの銃口を揺らぐフィルの影へ向ける。
「魔法使い相手には魔法使い、というわけじゃないが、幻ならこっちの方が都合がいい。フェイト、速さは任せた。俺が奴の足を止める」
「分かりました。動きが止まった瞬間に斬ります」
フェイトが短く答えた直後、俺は銃撃を放った。狙いはフィルの身体ではなく、移動先に見える蜃気楼の影だ。青白い揺らぎへ弾丸を撃ち込むと、偽物の輪郭が薄く砕け、本体らしき気配が右側の路地へ逃げる。そこへ先回りするように魔法陣を開き、足元から炎の輪を立ち上げた。
「幻影を撃つのではなく、移動先を撃つか」
「観測者なら分かるだろ。逃げ道を選んだ時点で、次の位置は読まれている」
フィルの足元で魔法陣が赤く光り、ミラージュアギトの片足を一瞬だけ縛る。その一瞬で十分だった。フェイトの姿が雷光へ変わり、バルディッシュの刃がフィルの肩口を掠める。蜃気楼の装甲が裂け、そこから青白い制御光が漏れた。
フィルは後退しながら分身を散らすが、俺はウィザーソードガンを撃ち続けた。魔法陣を地面、壁面、空中に置き、フェイトが踏み込む道を作る。フェイトは真正面から見せて上へ抜け、背後へ回り、雷撃で相手の逃げ場を削っていく。二人の動きを阻もうとギルアギトが割り込むが、なのはの砲撃がその列を押し返し、はやての拘束魔法が足を縫い止めた。
「幻影の数が減った。今のが本体だ」
「なら、次で止めます」
フェイトが低く言うと、雷光が一段強くなった。俺はウィザーソードガンを回転させ、ガンモードからソードモードへ切り替える。刀身に炎が走り、魔法陣の光がその刃へ重なる。ミラージュアギトは逃げるように見せかけ、逆にこちらの背後へ回ろうとしたが、はやての防御魔法がその軌道を遮り、なのはの射線が前方を塞ぐ。
「フィル、観測者なら分かるだろ。そろそろ逃げ場がないってことくらいはな」
「観測には、複数の視点が必要です」
その言葉は負け惜しみに聞こえたが、声の温度が変わらないのが気に食わなかった。追い詰められているはずなのに、こいつはまだ何かを待っている。そう思った瞬間、フェイトが上空から雷の斬撃を落とし、フィルの姿勢を崩した。
ミラージュアギトの身体が道路へ叩き落とされる。俺は既に落下地点へ踏み込んでいた。赤い魔法陣を足元に展開し、そこから立ち上がる推進力を使って一気に間合いを詰める。ウィザーソードガンの炎の刃を下から斬り上げると、フィルの胸部装甲に深い火花が走り、蜃気楼のような揺らぎが大きく乱れた。
初めて、フィルが大きく後ろへ退いた。だが、その一歩に焦りはない。距離を取るためではなく、何かを受け入れるために位置を空けたように見えた。
「ツカサ先生、後方から強い反応が二つ来ます!」
なのはの警告が飛ぶ。俺は視線だけを後ろへ向ける。空気が変わっていた。片方は魔法に似ているが、晴人のウィザードとは違う、黒く淀んだ熱を持っている。もう片方は森の奥で蛇が這うような、湿った侵食の気配を引きずっていた。
「片方は魔法に似ています。でも、すごく歪んでいます」
「もう片方は……森や蛇みたいな、嫌な感じの侵食反応や」
フェイトとはやての声が重なる。直後、崩れたビルの陰から二人のフィルが現れた。顔も声も同じだが、それぞれの纏う気配は別物だった。一人は黒い魔法陣を背に広げ、歪んだ魔法使いの装甲へ身を包む。もう一人は蛇の影と亡者の気配をまとい、緑と黒が混じった異様な力を身体へ巻きつけた。
ダークウィザード。魔蛇。どちらも、ただの複製体に持たせるには悪趣味な力だ。
「観測には、複数の視点が必要だと言ったでしょう」
「時間稼ぎか。複製体のくせに、やることがせこいな」
「せこい、ではありません。多角的検証です」
ダークウィザードが手を上げると、黒い魔法陣が俺の足元の赤い魔法陣へ重なり、火花を散らして相殺した。俺のウィザードの力を見てから出したにしては、対応が早すぎる。最初から、こちらのカード選択を誘導するつもりだったのかもしれない。
魔蛇の方は、フェイトの移動経路を読むように蛇の影を伸ばした。フェイトは雷速で回避するが、影は地面だけでなく空中へも絡み、進路を檻のように狭めていく。高速の刃には蛇の檻、魔法使いには闇の魔法使いというわけだ。
「魔法使いには、闇の魔法使いを。高速の刃には、蛇の檻を。実に合理的でしょう」
「合理的かどうかは知らんが、趣味は最悪だな」
俺はウィザーソードガンを構え直し、フェイトは横へ並ぶように着地した。なのはとはやても前へ出るが、三体のフィルはそれぞれ別方向から俺達を囲むように立っている。ミラージュアギトは揺らぎを取り戻し、ダークウィザードは黒い魔法陣を展開し、魔蛇は亡者の影を従えていた。
「ツカサ先生、ここからは分断されるかもしれません」
「分断される前に、こっちから盤面を崩す」
フェイトの言葉へそう返しながら、俺は目の前の三体を見比べた。追い詰めたと思った瞬間に、相手は次の札を切ってきた。なら、こっちも次の札を用意するだけだ。検証だの観測だの、好きに呼べばいい。盤面ごと壊す奴がいることを、こいつらにはまだ教え足りないらしい。