黒い魔法陣が俺の足元で火花を散らし、さっきまで赤く輝いていたウィザードの術式を喰い潰していく。ダークウィザードへ変身した複製フィルは、こちらの魔法陣へ重ねるように黒い陣を広げ、魔力の流れを逆向きに捻じ曲げていた。フェイトの移動を封じるために伸びた魔蛇の影は、道路の亀裂だけでなく、崩れたビルの壁面や空中の瓦礫へまで絡みつき、蛇の檻みたいに戦場を狭めている。
ミラージュアギトは正面で揺らぎ、ダークウィザードは後方から魔法を潰し、魔蛇は横から影と亡者の気配で包囲を作る。三体の複製フィルが同じ声で違う役割を担うせいで、こちらが一つの相手へ集中すれば、別の角度から足を取られる構図になっていた。
「ツカサ先生、魔蛇の影がこっちの魔法陣に絡んできよる!」
はやての足元に広がるベルカ式魔法陣の外周へ、黒緑の蛇影が這い寄っていた。陣の光が一部濁り、亡者のような影が内側へ指を伸ばしている。力任せに消そうとすれば、影は切れた端から増え、広域魔法の展開範囲そのものを汚染してくるらしい。
「ウィザードのまま押すと、向こうの黒い魔法使いに潰される。なら、今度は別の解き方でいく」
俺はウィザーソードガンを一度下げ、ディケイドライバーへカードを差し込んだ。ダークウィザードの黒い魔法陣がさらに圧を増すが、こちらが魔法で押し返さないと分かったのか、ほんのわずかに動きが鈍る。
『KAMEN RIDE!DECADE!』
ウィザードの装甲が剥がれ、ディケイドの姿へ戻る。魔法陣が消えたことで黒い陣は空振りし、地面へ走っていた相殺の火花が途切れた。そこへ間を空けず、俺は次のカードを引き抜いた。
『KAMEN RIDE!BUILD!』
音声が響いた瞬間、装甲が赤と青へ組み替わる。右半身にラビットの軽さ、左半身にタンクの重さが宿り、視界の内側へ数式のような光が流れ込んだ。戦兎ほど細かく語る気はないが、目の前で動く影の軌道くらいなら十分に見える。蛇影は好き勝手に広がっているようで、必ず魔蛇の中核へ戻る流れを持っていた。
「さて、実験好きの連中に、こっちの式を見せてやる」
「ツカサ先生、魔蛇の影、全部潰すんやなくて流すんやな」
「そういうことだ。相手が蛇なら、巣穴を塞げばいい」
俺が地面を蹴ると、ラビット側の脚が一気に身体を跳ね上げた。蛇影が足首を狙って伸びるが、着地するより先に空中で姿勢を変え、タンク側の脚で壁面を蹴り砕きながら横へ抜ける。亡者の影が群れになって飛びかかってきたので、俺は左腕で受け、装甲越しにその重さを叩き潰すように押し返した。
魔蛇は俺を追うために影を増やした。だが、増やせば増やすほど、戦場には線が走る。道路を這う線、壁を伝う線、空を跨ぐ線。その全部がどこへ帰るのかを見れば、本体が守りたい中心が見える。
「はやて、蛇影を全部消そうとするな。流れを見ろ」
「流れを見て、戻る場所を押さえるんやな」
「勝利の法則は決まった、とは言わないが、逃げ道くらいは潰せる」
「了解や、ツカサ先生。拘束陣、三重展開するで!」
はやての声と同時に、戦場の三方向へベルカ式魔法陣が開いた。白銀の光が蛇影の先端を押さえ、魔蛇へ戻ろうとする流れを無理に曲げる。魔蛇はそれを嫌がるように身体を捻り、亡者の影をはやての周囲へ集中させた。広域魔法の要を潰せば、こちらの式が崩れると見たのだろう。
「檻は広がる。逃げ道は蛇に食われる」
魔蛇の声が地面の下から響く。蛇影が一斉に膨れ上がり、はやての魔法陣を内側から割ろうとした。亡者の腕が足元へ絡み、魔力の線を黒く染めていく。はやては歯を食いしばるように杖を握り、魔法陣の制御を手放さなかった。
「ツカサ先生、魔蛇の中心、固定できます!」
「なら、魔法陣を止めるな。こいつはお前を狙っている」
