悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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侵略種

 銃口が、こちらを向いていた。

 

 細い銃身だ。だが、構えに迷いはない。両手で握られたそれは、ただ脅すための道具ではなく、いつでも撃てる位置にある。

 

 路地の奥に立つ少女は、俺を見ていた。

 

 白い上着。黒系のスカート。淡い髪が風で少し揺れている。年齢だけ見れば、なのは達とそう変わらない。だが、目の置き方が違う。瓦礫を見る目。怪物の残骸を見る目。俺の足元を見る目。全部が、次に何が動くかを測っていた。

 

 俺は数歩手前で止まった。

 

 変身は解かない。

 

 キバの姿のまま、ライドブッカーを下げる。刃先も銃口も、少女には向けない。だが、完全に手放すほどこの世界を信用してもいない。

 

 少女の指が、引き金の手前で止まっている。

 

「それ以上、近づかないで」

 

 声は固い。

 

 けれど、震えてはいなかった。

 

「見物料は取らない」

 

 俺が言うと、少女の眉が少しだけ動いた。

 

「だが、説明くらいはしてもらうぞ」

 

「説明が必要なのは、あなたの方」

 

「そうか?」

 

「そう」

 

 短い返事。

 

 その間にも、少女の視線は俺の肩、腰、手元、背後へと流れていく。デルタ達の位置も確認している。通りの奥の避難経路も。閉じたシャッターの隙間も。

 

 訓練された動きだ。

 

 ただの通行人ではない。

 

 デルタが少し離れた場所で口を尖らせた。

 

「撃つ気なら、さっさと撃てばいいのに」

 

「デルタ」

 

 ゼータが低くたしなめる。

 

「何よ。こっちが怪物を倒したのに、銃向けられてるのよ?」

 

「この世界じゃ、怪物を倒せる奴の方が怪しいのかもしれない」

 

 イータが端末を抱えたまま呟いた。

 

 少女の目がイータへ動く。

 

 次にデルタ、ゼータ、イリス。

 

 イリスは何も言わず、少女を見返していた。観察する者同士、妙な沈黙ができる。通りに残った黒い粒子が、風に吹かれて二人の間を流れた。

 

「あなた達は、何?」

 

 少女が言った。

 

「通りすがりだ」

 

「通りすがりが、侵略種を蹴り殺すの?」

 

 その言葉で、俺は足元の残骸へ視線を落とした。

 

 侵略種。

 

 蜥蜴のような怪物は、黒い粒子になりかけていた。鱗の欠片がアスファルトに貼りつき、日差しを鈍く反射している。少女はそれを見ても顔をしかめない。

 

 慣れている。

 

 この街の住民がシャッターを閉めた時と同じだ。

 

「侵略種、か」

 

 俺は言葉を舌の上で転がす。

 

「さっきの蜥蜴のような怪物の名前か」

 

「名前じゃない。分類」

 

「便利な呼び方だな」

 

「便利じゃない。必要なだけ」

 

 少女は銃口を下げないまま、残骸へ一歩近づいた。

 

 膝を折ることはしない。腰も落としきらない。片足はいつでも後ろへ下がれる位置に置かれている。銃を構えながら、視線だけで残骸を確認する。

 

「群れで出るタイプにしては、動きが浅かった」

 

「詳しいな」

 

「知らないと死ぬ」

 

 短い。

 

 それで十分だった。

 

 シャッターの向こうで、誰かが息を潜めている。街はまだ動き出さない。さっきまでの春の音楽も止まったままだ。風だけが折れた標識を揺らしていた。

 

 ――危険生物出没時は屋内へ退避。

 

 折れた文字が、地面の上で半分だけ読めた。

 

「で、お前はこいつらを狩る側か」

 

 少女の目がこちらへ戻る。

 

「質問する立場だと思ってる?」

 

「銃を向けられている割には、口は動く」

 

「撃たれたいの?」

 

