あれから、二ヶ月が経った。
島の朝は早い。太陽が水平線から顔を出すより先に、シイナは起きている。最初の一週間は俺が起こしていたが、今はもう自分で目を覚ます。特訓を始めて三日目に「起こしてもらうのは悪いから」と言って、それからずっとそうだ。
浜辺に作った即席の訓練場は、潮風と砂と、時々やってくる侵略種の襲撃に晒されながら、二ヶ月の間にすっかり様変わりしていた。イータが設置した計測器が岩場に並び、ゼータが作った簡易的な障害物コースが砂浜を横切っている。デルタは毎朝、俺たちより先に来て、準備運動代わりに岩を砕いていた。
「構えは、もういい。次は動きながらだ」
俺はライドブッカーを杖代わりに地面へ突き、シイナの動きを観察していた。彼女は俺の正面で、両手を前に掲げている。指にはエンゲージリング。その奥に、セツナがいる。
「動きながら、って…走りながら撃つの?」
「そうだ。侵略種は止まって的になってくれる相手じゃない。お前が動けば、敵も動く。その中で狙いを定めろ」
シイナは小さく頷き、砂浜を走り出した。まだ夜明け前で、空は藍色から薄橙に変わる途中だ。彼女の足跡が、波打ち際に点々と続いていく。
『KAMEN RIDE WIZARD!』
変身音声が浜辺に響く。シイナの身体を黒と赤の装甲が包み、胸部に魔法陣が浮かび上がる。最初の頃は変身するだけで息を切らしていたが、今はもう走りながらでも問題なく展開できる。二ヶ月の積み重ねは、嘘をつかない。
「そこだ、右の岩」
俺が指さすより早く、シイナは岩場の陰に潛んでいた侵略種の残骸——イータが訓練用に動かしている標的——へ向けて、右手をかざした。掌から放たれた炎の弾丸が、岩を砕き、標的を焼く。
「当たった!」
「まだだ。今ので位置がバレた。次は上から来るぞ」
俺の言葉に、シイナは即座に後方へ跳んだ。次の瞬間、さっきまで彼女が立っていた場所に、別の標的が上から降ってくる。跳躍からの着地、そして振り返りざまの二射目。標的は空中で炎に包まれ、黒い粒子になって消えた。
「よし、ここまで」
俺はライドブッカーを引き抜き、終了の合図を地面に叩きつけた。シイナは変身を解除し、膝に手をついて荒い息を整えている。額には汗が浮かび、肩が上下している。でも、顔を上げた彼女の目には、まだ力が残っていた。
「どう、だった?」
「悪くない。動きながらの照準は、あと少しで実戦レベルだ。だが、まだ課題がある」
「なに?」
「お前は、標的を倒すことに集中しすぎる。戦闘中は、周囲も見ろ。倒した敵の破片がどこに飛ぶか、次の敵がどこから来るか、味方はどこにいるか。全部、同時に把握しろ」
シイナは真剣な顔で頷いた。こういう時の彼女は、本当に素直だ。自分の足りない部分を認めて、それを直そうとする。十七歳でこれができる奴は、そう多くない。
「ツカサさんは、それができるの?」
「できないなら、とっくに死んでる」
俺は肩をすくめた。事実だ。複数の世界を渡り、数えきれない敵と戦ってきた。その中で、目の前の敵だけを見て生き残れるほど、現実は甘くない。
「あたしも、できるようになるかな」
「なれる。お前はもう、二ヶ月前とは違う」
シイナは少しだけ驚いた顔をして、それから小さく笑った。俺が素直に褒めるのは珍しいと、自分でも思う。でも、事実は事実だ。
二ヶ月前、彼女はただのハンターだった。銃は扱えたが、それは祖父から受け継いだ道具を使っていただけだ。今は違う。自分の内側にある力と向き合い、それを武器に変えようとしている。
「…あのさ、ツカサさん」
シイナが、自分の左手を見つめながら言った。エンゲージリングが、朝日を受けて静かに光っている。
「セツナは、ちゃんとここにいるよね」
「ああ。お前が強くなるたびに、リングの光は強くなってる。あいつは、お前の中でちゃんと生きてる」
シイナはリングを握りしめた。指の隙間から、かすかに光が漏れる。
「もっと強くなる。セツナともう一度、ちゃんと話せるように」
「そのために、まだやることがある」
俺は砂浜の先、朝日が昇る水平線を見た。二ヶ月の特訓で、シイナは基礎を固めた。次は、より実戦的な訓練が必要になる。
「明日からは、デルタとゼータも交えての模擬戦だ。一人で戦う訓練は終わりだ。次は、誰かと連携しながら戦え」
「デルタさんとゼータさんと?」
「ああ。あいつらは手加減を知らない。でも、死ぬことはない。いい経験になる」
シイナは一瞬だけ顔を引きつらせた。無理もない。デルタの模擬戦は、本気で殺しに来ているように見える。ゼータは気配を消して背後を取る。二人とも、訓練でも容赦はしない。
「…わかった。やる」
「いい返事だ」
俺は背を向けて、家への道を歩き出した。背後で、シイナが砂を蹴る音がする。波の音と、遠くで鳴く鳥の声と、彼女の足音。二ヶ月前にはなかった音だ。