悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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受け継がれる力

俺は、拳を握りしめていた。

 

ライドブッカーの柄を握る指が、自分のものじゃないみたいに硬くこわばっている。怒りを抑えようとしている自覚はある。けれど、抑えきれるものでもなかった。

 

セツナはもういない。

自分の身体を炎に変えて、シイナを助けることを選んだ。自分は人間じゃないと知られるかもしれないのに。シイナと一緒にいられなくなるかもしれないのに。それでも、迷わなかった。

 

そのセツナを、こいつは捕食しようとした。

 

「――何者だ、貴様」

 

男の声は相変わらず平坦だった。外套の奥の闇が、じっと俺を見ている。右手はまだ、さっきセツナを掴もうとした形のままだ。あの腕が、あの指が、セツナに触れた。

 

俺は答えない。代わりに、一歩踏み出した。

 

「その少女は、もはや人ではない。ならば我らが回収するのが理というもの」

 

「理、だと」

 

俺の声は、我ながら低すぎた。

 

「あいつは、自分が何者かわかっていて、それでも人間でいようとした。姉を守るために、自分のすべてを差し出した。そんなやつを、お前は理で片づけるのか」

 

男は答えない。ただ、外套の奥の闇が、かすかに揺らいだ。

 

俺はもう一歩、踏み出す。地面を踏む足音が、やけに大きく響いた。

 

「あいつは、俺に言ったんだ。『わたしはいいから、しーちゃんを助けて』ってな。十一歳の子供が、自分より誰かを選んだんだ」

 

ウィザードの装甲越しでも、自分の声が震えているのがわかった。怒りか、悔しさか、どちらでもない。これは、ただの。

 

「お前は、それを食おうとした」

 

俺はライドブッカーを抜いた。剣形態。刃が月明かりを反射して、白く光る。

 

「理屈なんざ、どうでもいい。お前がセツナに手を出した。それだけで十分だ」

 

男が、かすかに後ろへ下がった。初めて見せた動揺だった。

 

「貴様、何を怒っている。たかが一体の――」

 

「それ以上、言うな」

 

俺は地面を蹴っていた。距離を詰める。ライドブッカーを振りかぶり、男の外套めがけて斬り下ろす。

 

「たかが一体だと思うなら、お前は何もわかっちゃいない」

 

刃が、黒い外套を切り裂いた。

 

俺の斬撃をかわした男の腕から、また黒い触手が伸びた。狙いは、地面に横たわるシイナだ。

 

「させるか!」

 

俺はライドブッカーを振るった。刃が触手の先端を弾く。だが、硬い。さっきまでとは違う。手応えが重くなっている。

 

次の触手が、シイナの肩を掴もうとした。その瞬間――。

 

炎が、噴き上がった。

 

シイナの身体から溢れ出るように、赤と橙の炎が燃え上がる。触手が炎に触れた途端、黒い表面が焼け爛れ、男が苦鳴を上げて腕を引っ込めた。

 

「なに…?」

 

俺は思わず呟いていた。

 

シイナはまだ意識を失っている。なのに、彼女の身体を守るように炎が渦を巻いている。髪が、変わっている。元の明るい茶色じゃない。燃えるような赤だ。まるでセツナが最後に見せた、あの炎の色。

 

エンゲージリングが、シイナの指で強く輝いている。

 

炎は彼女を中心に渦を巻き、倒れたままの身体を包み込んでいく。熱いはずなのに、俺の装甲越しでも感じるその熱は、不思議と敵意を感じさせなかった。怒りでも憎しみでもない。これは、もっと別のものだ。

 

シイナの指が、かすかに動いた。

 

まだ意識は戻っていない。けれど、彼女の中で何かが目覚めようとしている。セツナが残した何かが、姉を守るために燃えている。

 

「…セツナ、お前」

 

俺は炎を見つめながら、小さく呟いた。

 

自分が消えてでも、姉を助ける。その想いが、今もまだ燃え続けている。シイナの中で、彼女を守るために。

 

男が、後ろへ下がる。外套の奥の闇が、初めて明確に揺らいでいた。

 

「ツカサさん。こいつは、私がやる」

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