「撃つなら早くしろ。説明を聞く時間がなくなる」

 

 少女の指が、ほんの少しだけ引き金に触れた。

 

 だが、撃たない。

 

 俺はドライバーへ手を伸ばし、変身を解除した。

 

 装甲がほどける。

 

 キバの姿が消え、いつもの俺の体に戻る。春の空気が直接肌に触れた。獣じみた感覚が薄れ、代わりにアスファルトの熱と粉塵の匂いが戻ってくる。

 

 少女の銃口が、一瞬だけ上がった。

 

 無理もない。

 

 怪物を蹴り倒した鎧が、目の前で人間になったのだから。

 

「……今のは」

 

「見た通りだ」

 

「人間?」

 

「少なくとも、侵略種ではない」

 

「自分で言うことじゃない」

 

「なら、お前が判断しろ」

 

 少女は俺を見た。

 

 頭から足元まで。

 

 次にドライバーへ。

 

 ライドブッカーへ。

 

 それから、俺の背後にいる連中へ。

 

 デルタが手を振った。

 

「怪しくないわよ」

 

「怪しさが増したね」

 

 ゼータが呟く。

 

「ゼータ、そういうこと言わない」

 

「事実だから」

 

 イータは端末に何かを入力しながら、少女を見た。

 

「敵対意思はない。今のところ」

 

「余計な一言を付けるな」

 

 俺が言うと、イータは顔を上げずに答えた。

 

「正確性は大事」

 

 少女はそのやり取りを見ていた。

 

 銃口はまだこちらに向いている。だが、さっきより少しだけ角度が落ちた。胸ではなく、腹。そこからさらに、地面との間で迷っている。

 

「あなた達は、この街の人間じゃない」

 

「そうだな」

 

「この国の人間でもない」

 

「たぶんな」

 

「たぶん?」

 

「国境を確認する前に蜥蜴が出た」

 

 少女の目が細くなる。

 

 冗談が通じたわけではないらしい。

 

 まあ、この状況で通じる方がおかしい。

 

 俺はカードを一枚取り出した。

 

 少女の銃口がまた上がる。

 

「撃つな。ただのカードだ」

 

「ただのカードで、さっきの姿になった」

 

「よく見てるな」

 

「見ないと死ぬって言った」

 

 俺はカードを指先で揺らした。

 

 マゼンタの縁が、日差しを受けて光る。

 

「俺達は別の世界から来た」

 

 少女の表情は変わらなかった。

 

 だが、風で揺れていた髪が頬にかかったまま、払われなかった。

 

「別の、世界」

 

「ああ」

 

「外国じゃなくて?」

 

「違う」

 

「別の星でもなくて?」

 

「違う」

 

「別の世界」

 

「そうだ」

 

 少女は黙った。

 

 閉じたシャッターの奥で、金具が小さく鳴る。誰かが中から様子をうかがったのだろう。すぐにまた静かになった。

 

 少女は俺のカードを見て、ドライバーを見て、さっきまで怪物が転がっていた場所を見た。

 

 そこにはもう、ほとんど残骸はない。

 

 黒い粒子だけがアスファルトの溝に残っている。

 

「普通なら、信じない」

 

 少女が言った。

 

「普通の世界ならな」

 

 俺は肩をすくめる。

 

「ここは普通か?」

 

 少女は答えない。

 

 代わりに、折れた標識へ視線を向けた。

 

 危険生物。

 

 屋内退避。

 

 その文字が、春の光の中でやけに白く浮いている。

 

「この世界では、侵略種が人間の生活圏に入り込む」

 

 少女の声は、さっきより低かった。

 

「森にも、海にも、街にも。出る場所を選ばない。見つけたら駆除する。逃げ遅れた人間がいれば助ける。そうしないと、すぐに増える」

 

「さっきの群れも、その一部か」

 

「たぶん、斥候か小型群れ。あれで終わりとは限らない」

 

 デルタが顔をしかめる。

 