俺はタンク側の足で地面を踏み砕き、無限軌道みたいに回るエネルギーを足元へ集めた。蛇影が俺の脚へ絡みつくが、回転する力で削りながら前へ出る。亡者の影が胸へ爪を立てても、装甲に受けさせて押し切る。先生は生徒の前で簡単に倒れるわけにはいかない、という台詞をわざわざ口にするのは柄じゃないが、今は背中で示せば十分だ。
「先生、ほんま無茶しすぎやで!」
「無茶を通すために、お前がいるんだろ」
「ほんなら、生徒も先生にええところ見せなあかんな!」
はやての魔力が一段強く輝いた。濁りかけていた魔法陣が白銀へ戻り、三重の拘束陣が魔蛇の周囲へ重なる。蛇影は戻ろうとしても戻れず、広がろうとしても魔法陣に誘導され、やがて一本の巨大な線として魔蛇の中核へ束ねられていく。
俺の視界に、グラフのような標的固定装置が立ち上がった。数式の光が魔蛇の位置を示し、そこへはやてのベルカ式魔法陣が外周から重なる。ビルドの幾何学的な軌道と夜天の魔法が一つの形になり、魔蛇の檻を逆に閉じ込める檻へ作り替えていく。
「魔蛇、お前の檻はもう閉じた。今度はこっちが閉じ込める番だ」
魔蛇が影を暴れさせる。蛇の牙が地面から突き出し、亡者の腕が俺の身体を引き戻そうとする。だが、はやての拘束陣はもう完成していた。俺はライドブッカーから必殺のカードを抜き、ディケイドライバーへ叩き込む。
『FINAL ATTACK RIDE!BI-BI-BI-BUILD!』
音声が響き、グラフ型の標的固定装置が魔蛇を中心に展開された。俺の右脚へビルドのエネルギーが集中し、タンク側の無限軌道が高速で唸る。そこへ、はやての夜天の魔力が巨大な砲撃光として重なり、白銀の魔法陣が俺の進路を一直線に照らした。
「はやて、合わせろ。数式の答えに、魔法を重ねる」
「了解や、ツカサ先生。夜天の光、先生の一撃に乗せるで!」
俺はラビットの跳躍力で高く跳び、固定された魔蛇へ向けて身体を回転させる。はやての砲撃が背中を押すように軌道へ重なり、蹴りの先端へ魔力の槍が絡みついた。数式、魔法陣、夜天の光、それらが一つの軌道に束ねられて、魔蛇の中心へ突き刺さる。
「ボルテック・ナハト・ブレイク!」
「これで終いや、魔蛇!」
蹴りが魔蛇の胸部へ届いた瞬間、蛇影と亡者の群れが内側から弾けた。逃げ場を失った影は、はやての魔法陣に押し戻され、ビルドの固定装置の中で砕けていく。魔蛇の身体はひび割れ、緑と黒の光を撒き散らしながら後方へ吹き飛び、最後には巨大な蛇の幻影ごと霧のように消滅した。
戦場から蛇影の気配が薄れていく。フェイトを縛っていた空中の檻も崩れ、なのはの射線を塞いでいた亡者の影も砂のように散った。はやては杖を下ろし、息を整えながらも笑みを浮かべている。
「やったな、ツカサ先生」
「まだ一体だ。喜ぶのは全部終わってからにしておけ」
「先生らしい言い方やな。でも、今のは少しくらい喜んでもええやろ」
俺は返事の代わりに、ダークウィザードへ視線を向けた。黒い魔法陣の向こうで、あいつは今の合体技の余波を吸い込むように記録している。魔蛇を倒したことは間違いないが、その勝利を次の検証材料にしようとしている気配は消えていない。
「一つの視点が破損しただけです。検証はまだ継続可能です」
ミラージュアギトが静かに言う。仲間が倒されたという反応ではなく、壊れた観測機材を取り換えるような声音だった。だからこそ、余計に気に食わない。
「なら、次は別の答えを出すだけだ」
俺はビルドの拳を握り直し、はやては再び魔法陣を足元へ広げる。ダークウィザードの黒い陣がゆっくりと回転し、ミラージュアギトの蜃気楼が戦場の奥で揺らいだ。魔蛇を倒しても、盤面はまだ終わっていない。だが、一つだけはっきりしたことがある。
こいつらがどれだけ視点を増やそうと、こちらの答えまで決められるわけじゃない。