悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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狩りの本能

街灯の光が濡れた路面に滲む夜、ケルビムの白金の装甲が一歩進むたびに、空気が押し潰されるように鳴った。翼を思わせる背のユニットが微かに震え、羽根ではなく“圧”だけが周囲に落ちる。デルタは走らない。獲物の距離を測る獣みたいに、体重を前へ移し、次の瞬間には既に踏み込みの位置にいた。

 

「ほら、来いよ。どうせ届かねぇんだ。俺の前じゃ全部止まる」

 

六道は笑いながら、指先を軽く振った。見せびらかすような余裕。だがデルタは声ではなく、足元のわずかな沈み込みと、喉の動き――呼吸の浅さを見ていた。言葉の多い奴は、頭の中が忙しい。忙しい奴は、“同じこと”を維持するのが下手だ。デルタの直感は、それを匂いとして掴む。

 

「俺の術式はな、無限だ。近づこうとしても永遠に辿り着けない。六眼で全部見えてるし、呪力も尽きない。最強ってのは、そういうことだろ?」

 

六道がさらに一歩、わざと近づく。挑発の距離。守りに胡座をかいた者が、攻めの瞬間だけ雑になる距離。デルタはその“雑さ”に合わせて動いた。拳を突き出すのではない。体ごとぶつける。短い最短の衝突。

 

衝撃は届かないはずだった。実際、拳の先端は、透明な膜に阻まれたように止まり、そこから先へ進まない。距離が増殖していくような感触。六道は勝ち誇った顔をする。だがデルタは、止まった拳を引かず、そのまま圧を掛け続けた。止まるものに“止まり続ける負荷”を与える。その発想が、理屈ではなく本能の戦い方だった。

 

「無駄無駄。届かないって。理解しろよ、天使ごっこ。俺の無限は――」

 

「止めてるんじゃない」

 

デルタの声は低い。短いのに、切れ味があった。

 

「止め続けてる」

 

六道の眉がぴくりと動く。デルタはそこを見逃さない。止め続けるには、維持が要る。維持には、集中が要る。集中は、乱されれば崩れる。デルタは“崩し方”を知らない。だが、“崩れる匂い”は嗅げる。

 

デルタはオストデルハンマーを振り上げ、六道ではなく地面を叩いた。轟音。路面が割れ、水たまりが爆ぜ、瓦礫と粉塵が跳ね上がる。逃げ場を潰すためでも、派手にしたいわけでもない。単純に、止めるものを増やす。六道が言った“全部止まる”を、逆手に取る。

 

「は? 地面殴ってどうすんだよ。俺は無限だって――」

 

言いながら六道の視線が散る。飛び散る破片、跳ねたマンホールの蓋、砕けたガラス片。止める対象が増えた瞬間、六道の“当たらないはず”の余裕が薄くなる。デルタはその薄さを、獣が風向きの変化を読むみたいに感じ取った。

 

デルタは一歩、踏み込む。さっきよりも深く、さっきよりも速く。六道の“膜”がまた伸びる。だが今度は、膜の向こうで六道が一瞬だけ呼吸を詰まらせた。熱が混じる。デルタはオーインバスターの照準を合わせるのではなく、六道の周囲へと撃った。路面、壁、街灯の支柱。エネルギー弾が跳ね、破片が散り、衝撃と熱と音が同時に押し寄せる。六道が維持し続けるべき“無限”に、雑音が流れ込む。

 

「無意味だって! 俺の無限は、攻撃そのものを止める! 当たらない! 焼けない! 壊れない!」

 

六道は言い切る。自分に言い聞かせるように。デルタは、言葉ではなく瞳孔の揺れを見る。六眼とやらで見えているなら、見えすぎているはずだ。情報が多いほど、処理は重い。デルタは難しいことは考えない。ただ、相手が“忙しい顔”になったと分かった瞬間、勝ち筋の匂いが濃くなった。

 

デルタは再び踏み込み、今度は腕を伸ばした。掴むためではない。掴めるか確かめるためだ。六道の“膜”が働く。だが、その働きがさっきより遅い。ほんの一瞬、遅い。デルタの指先が、空気を越えた気配がした。

 

「……っ、今の、近――」

 

六道が言い切る前に、デルタはさらに地面を砕き、さらに熱と衝撃を重ね、さらに腕を伸ばす。獣が獲物に噛みつく直前に、逃げ道を全部潰していく手順と同じだ。六道の無限は“壁”じゃない。“維持”だ。維持は、乱せば薄くなる。その薄さに牙を差し込めばいい。

 

「お前、勘違いしてる」

 

デルタの声は相変わらず短い。

 

「最強は、しゃべらない」

 

次の瞬間、六道の表情が崩れる。自信の形が歪む。自慢げに語ったはずの能力が、言葉ほど完璧じゃないと、本人が気づきかけている顔だった。デルタはそこに、確かな“匂い”を嗅いだ。勝てる匂い。維持が崩れる匂い。あとは噛みつくだけ。

ケルビムの白金の装甲が夜気を押し下げるようにきしみ、路面に残った水膜が微かに震えた。デルタは相手の“届かない”という理屈を理解しようとしない。理解の代わりに、相手がそれを維持している匂い――呼吸の浅さ、視線の散り、喉の動きの硬さを拾い、そこへ重い一撃を投げ込む準備を整えた。

 

「結局さ、どれだけ大口叩いても無駄なんだよ。俺は最強。お前の攻撃は、俺に届かない」

 

