ミラージュ・アギトの周囲に、青白い蜃気楼が幾重にも広がっていた。観測端末をすべて失い、本体だけで戦場に立たされたはずなのに、その姿はまだ崩れ切っていない。胸部の亀裂から漏れる光が空へ伸び、割れた結界の内側に、薄い膜のようなものを何枚も作り出している。
俺はコンプリートフォームのまま、その層を睨んだ。正面にはミラージュ・アギト、背後にはなのは、フェイト、はやて、緑谷、轟、さらにデルタ、ゼータ、イータと魔神三人が揃っている。シャイニングアギトの召喚体も無言で剣を構え、最後の本体戦へ入る準備を整えていた。
「予備視点は消失しました。ですが、本体記録領域はまだ稼働しています」
「ようやく自分で戦う気になったか。記録係にしては、随分と遠回りだったな」
「これは最後の戦闘記録です。あなた達の力を、すべて本体で受け取り、解析します」
ミラージュ・アギトの声が響くと、周囲の層が色を変えた。外側には歪な進化の残滓を帯びた炎の層が揺れ、その奥には鏡のように光を反射する幻影層がある。さらに砲撃を逸らす軌道偏向、物理攻撃を流す装甲、時間差で位置をずらす蜃気楼が重なり、最奥には黒い膜が沈むように張りついていた。
「ツカサ先生、あの周囲に何層も反応があります!」
「攻撃が届く前に、別の層へ逸らされています」
「ただのバリアやない。幻影と観測の層を重ねとるんや」
なのは達の分析は正しい。今のミラージュ・アギトは、逃げ道を失った代わりに、すべての力を自分の周りへ畳み込んでいる。単純に殴れば、攻撃は逸らされ、切れば反射され、追えば時間差で外される。だが、こういう面倒な相手ほど、崩す順番を間違えなければいい。
「一人で全部剥がす必要はない。お前達が道を作れ。俺がライダーの力を重ねるぞ」
「分かりました、ツカサ先生。正面は私が開きます!」
「私は回避先を潰します」
「広域制御は任せてや。先生、タイミング合わせるで」
「硬い場所は私達が砕くわ」
「幻影は切る。余計な逃げ道は残さない」
「……ズレは見る。面倒、でもやる」
全員の返事を聞き、俺は胸のカードへ手を伸ばした。まず剥がすべきは、歪な進化の残滓だ。あれを放置すれば、ミラージュ・アギトはまた何かを歪めて再利用する。だから最初の一撃は、壊すためではなく、救けるための炎でなければならない。
緑谷がゼインの姿で一歩前へ出た。さっきクウガの力を使った時と同じく、その拳には緑の稲妻と黒金の熱が宿っている。
「最初の層は僕が開きます。歪な進化の残り火なら、救けるための炎で止めます」
「行け、緑谷。究極の力を怖がるな。お前の拳なら、壊すだけじゃ終わらない」
『COMPLETE!KUUGA ULTIMATE!』
俺の隣にクウガ アルティメットフォームが現れた。召喚体は無言のまま緑谷と並び、黒金の炎を静かに燃やす。俺はディケイドライバーへカードを滑り込ませる。
『FINAL ATTACK RIDE!KU-KU-KU-KUUGA!』
緑谷のOFAが衝撃波となって前へ走り、クウガの究極の炎がそれに重なる。歪な進化の残滓を帯びた外層は、触れた瞬間に燃え上がったが、その炎はミラージュ・アギト本体へ無差別に広がらず、白銀と金色の歪みだけを焼き払うように収束していった。
「第一層、焼失。歪化残滓、消失」
「記録する余裕があるなら、次も受け止めてみろ」
続けて、轟が右手に氷、左手に炎を宿して前へ出る。第二層は鏡面の幻影だ。光を反射し、偽物と本物の境目を消すなら、正統な進化の光で照らせばいい。
「光の流れを固定する。炎で押して、氷で逃がさない」
「アギトの光なら、歪んだ進化を照らせる。合わせろ、轟」
『COMPLETE!AGITO SHINING!』
シャイニングアギトが再び白銀と金色の光を放ち、轟の作る氷の道へ踏み込む。炎が鏡面層を内側から曇らせ、氷が逃げる光の流れを固定した。俺は次のカードを切る。
『FINAL ATTACK RIDE!A-A-A-AGITO!』
