シイナの炎は、もう暴走しない。浜辺での特訓を始めた頃は、感情が高ぶるたびに指先から火の粉が散り、イータが設置した計測器を何度も焼き焦がした。怒りでも悲しみでも、強い感情がトリガーになっていたのだ。
今は違う。
彼女は自分の意思で炎を起こし、自分の意思で炎を消す。右手をかざせば掌に火球が生まれ、指を閉じれば跡形もなく消える。制御は完璧だ。少なくとも、訓練の範囲では。
「どう?」
シイナが右手を見せながら、俺の顔を覗き込んだ。掌の上で、小さな炎が踊っている。橙色から青へ、そしてまた橙色へ。色の変化まで自在に操れるようになっていた。
「悪くない。もう教えることはない」
俺はライドブッカーを腰に戻しながら答えた。シイナは一瞬、嬉しそうに笑ったが、すぐにその笑みを引っ込める。彼女の左手で、エンゲージリングが静かに光っている。
「でも、セツナはまだ出てこない」
シイナの声は、悔しさと寂しさが混ざっていた。
二ヶ月の間、彼女は力を高めることだけに集中してきた。炎を制御し、戦い方を覚え、侵略種と渡り合えるだけの力をつけた。そのすべては、セツナともう一度話すためだった。なのに、リングは光るだけで、セツナの声は聞こえない。セツナの意思は、まだ表に出てこない。
「力が足りないのかな」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
俺は正直に答えた。セツナがなぜ表に出てこないのか、理由はわからない。単純にシイナの力がまだ足りないのかもしれないし、セツナ自身が何かの理由で出てこられないのかもしれない。あるいは、もっと別の条件が必要なのか。
「わからないなら、調べるしかない」
「調べるって、どうやって?」
「ここにいても、情報は増えない。侵略種のことも、魔人のことも、転生者のことも、財団Xのことも、何もわかっちゃいない」
俺は水平線を見た。海の向こうに、本土がある。瑞穂の主要都市。EXCEEDSの拠点も、どこかにあるはずだ。
「旅に出る。島を離れて、本土へ行く。はやてに会えば、何かわかるかもしれない」
「はやてさんって、EXCEEDSの総督の?」
「ああ。あいつなら、侵略種や魔人について詳しい情報を持っているはずだ。それに、セツナのことも何か知っているかもしれない」
シイナはリングを握りしめた。指の隙間から、かすかに光が漏れる。
「セツナのことも、調べられるかもしれないんだね」
「保証はできない。だが、ここで待っているよりはマシだ」
俺はシイナの目を見た。青緑色の瞳が、真っ直ぐに俺を見返す。
「お前が決めろ。島を離れるか、ここに残るか」
シイナは一瞬だけ、家の方を見た。イータが改築した家。デルタとゼータが待っている家。セツナと二人で暮らしてきた、たった一つの家。
「行くよ」
彼女の声は、迷っていなかった。
「ここで待ってても、何も変わらない。セツナに会うために、もっと強くなるために、あたしは行く」
俺は小さく息をついた。ため息というより、笑いに近い。
「決まりだな」
「うん。でも、ちょっとだけ準備する時間をくれる? 学校にも連絡しなきゃだし、家のことも」
「好きにしろ。どうせ俺たちは、いつでも旅の途中だ」