リビングの片隅で、シイナが難しい顔をしていた。さっきまであれだけ戦っていたのに、もう傷は塞がっている。セツナが残した力のおかげか、あるいは、もともと彼女自身に備わっていた何かか。どちらにせよ、今は考えても仕方のないことだ。
「転生者って、なに?」
シイナが顔を上げて、俺を見た。無理もない質問だ。さっきまでイータと交わしていた会話に、聞き慣れない言葉が混ざっていたのだから。
「簡単に言えば、普通じゃ説明できない力を持った人間だ」
俺は壁にもたれながら答えた。長々と説明するようなことじゃない。要点だけ伝えればいい。
「こことは別の世界の記憶を持ってる。それだけじゃない。本来いるはずのない世界で、本来持っているはずのない力を使う。仮面ライダーの力を持った転生者もいた」
「別の世界の、記憶」
シイナは自分の手を見つめた。左手の薬指で、エンゲージリングが静かに光っている。セツナが残した指輪だ。彼女は何かを考えるように、指輪の表面をそっと指でなぞった。
「じゃあ、ツカサさんたちも転生者なの? だって、こことは別の世界から来たんでしょ?」
「違う」
俺は短く否定した。シイナの疑問はもっともだが、正確には違う。
「俺たちは別の世界から転移してきただけだ。転生者みたいに、誰かの人生をやり直してるわけじゃない。記憶も、力も、元から俺たち自身のものだ」
「そう、なんだ」
シイナは少しだけ安心したような顔をした。彼女の中で、俺たちがどんな存在なのか、少しだけ整理がついたのだろう。
「あの、ツカサさん」
今度は別の声がした。セツナだ。いや、正確にはセツナの意思が宿ったエンゲージリングを通して、彼女の声が聞こえている。シイナの左手から、かすかに響くような不思議な響きだった。
「じゃあ、わたしは……転生者なのかな。普通の人間じゃないんだよね、わたし」
セツナの声は、まだ迷っていた。自分が何者なのか、はっきりとはわかっていない。シイナに負担をかけたくないという思いと、それでも真実を知りたいという思いが、声の端々に滲んでいる。
「まだわからない」
俺は正直に答えた。わからないことを、わかったふりでごまかすのは得意じゃない。
「お前が何者かは、これから調べる。侵略種との関係も、魔人との関係も、まだ何もわかっちゃいない。だが、わからないなら調べればいい」
「調べるって、どうやって?」
シイナが顔を上げた。青緑色の瞳が、真っ直ぐに俺を見ている。
「情報を集める。さっきの男の血液はイータが回収した。あれを解析すれば、何かわかるかもしれない。それに、EXCEEDSって組織が動き出した。はやてが総督なら、何か知っているはずだ」
「はやてさん……さっきニュースに出てた人?」
「ああ。俺の教え子だ。昔、少しな」
シイナは少しだけ目を丸くした。無理もない。さっきまでテレビの中でしか見ていなかった人物が、いきなり身近な存在になったのだから。
「調べる必要がある。侵略種のこと、転生者のこと、お前たち姉妹のこと。そして、もし財団Xが関わっているなら、なおさらな」
俺の言葉に、シイナは小さく頷いた。彼女もまた、自分たちの置かれた状況を理解しようとしている。ただ守られるだけじゃなく、自分から動こうとしている。
その時、リビングの外から派手な物音が聞こえた。何かを叩く音、削る音、そしてデルタの楽しそうな声。
「そこ、もっと固く! ツカサがうるさいから!」
「うるさくて結構だ。ちゃんと補強しろ」
俺が声をかけると、デルタが顔だけを覗かせて「わかってる!」と叫んだ。その後ろでは、イータが端末を片手に改築の指示を出している。壁の補強、窓の装甲板の交換、侵入経路になりそうな場所の封鎖。さっきの襲撃で壊れた箇所を、さらに頑丈にして作り直しているらしい。
シイナが、呆然とした顔でその様子を見つめていた。
「あの……あたしの家、なんですけど」
「気にするな。イータは一度始めると止まらない」
俺の隣で、ゼータが小さくため息をついた。いつの間にか、彼女もシイナの隣に座っている。金色の尾が、そっとシイナの背中に触れた。
「イータは、自分の家だと思うと徹底的にやる。多分、もうここを自分たちの拠点だと思ってる」
「拠点……」
「前に別の世界でお世話になった家も、いつの間にか要塞になってた。あの時は砲台まで付いてた」
「砲台」
シイナが、さらに呆然とした顔で繰り返した。彼女の視線の先では、イータが壁に新しい装甲板を取り付けながら、デルタに指示を飛ばしている。
「デルタ、そこの梁、弱い。補強して」
「こう?」
「もっと右。あと、ついでに屋根にもう一枚」
「了解!」
シイナの家は、確実に何か別のものに変わろうとしていた。少なくとも、普通の離島の民家ではなくなっている。
「大丈夫。イータはちゃんと元に戻せる」
ゼータが静かに言った。
「それに、壊すよりは守る方が得意。今は、ここを守ろうとしてる」
シイナはしばらく黙っていた。自分の家がどんどん変わっていく様子を、何とも言えない表情で見つめている。でも、その口元には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
「守ろうとしてくれるのは、ありがたい、けど」
シイナは、こめかみを指で押さえた。
「せめて、一声かけてほしかったかな」
「それは無理。イータは説明が面倒になると、勝手にやる」
「そうなんだ……」
シイナのため息が、リビングに小さく響いた。ゼータは何も言わず、ただ静かに彼女の隣に座っている。時々、尾だけが慰めるように揺れていた。