シャイニングカリバーの斬撃が、轟の炎と氷に挟まれた鏡面層を一直線に裂いた。反射されていた本体の輪郭が浮かび上がり、ミラージュ・アギトの残像が一つずつ薄れていく。
「本体の線が見えました。ツカサ先生、正面の射線を開きます!」
なのはがレイジングハートを構え、桜色の魔力を収束させる。第三層は砲撃を逸らす軌道偏向だ。なら、逸らされる前に、最初から直線そのものを太く貫けばいい。
「砲撃なら、こいつが合う。真っ直ぐ撃ち抜け、なのは」
『COMPLETE!FAIZ BLASTER!』
ファイズ ブラスターフォームが召喚され、なのはの横に立つ。ブラスターモードの光が、レイジングハートの桜色と同じ線上に重なった。
『FINAL ATTACK RIDE!FA-FA-FA-FAIZ!』
「全力全開、正面を撃ち抜きます!」
なのはの砲撃とファイズの高出力射撃が重なり、軌道を逸らそうとする層を真正面から貫いた。曲げられるなら、その曲げる力ごと撃ち抜けばいい。第三層は内側から割れ、ミラージュ・アギトの胸部の亀裂がさらに露出した。
「速度差で回避されるなら、先に未来の位置を塞ぎます」
フェイトが雷光をまとい、側面へ走る。ミラージュ・アギトは時間差で位置をずらす層を残している。現在の位置を斬っても、次の瞬間には少し違う場所へ逃げる。だが、それなら逃げる先ごと潰せばいい。
「速さの勝負なら、こいつだ。フェイト、時間差ごと斬れ」
『COMPLETE!KABUTO HYPER!』
カブト ハイパーフォームが金色の光をまとって現れ、フェイトと同時に消えた。次に見えた時には、フェイトが現在のミラージュ・アギトを斬り、ハイパーカブトがその回避先へ先回りしている。
『FINAL ATTACK RIDE!KA-KA-KA-KABUTO!』
「逃げる先ごと、斬ります!」
雷の刃とハイパーカブトの一撃が時間差の層を挟み撃ちにし、ミラージュ・アギトの逃げ先が潰れる。初めて本体の身体が大きく止まり、蜃気楼の波が不自然に乱れた。
「戦場の音を整えるで。歪んだ波長を、まとめて叩き落とす!」
はやてがベルカ式魔法陣を広域へ広げる。まだミラージュ・アギトの周りには、攻撃を微妙にずらす波長の層が残っている。魔力、衝撃、斬撃、それぞれの波を乱してくるなら、戦場全体の拍子を取り直す必要がある。
「広域制圧なら、響鬼だ。はやて、陣を合わせろ」
『COMPLETE!HIBIKI ARMED!』
アームド響鬼が現れ、はやての魔法陣の中心に立つ。巨大な音撃の構えに合わせ、はやての陣が何重にも展開された。
『FINAL ATTACK RIDE!HI-HI-HI-HIBIKI!』
「歪んだ波長、まとめて払うで!」
音撃と魔法陣が重なり、戦場の空気そのものを震わせた。ズレていた攻撃の波が整えられ、ミラージュ・アギトの波長防御が破れる。ここからはデルタ達の番だ。
「正面の硬い層は、私達が割るです!」
「重いのを入れる。合わせて」
デルタがケルビムの姿で突っ込み、魔神デルタがデルタバルカンの照準を装甲層へ合わせる。物理攻撃を流す硬い層は、半端な攻撃では弾かれる。だからこそ、真正面から砕く力が必要だった。
「封印と決定打なら、ブレイドだ。デルタ、遠慮なく叩け」
『COMPLETE!BLADE KING!』
ブレイド キングフォームが黄金の装甲を輝かせ、キングラウザーを構える。デルタのケルビムによる重撃、魔神デルタのレーザー、ブレイドの斬撃が同じ一点へ重なった。
『FINAL ATTACK RIDE!B-B-B-BLADE!』
「ここで割る!」
装甲層に深い亀裂が走る。ミラージュ・アギトが腕を交差して受け止めるが、キングフォームの一撃がその防御ごと押し込み、胸部の亀裂をさらに広げた。
「鏡面の残りは、まだある。反射される前に切る」
「幻影の出口を塞ぐ」
ゼータと魔神ゼータが北側から回り込む。残った鏡面逃走路は、壊れたはずの幻影層の残骸を使い、ミラージュ・アギトを別方向へ逃がそうとしていた。そこに必要なのは、鏡の世界を焼く龍の力だ。
「鏡に逃げるなら、龍騎が似合う。ゼータ、線を読め」
