壁に新しい装甲板が取り付けられ、窓という窓に補強フレームが追加されていく。俺はリビングの隅から、シイナの横顔を盗み見た。さっきまで呆然としていた彼女の目が、少しだけ変わっている。諦めじゃない。呆れでもない。何かを探している目だ。
「シイナ」
声をかけると、彼女はゆっくりと振り返った。青緑色の瞳が、俺をまっすぐに見る。
「お前は、さっきの戦いで自分の力を使った。自覚はあるか」
「力、って…炎のこと?」
「それだけじゃない。エンゲージリングを通して、セツナの力を借りた。だが、借りたままだと、お前自身の力にはならない」
シイナは自分の左手を見つめた。薬指のリングが、かすかに光っている。
「あたしの、力」
「ああ。お前がこれから戦うなら、自分の力で戦えるようになる必要がある。セツナに頼るだけじゃなく、お前自身が強くなれば」
俺は一度、言葉を切った。シイナはまだ、自分の左手を見つめている。
「お前が力を高めて、制御できるようになれば、セツナの人格が表に出てくる可能性がある」
シイナの指が、ぴくりと動いた。顔を上げた彼女の目が、さっきよりも強く光っている。
「セツナと、話せるようになるの?」
「保証はできない。だが、あいつはお前の中にいる。力を強くすれば、その分だけ、あいつの存在も強くなる。理屈としてはな」
シイナはリングを握りしめた。左手を胸の前でぎゅっと固めて、唇を引き結ぶ。泣き出すんじゃないかと思ったが、違った。彼女は笑っていた。口元だけで、小さく、けれど確かに。
「やるよ。強くなる」
彼女の声は、震えていなかった。
「あたし、セツナともう一度話したい。ちゃんと、自分の口で、ありがとうって言いたい。それに」
シイナは顔を上げて、まっすぐに俺を見た。
「守ってもらうだけじゃ、嫌だ。あたしも、セツナと一緒に戦いたい」
俺は少しだけ、口元を緩めた。自分でも気づかないくらい、ほんの少しだけ。
「いい顔だ。強くなる奴は、たいていそう言う」
「ツカサさん、あたしに教えてくれる?」
「俺に聞くな。自分で決めろ。そのために、まずは基礎だ。炎を出すだけじゃなく、抑えることも覚えろ」
「抑える?」
「力は、使うだけが能じゃない。制御できなければ、周りを巻き込む。お前が守りたいものを、お前の手で壊すことになる」
シイナは、自分の左手をじっと見つめていた。
薬指に嵌まったエンゲージリングが、かすかに光っている。セツナが残した炎の欠片。妹が自分を選んだ証。シイナはそのリングを、壊れ物を扱うみたいにそっと指でなぞった。
「あたし、強くなる」
声は震えていなかった。さっきまで呆然と家の改築を見ていた時とは、まったく違う響きだ。
「セツナがくれた力だもん。無駄にしたくない。ちゃんと使えるようになって、今度はあたしが守る番だ」
彼女は顔を上げた。青緑色の瞳が、まっすぐに俺を見ている。そこにはもう、迷いはなかった。
「ツカサさん。あたしに教えてほしい。力の使い方も、抑え方も、何もかも。あたし、まだ何もわかってないから」
俺は壁にもたれたまま、少しだけ口元を緩めた。こういう時のシイナは、なのはに少し似ている。自分が弱いと認めて、それでも前に進もうとする。素直さと強さを、同時に持っている。
「教えることはできる。だが、最後に決めるのはお前だ」
「わかってる」
「痛い思いもするぞ。炎は、扱い方を間違えれば自分も焼く」
「それもわかってる。でも」
シイナはリングを握りしめた。指の隙間から、かすかに光が漏れる。
「セツナは、あたしを助けるために自分を選んだんだ。自分の正体がバレるかもしれないのに、迷わなかった。なら、あたしも迷ってる場合じゃない」
俺は壁から背を離した。言うべきことは、もう決まっている。
「なら、明日からだ。まずは自分の力がどれだけ出せるか、把握するところから始める」
「明日から?」
「今すぐやりたいか」
シイナは一瞬、動きを止めた。それから、自分の足元を見下ろす。まだ戦闘の痕跡が残る床。砕けた窓ガラス。焼け焦げた庭。そして、彼女自身もさっきまで傷だらけだった。