黒い杭が、地面に突き刺さった。
一本ではない。三本、四本、五本。俺とシイナの周囲を取り囲むように、等間隔で。刺さった杭の表面から、黒い線が走る。線は地面を這い、互いに結びつき、一つの陣を描こうとしている。
拘束陣だ。
俺の目には見える。あれが完成すれば、シイナは動けなくなる。いや、それだけじゃない。陣の中心に立つ者から、何かを吸い上げる。男が言っていた「確認」とは、これか。
通常の速度では、全部は防げない。
俺は左手でカードを抜き取っていた。ライドブッカーからではなく、ドライバーに装填するために、一番取り出しやすい位置に指をかける。戦闘中にカードを探すな。必要なカードは、必要な時に指が覚えている。
赤いカード。カブト。
ドライバーに装填し、バックルを閉じる。
『KAMEN RIDE KABUTO!』
装甲が展開する。マゼンタから赤へ。視界がクリアになり、すべての動きが遅く見え始める。いや、俺の反応速度が上がっているのだ。角のようなアンテナが頭部から伸び、胸部装甲がカブトムシを模した形状に変形する。
男の右手が、さらに杭を生み出そうと動くのが見えた。外套の奥の顔はまだ見えないが、その動きはさっきより速い。焦っているのか、あるいは陣を完成させるために本気を出したのか。
「シイナ」
俺は振り返らずに言った。声はカブトの装甲を通して、少しだけ無機質になる。
「俺が全部、叩き落とす。お前は、あいつの退路を塞げ」
「退路って――」
「庭の出口は三方向。そのうち二つはお前の散弾で封鎖できる。残りの一つは、あいつが逃げようとした時にわかる」
シイナは一瞬だけ黙った。指示の意味を考えている。優秀だ。指示の理由を理解しようとしている。だが、今は時間がない。
「わかった。あんたが全部、落とすんだよね」
「落とす」
短く答えて、俺は次のカードをドライバーに装填した。
『ATTACK RIDE CLOCK UP!』
世界が、止まった。
庭に散らばっていたガラスの破片が、空中に浮かんでいる。さっきシイナの散弾が削った杭の破片も、火花も、月明かりも、すべてが静止した絵の中にある。雨粒のように、無数の光点が宙に散らばって、動かない。
赤い影だけが、その中を走り抜ける。
ライドブッカーを剣形態のまま、最初の杭に叩きつける。刃が黒い表面を切り裂き、破片がまた空中に静止する。二本目、三本目。シイナを囲もうとしていた杭を、一本ずつ破壊していく。陣はまだ完成していない。線は途中で途切れ、黒い光が霧散する。
四本目を破壊した時、視界の隅で何かが動いた。
散弾だ。
シイナは俺の指示を待たずに、庭の出口へ向けて発砲していた。クロックアップの中でも、銃弾は完全には止まらない。発射された瞬間の散弾が、庭の東側へ広がり、男の退路を一つ塞ぐ。続けてもう一発。西側にも散弾が広がり、二つ目の退路が封鎖される。
あいつは俺が全部、落とすと言った。だからシイナは、自分を守るためには一発も使わない。代わりに、セツナの方へ飛んでいった杭の破片にだけ、正確に散弾を当てている。
俺の目には見えている。あの銃口は、ずっとセツナを向いている。自分の身を守るより、妹に届くものだけを撃っている。あれが、あいつが守りたいものの優先順位だ。
五本目の杭を破壊した。
六本目も。
庭に突き刺さった杭が、すべて破片となって宙に浮かぶ。拘束陣は消えた。黒い線は地面からかき消え、月明かりだけが元通りに庭を照らしている。
クロックアップが切れる。時間が動き出す。
ガラスの破片が、一斉に地面へ落ちた。火花が消え、静止していた破片が重力を取り戻す。まるで雨が降り終わった後のような静けさが、一瞬だけ庭を包んだ。
男の外套が、風もないのに揺れている。右手の杭は、すべて破壊された。新しい杭を生み出そうとしているが、さっきより速度が落ちている。
シイナが動いた。散弾銃を背負い直し、腰のポーチから手榴弾を取り出す。安全ピンを抜き、庭の南側――まだ封鎖していない最後の出口へ向けて投げた。
爆発。
土が舞い上がり、庭の南側に小さなクレーターができる。これで三方向すべてが塞がれた。男の退路は、正面――つまり俺の立っている方向だけだ。
「退路、塞いだよ」
シイナの声は、まだ戦闘中だというのに落ち着いていた。
「あとは、正面から来てもらうだけ」
俺とシイナは、事前に打ち合わせたわけじゃない。それなのに、攻撃が噛み合っている。俺が杭を破壊し、シイナが退路を塞ぐ。互いに指示を待たず、互いの動きを見て、次の手を選んでいる。
これができる奴は、そう多くない。
「まだだ。まだ確認できていない」
男の声は変わらず平坦だった。けれど、右手の杭の再生速度は明らかに落ちている。消耗しているのか、あるいは拘束陣の失敗が響いているのか。
「確認なら、もう十分だろ」
俺はライドブッカーを構え直した。赤い装甲が月明かりを反射して、不気味に光る。
「そいつの中に何があるにせよ、お前が手を出す理由にはならない」
男は答えない。外套の奥の闇が、じっと俺を見ている。視線だけは感じる。敵意なのか、興味なのか、それとも別の何かなのか。
俺はそいつを、まだ倒すつもりはない。目的がわからない相手を倒すのは、情報を捨てることだ。だが、これ以上、家の中で戦うわけにもいかない。
庭に散らばったガラスと杭の破片が、月明かりに照らされてきらめいている。シイナの手榴弾でできたクレーターからは、まだ煙が上がっていた。
それと共に、他にも侵略種の気配を感じる。