六道は笑みを崩さない。指先で空気をなぞる仕草まで余裕の演出に見える。自分の周囲に“距離”を増殖させる膜を張り、それが絶対の盾だと信じ切っている。デルタは返事を短く落とし、腰のドライバーへ手を伸ばした。

 

「止めるなら、止め続けろ」

 

言葉の次の瞬間、デルタの手に握られていたバイスタンプが白金の翼の下で光った。外装に刻まれた獣の意匠――巨体、牙、踏み潰すための質量の象徴。デルタはそれを躊躇なくドライバーへ叩きつけるように押し込み、ハンドルを捻る。『MAMMOTH!』重く響くコールと同時に、機構が噛み合う金属音が連鎖し、続いてドライバーが低く吠えた。『DOMINATE UP!』さらに一拍遅れて、増設出力の宣言が夜を切る。『GENOMIX!』

 

音が鳴っただけで、周囲の空気の密度が変わった。背中の翼が一瞬だけ大きく開き、羽根が舞うのではなく、空間が圧縮されて沈む。周囲の雑音がわずかに遅れ、街灯の明かりが一拍遅れて揺れる。ケルビムの装甲の隙間に、別の装甲が噛み合っていくのが見えた。

 

まず、前腕。白金の腕甲の上に、灰白色の衝撃吸収装甲が重なり、外側に筋張ったリブが浮き上がる。叩けば叩くほどに返ってくる反力を殺し、逆に打撃へ変換するための構造だ。次に脚。膝から下にかけて厚いプレートが装着され、足裏の接地面が拡大する。踏み込みは遅くなるはずなのに、デルタの重心はむしろ安定し、地面に“刺さる”ような踏み方へ変わる。最後に背部。両肩甲骨のあたりから、巨大なブーメラン状の刃が二枚、スライドして固定された。刃の縁は鋭いのに、軽さを感じさせない。振るうための武器ではなく、現実を削って戦場を重くするための塊だ。

 

それは刀でも槍でもない。戦場のルールを壊すための道具だ。投げれば回転し、回転すれば風を切って空間を削り、当たれば斬るのではなく“抉る”。重量と慣性で軌道が乱れにくく、狙いを外しても地面や壁を切り裂き、破片と粉塵を増やし続ける。防御が“届かせない”ための仕組みなら、その仕組みが嫌がるものを増やせばいい。止める対象を、止めるべき情報を、処理しなければならない現実を、こちらから押し付ける。マンモスはそのための武装だった。

 

「はは、何それ。武器増やしたところで意味ねーって。止まるんだよ。お前の攻撃は全部、俺の前で」

 

六道はまだ余裕を崩さない。デルタが何を付けようと結論は同じだと決めつけている。だからこそ、デルタは狙いを六道本人へ限定しない。

 

デルタは一歩踏み込み、足を落とした。踏み潰すというより、地面へ楔を打ち込むような踏み込みだ。路面が沈み、遅れて爆ぜる。アスファルトが割れ、下の砂利が噴き上がり、粉塵が街灯の光を白く濁らせる。重い。音が重い。衝撃が重い。空気が一瞬、胸に張り付く。マンモスの脚部装甲が、その反動を吸い込み、さらに踏み込みへ返す。デルタの動きは鈍らない。むしろ、地面が壊れるたびに安定が増していくように見える。

 

六道は動かない。防御の膜に守られているという確信があるからだ。崩れない笑みのまま、デルタを見下ろす。

 

「無駄無駄。地面壊して何になる? 俺に届かなきゃ――」

 

デルタは背中のマンモス武装を片手で引き抜き、回転の予備動作すら最小限で投げた。ブーメランが夜を裂き、空を切る音が遅れて追いつく。狙いは六道の頭でも胸でもない。六道の背後の壁面。そこを抉り、コンクリートを砕き、破片を撒く。粉塵と破片が六道の周囲を覆い、街灯の光が乱反射して視界を荒らす。

 

「おいおい、目くらまし? 無駄だって。六眼で全部――」

 

六道が言い切る前に、デルタはもう一本を投げる。今度は足元。路面を深く抉り、マンホールの縁を削り、金属音と火花を散らす。破片は跳ね、粉塵は渦を巻く。止めるべきものが増える。止めても止めても終わらない“余計な現実”が増える。

 

それでも六道は余裕を崩さない。自分の防御は絶対だと信じ、あくまで口元を吊り上げたまま、膜を維持する。維持しているつもりで、維持に必要な意識をじわじわ削られていることにも気づかずに。

 

デルタはそこへ、さらに重い一歩を重ねた。踏み込みのたびに地面が鳴り、街の構造物が震える。マンモスの武装はただの刃ではない。戦闘の舞台を“重くする”装置だ。重くすれば、相手は余裕を演じるのが難しくなる。止め続けるという行為が、体力ではなく集中の負担として蓄積される。デルタは理屈を語らない。だが、狩りの天才のように、獲物が耐えきれない条件だけを淡々と積み上げていく。

 

六道の笑みはまだ崩れない。だが、その笑みのまま、目だけが一瞬だけ泳いだ。粉塵の渦、破片の跳弾、割れた路面の段差、視界を乱す光の反射。全部を止める、全部を見切る、全部を管理する――その“全部”が、マンモスの一手で重くなっていく。デルタはその一瞬の泳ぎを見て、武装を呼び戻す。ブーメランが弧を描き、再び手元へ戻る。重量が掌に収まる感触が、戦いの主導権そのもののように確かだった。

 

「続ける!」

 

デルタの声は低い。煽りではない。命令でもない。事実の提示だ。

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