『COMPLETE!RYUKI SURVIVE!』
龍騎サバイブが召喚され、ドラグランザーの炎が戦場を横切る。ゼータの細剣が反射の出口を切り、魔神ゼータの射撃が鏡面の縁を撃ち抜いた。
『FINAL ATTACK RIDE!RY-RY-RY-RYUKI!』
「鏡面の逃げ道は、ここで終わり」
炎が鏡面の残りを焼き、ミラージュ・アギトの離脱手段が消えた。奴の背後に残るのは、最奥の黒い膜と、まだわずかに残った位相ずれだけだ。
「……まだ、ズレてる。時間じゃなくて、位置の記録が少し遅れてる」
「なら、そこを叩く」
イータがアンニアの姿でふらりと前へ出る。魔神イータのエボルXが空間を歪め、ミラージュ・アギトの位置情報の揺れを囲い込む。相手の記録が現在に追いついていないなら、その遅れを叩き戻せばいい。
「ズレた記録には、こいつだ。イータ、観測の遅れを掴め」
『COMPLETE!DEN-O SUPER CLIMAX!』
電王 超クライマックスフォームが召喚され、騒がしいほど派手な姿で突撃の姿勢を取る。イータは半分眠そうな声で、しかし確信を持って指を向けた。
「……ズレ、捕まえた」
『FINAL ATTACK RIDE!DE-DE-DE-DEN-O!』
電王の必殺突撃が、魔神イータの歪めた空間を通ってミラージュ・アギトの遅れた位置へ突き刺さる。位相ずれの層がはじけ、ついに本体が完全に露出した。
その瞬間、俺達の目の前に黒い膜が現れた。ミラージュ・アギトの背後に張りついていたそれは、ただの結界ではない。夜空でも、宇宙でもない。星々のさらに奥に、何か巨大な輪郭が横たわっているように見えた。
「ツカサ先生、あれ……空じゃありません!」
「宇宙の奥みたいに見えるけど、星の並びが変や!」
「あの先に、何かいます……見られているみたいな感覚がする」
緑谷の声が低くなる。ゼインの装甲越しでも、OFAが何かへ反応しているのが分かった。なのは達の魔力、ライダーシステムの反応、OFA、そのすべてが細い糸のように黒い膜の奥へ伸びている。
「そこを見る必要はありません。観測対象が、観測者の外側を認識することは不要です」
「不要かどうかを決めるのは、お前じゃない。最後の膜は俺が割る」
俺は最後のカードを選ぶ。闇の膜を裂き、その奥を見るなら、この力が似合う。
『COMPLETE!KIVA EMPEROR!』
キバ エンペラーフォームが俺の隣に現れ、魔皇力をまとって黒い膜へ向き合った。ミラージュ・アギトが止めようとするが、なのはの砲撃、フェイトの雷、はやての魔法陣、緑谷と轟の牽制、デルタ達の包囲がそれを許さない。
『FINAL ATTACK RIDE!KI-KI-KI-KIVA!』
「最後は俺が見る。宇宙の先までな」
キバ エンペラーの一撃とコンプリートフォームの斬撃が黒い膜へ重なる。膜は軋むような音を立てて割れ、その向こうに一瞬だけ、星々の外側へ座す巨大な影が見えた。形は定まらない。だが、そこから伸びる糸は確かにこの戦場へ、緑谷のOFAへ、なのは達の魔法へ、俺達のライダーシステムへ繋がっている。
「宇宙の先に、まだ何かいるな」
「認識を中断してください。それは、あなた達の戦場ではありません」
「残念だったな。通りすがりは、余計な場所まで見てしまうものだ」
ミラージュ・アギトは最後の力で黒い膜を閉じた。だが、もう遅い。俺達は見た。フィルが隠そうとしていたもの、OFAをこの世界へ呼び寄せた先にあるかもしれない、もっと大きな何かの輪郭を。
すべての層は剥がれ、ミラージュ・アギトの本体だけが戦場に残った。青白い光が亀裂から噴き上がり、奴は隠していたものを守るため、最後の力を振り絞ろうとしている。俺はライドブッカーを構え直し、周囲の仲間達もそれぞれの武器を向けた。
宇宙の先にある何かを見てしまった以上、この戦いはミラージュ・アギトを倒して終わるだけでは済まない。それでも、まずは目の前の本体を止める。観測者気取りの最後の記録を、ここで終わらせるために。