「最悪。蜥蜴が増えるとか聞きたくない」

 

「蜥蜴じゃない」

 

 少女が即座に言う。

 

「侵略種」

 

「はいはい、分類ね」

 

 デルタが両手を上げる。

 

 少女はデルタを見たまま、銃口を少しだけ下げた。

 

 完全には下げない。

 

 それでいい。

 

 すぐ信用される方が薄気味悪い。

 

「あなた達が別の世界から来たという話は、普通なら信じない」

 

 少女はもう一度言った。

 

 同じ言葉。

 

 だが、今度はその後に続きがあった。

 

「でも、あなたの力は普通じゃなかった」

 

 銃口が、さらに下がる。

 

 地面を向いた。

 

 ただし、指はまだ銃から離れていない。

 

「だから、今は信じる」

 

「随分あっさりしてるな」

 

「信じることと、信用することは違う」

 

「なるほど」

 

 俺は笑った。

 

「話が早い」

 

「早くしないと、次が出る」

 

 少女は路地の奥を見た。

 

 そこにはもう怪物はいない。だが、彼女の視線は暗がりのさらに向こうを探っていた。通りの端、排水溝、屋根の影。どこから次が来てもおかしくないという目だ。

 

 この世界では、それが普通なのだろう。

 

 普通の街。

 

 普通の青空。

 

 普通の卒業式とは違う、普通。

 

 俺はカメラを持ち上げた。

 

「この世界のことを知りたい」

 

 少女がこちらを見る。

 

「あなた達には関係ない」

 

「通りすがった」

 

「それだけで首を突っ込むの?」

 

「俺はそういう奴らしい」

 

 背後でデルタが笑った。

 

「自覚あるじゃない」

 

「黙れ」

 

 ゼータが少女へ目を向ける。

 

「少なくとも、今は敵じゃない。侵略種を倒したのは見てたでしょ」

 

「見てた」

 

 少女は短く答える。

 

 イータが端末を閉じた。

 

「この世界の情報が必要。侵略種の再出現確率も不明」

 

 イリスが少女を見たまま言う。

 

「案内役の存在は有用です」

 

「本人の前で有用とか言うな」

 

 俺が突っ込むと、イリスは少しだけ首を傾けた。

 

「不適切でしたか」

 

「たぶんな」

 

 少女の口元が、ほんの一瞬だけ動いた。

 

 笑ったのか、呆れたのかは分からない。すぐに元の硬い顔へ戻った。

 

「……久瀬シイナ」

 

 少女が言った。

 

「何?」

 

 デルタが聞き返す。

 

「私の名前」

 

 彼女は銃を完全には下ろさないまま、こちらを見た。

 

「侵略種のことを知りたいなら、ここで立ち話を続けるのは危険。移動する」

 

「案内してくれるのか」

 

「監視するだけ」

 

「似たようなものだろ」

 

「違う」

 

 即答だった。

 

 俺は肩をすくめる。

 

「俺はツカサ。通りすがりの仮面ライダーだ」

 

「その名乗り、本気で言ってる?」

 

「毎回な」

 

 シイナはしばらく俺を見ていた。

 

 それから、銃を持ったまま背を向ける。

 

 完全に背中を預けてはいない。半身のまま、いつでもこちらを視界に入れられる角度で歩き出す。

 

「ついてきて」

 

「監視じゃなかったのか」

 

「逃げるなら撃つ」

 

「案内より物騒だな」

 

 俺達は、砕けた通りを歩き出した。

 

 シャッターの隙間から、街の人々がこちらを見ていた。俺を見る目。シイナを見る目。デルタ達を見る目。それぞれに色が違う。

 

 風が吹く。

 

 黒い粒子が足元から舞い上がり、春の光の中で消えていく。

 

 普通の顔をした街は、まだ静かに息を潜めていた。

 

 そしてその奥で、侵略種という名前だけが、こちらを待っているように残っていた。

 

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