悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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喪失のカウントダウン

黒い杭が、まだ庭に残っている。破壊したはずの残骸から、新しい杭が生まれようとしていた。根のように地面を這い、互いに絡み合い、中心で脈動している。あれが中枢だ。

 

俺はカードを抜き取った。ファイナルアタックライド。カブトのそれを迷いなく選び、ドライバーに装填する。

 

『FINAL ATTACK RIDE K-A-B-U-T-O!』

 

装甲の背部から光の翅が展開する。視界がさらにクリアになり、すべての動きが止まって見える。クロックアップとは違う。これは、俺自身が加速するのではなく、攻撃そのものを一点に収束させる感覚だ。

 

跳躍。月明かりを背に、赤い影が弧を描く。右脚にエネルギーが集中し、光の軌跡が夜の庭を縦に割った。狙いは、杭の中枢。脈動する黒い核。

 

着弾。爆発。

 

黒い杭が根こそぎ吹き飛び、破片が霧散する。地面に刻まれていた拘束陣の線も、一斉にかき消えた。庭に残っていたのは、無数の破片と、まだ煙を上げるクレーターだけだ。

 

男の外套が、風に揺れた。右手からは、もう杭は生まれていない。けれど、まだ倒れてはいない。傷ついてはいないように見える。あの外套の下は、どうなっている。

 

「確認は、まだ――」

 

男が言いかけた時、空気が変わった。

 

庭の隅、セツナが立っていた壁のすぐ横。月明かりも届かない闇の中から、黒い触手が伸びた。細く、しなやかで、蛇のようにうねりながら、セツナの腰に巻きつく。

 

「セツナ!」

 

シイナの声が、裂けた。散弾銃の引き金を引くが、触手はすでにセツナを抱え込み、闇の中へ引きずり込もうとしている。散弾は触手の表面で弾かれ、火花だけが散った。

 

もう一人いる。俺は即座に周囲を探った。庭の外、道路を隔てた向こう側の物陰。最初の男とは別の気配。外套も黒いが、こちらは痩せて、背が高い。顔はやはり見えない。

 

セツナは叫ばなかった。ただ、シイナの方へ手を伸ばしている。口が「しーちゃん」と動いたが、声は届かない。触手が、どんどん闇の中へ引きずり込んでいく。

 

「離せ!」

 

シイナが走り出す。散弾銃を捨て、腰のハンドガンを抜いて、触手めがけて発砲しながら。一発、二発。命中しているが、触手は緩まない。

 

「待て、シイナ!」

 

俺は叫んだが、彼女は止まらない。止まるわけがない。セツナを守るためにハンターになった女が、妹を攫われて立ち止まるはずがない。

 

シイナは触手を追って、物陰の向こうへ消えた。二つ目の男も、セツナを抱えたまま姿を消す。

 

俺は追おうとした。だが、背後から空気を裂く音が聞こえた。

 

振り返ると、三つ目の影。さっきまでの男たちより小柄だが、動きが速い。すでに距離を詰めている。手には黒い刃のようなものが光っている。

 

「まだいたのか」

 

ライドブッカーで受け止める。衝撃。金属音。こいつは杭じゃない。直接的な斬撃だ。最初の男とは別の危険種。

 

俺は敵を視界に収めながら、頭の隅で計算した。シイナは一人でセツナを追った。相手は二人。触手を使う痩せた男と、もしかしたら最初の男もまだ動けるかもしれない。シイナの武器はハンドガンだけだ。散弾銃は庭に落ちている。

 

早く追わなければ。だが、こいつを無視して背中を向けるわけにはいかない。こいつもまた、確実に殺意を持って襲いかかってきている。

 

夜空に、桜色の光が走った。

 

なのはだ。あの色は、アクセルシューターかディバインバスターの予備動作だ。方角は、セツナが連れて行かれた方向とほぼ同じ。シイナを追っているのか、あるいは別の敵と遭遇したのか。

 

俺はライドブッカーを銃形態に切り替え、目の前の敵の足元を狙って発砲した。牽制だ。足を止めている間に、もう一枚カードを抜く。

 

『KAMEN RIDE FAIZ!』

 

装甲が光子血液の赤いラインに包まれる。ファイズのスピードなら、こいつを撒いてシイナの後を追える。

 

敵がもう一度、黒い刃を振りかぶる。俺はサイドに跳んでかわし、着地と同時に走り出した。ファイズの脚力で一気に加速する。庭を抜け、道路を横切り、物陰の向こうへ。

 

桜色の光が、もう一度、夜空を走った。今度はさっきより近い。なのはが戦っている。なら、シイナとセツナも近くにいるはずだ。

 

俺は加速を続けた。背後からは、さっきの敵が追ってくる気配がする。振り切れるか、あるいは追いつかれるか。どちらにせよ、まずはシイナとセツナの無事を確かめる。

 

月明かりの下、海女取島の夜はまだ終わっていなかった。

 

シイナは、自分の右手を見つめていた。

変身を解いた掌に、黒い線が走っている。脈打つような、生物的な動き。さっき男が言った「確認」という言葉が、頭の中で繰り返される。あたしの中にあるもの。あたしは何も知らない。

「しーちゃん」

声に振り返ると、セツナが立っていた。いつの間に戻ってきたのか。いや、戻ってきたのではない。なのはが連れ戻してくれたのだろう。桜色の光が、まだ空の端に残っている。

「その手、どうしたの」

セツナが手を伸ばす。シイナは慌てて右手を背中に隠した。黒い線が、一瞬だけ赤く光る。熱い。痛くはない。けれど、これは見せてはいけないものだという確信があった。

「何でもないよ。ちょっと擦りむいただけ」

シイナは笑った。普段通りの、姉の顔で。

セツナは笑い返さなかった。琥珀色の瞳が、じっとシイナの背中に隠された拳を見つめている。何かを言いたそうに唇が動いて、けれど言葉にはならない。

夜空に、桜色の光がもう一度だけ走り、壊れた家の屋根と庭を柔らかく照らした。黒い杭の残骸と、散らばったガラスの破片と、砕けた鉢植えの土。すべてが、光と影の対照の中に浮かび上がっている。

シイナは隠した拳を、ぎゅっと握りしめた。脈打つ線は、まだ消えていない。

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