庭に残された戦闘の痕跡の中、イータがしゃがみ込んでいた。手には細い試験管。もう片方の手には、小さな採取用のスパチュラ。彼女は焼け焦げた地面に残る黒い液体――あの謎の男が消えた後に残されたもの――を、慎重にすくい取っている。
「何かわかるか」
俺はイータの背後から声をかけた。彼女は顔を上げずに答える。
「まだ。でも、普通の血液じゃない。細胞組織が崩壊しながらも、まだ活動を続けてる」
イータは試験管を月光にかざした。黒い液体は、ガラスの内側でどろりと動く。生きているみたいに、ゆっくりと。
「侵略種とも違う。魔力反応も、既知のどの分類とも一致しない。面白い」
「面白い、か」
俺はイータの横顔を見た。彼女の目は、もう完全に研究者のものだ。眠そうな半開きの瞳の奥で、未知のサンプルを前にした好奇心が静かに燃えている。
「解析には時間がかかる。でも、この血はまだ宿主の情報を保持してる。調べれば、あの男が何者だったのか、何が目的だったのか、わかるかもしれない」
イータは試験管に栓をして、白衣の内ポケットへ大事そうにしまい込んだ。そして立ち上がり、俺の顔をじっと見上げる。
「ツカサ」
「なんだ」
「あの男から感じたの、知っている」
「知っている?」
「うん、私達は知っている。転生者と名乗っていた奴らと」
「そんな事があり得るのか、いや」
イータの言葉に、俺は黙り込んだ。
転生者。その言葉が、頭の中で古い記憶を引きずり出す。かつて戦った連中は、確かにそう名乗っていた。異世界から来たとか、別の人生を生きていたとか、そんな荒唐無稽な話を真顔で語る奴らだった。
だが、問題はそこじゃない。
あの連中は、本来の世界では存在しないはずの力を持っていた。仮面ライダーの力。それも、ただの模倣じゃない。オリジナルと寸分違わぬ、あるいは部分的に凌駕するほどの再現度だった。
「あり得るか、じゃない。あり得たんだ」
俺はイータの試験管を見た。黒い液体が、ガラスの内側でまだ脈動している。
「俺が前に戦った転生者とやらは、本来の世界と関係ないライダーの力を使っていた。今度の連中も、それに近いものを感じる」
「なら、今回の男も転生者?」
「わからない。でも、無関係とも言い切れない」
俺は腰のライドブッカーに手をやった。指先でカードホルダーの縁をなぞる。転生者たちが使っていた力の出所は、結局わからずじまいだった。誰かが与えたのか、自分たちで奪ったのか。あるいは、もっと別の仕組みか。
そして、もう一つ引っかかることがある。
「財団X」
俺が呟くと、イータが顔を上げた。
「あの組織が、転生者と関係してるって話?」
「確証はない。だが、あり得る話だ」
財団X。複数の世界にまたがって暗躍する組織。仮面ライダーの力や失われた技術を収集し、時には転生者とも手を組む。奴らがこの世界に目をつけていても、何の不思議もない。
「侵略種、転生者、そして財団X。全部が無関係とは思えないな」
俺は試験管の中の黒い血を見つめながら、頭の中でピースを並べる。まだ足りない。あと数個、何かが揃えば、全体像が見えてくるはずだ。