悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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人ではない悩み

月明かりが、補強板の隙間から細く差し込んでいた。

 

昼間、シイナが説明したとおりだ。この家にも避難経路や防護設備が組み込まれている。窓という窓には装甲板が仕込まれ、壁には警戒灯の配線が走っている。平和な日常を装いながら、いつ侵略種が来てもおかしくない。そんな世界の住居だった。

 

俺は廊下の壁に背を預け、窓辺に座る小さな影を見やった。

 

「……よぅ、良いか」

 

声をかけると、セツナの肩がわずかに跳ねた。振り返った顔には、昼間の明るい笑みはない。けれど敵意もない。ただ、何かを測るような目で俺を見ている。

 

「あっ、えっと、ツカサさん」

 

声は柔らかい。けれど、その柔らかさは意識して作ったものだ。俺は壁から離れず、距離を保ったまま口を開く。

 

「ちょっと聞きたい事があってな」

 

セツナは答えない。膝の上で指を絡め、ほどき、また絡める。月明かりが彼女の顔を横切る補強板の影で、細かく分断していた。

 

「……わたしのこと、ですよね」

 

小さな声だった。シイナを起こさないための小声。けれど、それだけじゃない。言葉そのものが、外に出すのをためらっている。

 

「少しな」

 

俺は肯定も否定もしない。ただ、それだけ言った。

 

セツナはうつむいた。編み込まれた淡い桃色の髪が、肩の前で揺れる。

 

「……いつから、気づいてましたか」

 

「会った時からだ。人間の気配じゃない」

 

指が止まった。セツナは膝の上の自分の手を、じっと見つめている。まるでそれが、もう自分のものじゃないみたいに。

 

「お姉ちゃんには、言わないでください」

 

「言うつもりはない」

 

即答だった。セツナが顔を上げる。琥珀色の瞳が、わずかに揺れている。

 

「俺が口を出すことじゃない。言うなら、お前が言え」

 

「……言えないから、黙ってるんです」

 

「言えないのか。言わないのか」

 

セツナは答えなかった。ただ、絡めた指に力を込める。細い指が白くなる。

 

俺は壁にもたれたまま、窓の外を見た。月明かりに照らされた庭には、セツナが世話をしているという菜園がある。小さな畝が、規則正しく並んでいた。

 

「シイナは、お前のことを妹だと言った」

 

「……はい」

 

「あいつは、お前が何者でも関係なく、お前を妹だと思ってる。違うか」

 

セツナの唇が、わずかに開いた。何かを言おうとして、けれど言葉は出てこない。代わりに、ぎゅっと目をつむる。

 

「……わたしが、普通の人間じゃないって知ったら。しーちゃん、困るかもしれない。それに」

 

声が途切れた。喉の奥で、言葉がつかえている。

 

「それに?」

 

「……一緒に、いられなくなる」

 

ほとんど息だけの声だった。

 

俺は壁から背を離す。けれど近づきはしない。ただ、少しだけ体の向きを変えた。

 

「お前がいなくなったら、シイナはもっと困るぞ」

 

セツナが顔を上げる。月明かりに、目のふちが光って見えた。

 

「あいつは、お前の将来のためにハンターをやってる。お前を誰かに預けるためじゃない。自分の手で育てるためだ」

 

「……わかってます。わかってるけど」

 

「わかってるなら、勝手にいなくなるな」

 

俺の声は、自分でも驚くほど平坦だった。励ましているのか、突き放しているのか、たぶんどちらでもない。ただ、事実を言っただけだ。

 

「お前が黙って消えても、シイナは探す。見つけるまで探す。あいつはそういう奴だ」

 

セツナはうつむいた。肩が小さく震えている。泣いているのかもしれない。けれど声は出さない。シイナを起こさないためだろう。

 

俺はそれ以上、何も言わなかった。言うべきことは言った。あとは、こいつが自分で決めることだ。

 

「……ツカサさん」

 

しばらくして、セツナが顔を上げた。涙の跡は残っているが、声はさっきよりしっかりしている。

 

「わたし、ちゃんと話します。しーちゃんに」

 

「そうしろ」

 

「でも、今はまだ……もう少しだけ、考えさせてください。どうやって話せば、しーちゃんが一番、傷つかないか」

 

俺は小さく息をついた。ため息というより、笑いに近い。

 

「難しいことを考えるんだな」

 

「……しーちゃんの妹ですから」

 

セツナが、ほんの少しだけ笑った。昼間のような明るい笑顔じゃない。けれど、作り物でもない。

 

俺は壁から離れ、来た道を戻り始める。

 

「俺は何も聞いてない。お前が何者でも、どうでもいい」

 

「……ありがとう、ツカサさん」

 

「礼を言われることはしてない」

 

振り返らずに言うと、背後で小さな笑い声が聞こえた。今度は、さっきよりも少しだけ、十一歳らしい声だった。

 

月明かりが、廊下に細く伸びている。補強板の影が、床に幾筋もの線を描いていた。この世界は、どこまで行っても普通のふりをしている。平和な夜のふりをして、家族のふりをして、人間のふりをして。

 

けれど、そのふりを守ろうとする奴がいるなら、それも悪くない。

 

俺は客間に戻り、音を立てずに布団へ潛り込んだ。隣ではデルタが、寝相悪く布団を蹴飛ばしている。

 

明日には、また新しい面倒事が待っているだろう。

 

いつものことだ。

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