島を離れる朝は、いつもより少しだけ風が強かった。
デルタとゼータとイータは、改築した家に残る。正確には、イータが「拠点の維持と周辺の侵略種の監視が必要」と言い出し、デルタが「たまには留守番も悪くない」と尾を振り、ゼータが「三人いれば、たいていのことは片づく」と静かに頷いた結果だ。俺から指示を出したわけじゃない。三人が自分たちで決めたことだ。
「ツカサ、そっちは任せる」
玄関先で、ゼータが短く言った。金色の尾が、かすかに揺れている。
「何かあったら呼んで。すぐ行く」
「呼ぶまでもない。お前たちは、こっちを頼む」
「了解!」
デルタが大きく手を振る。イータは端末を操作しながら、顔も上げずに「通信は繋いでおく。異常があれば連絡する」とだけ言った。三人とも、見送りに湿っぽさはない。これが俺たちのいつもの別れ方だ。
シイナは家を出る直前、リビングの真ん中で立ち止まった。セツナと二人で使っていた食卓。壁に掛けられたカレンダー。窓辺に並べられた鉢植えのうち、まだ無事だったもの。彼女はそれらを一つひとつ、目でなぞるように見つめてから、小さく息を吐いた。
「行ってくるね、セツナ」
左手のリングに向かって、彼女はそう呟いた。リングは、かすかに光った気がした。
* * *
本土へ向かう道は、大きく分けて二つある。定期船で海を渡るか、橋の架かった隣の島まで移動して陸路を行くか。俺たちは後者を選んだ。橋を渡れば、あとは街道を進むだけだ。シイナは対物狙撃銃を背負い、腰には散弾銃とハンドガン。旅支度というより、完全武装に近い。
「橋を渡った先に、小さな町がある。そこで一泊して、明日には本土行きの船が出るはず」
シイナが地図を広げながら説明する。ハンターとして島の地理に詳しい彼女の案内は、迷いがない。
「その町までは、どれくらいだ」
「歩いて半日。山道を越えるから、少し遠回りになるけど」
「構わない。安全な道を選べ」
シイナは地図を畳み、背負っていた対物狙撃銃の位置を直した。旅慣れているわけじゃない。けれど、危険な場所を歩くことには慣れている。それが、この世界で生きるということなのだろう。
* * *
異変を感じたのは、橋を渡ってしばらく進んだ山道だった。
風向きが変わった。潮の匂いに混じって、別の匂いがする。湿った土と、腐った魚と、それから鉄錆びのような。俺は足を止め、前方の茂みを注視した。
「ツカサさん?」
「下がっていろ、シイナ」
俺が言い終わる前に、茂みが爆ぜた。
飛び出してきたのは、蜥蜴に似た体型の侵略種だった。四肢は異様に長く、関節が人間とは逆方向に曲がっている。外皮は濡れたように光り、背中からは短い棘が何本も突き出していた。体長は二メートルほど。一匹じゃない。茂みの奥で、まだ複数の気配が動いている。
「一匹、二匹、三匹…奥にもいる。全部で五匹か」
シイナが散弾銃を構える。彼女の声は、もうハンターのものだった。
「ツカサさん、どうする?」
「まずは数を知る。イータ、聞こえるか」
『聞こえてる。周辺の反応、確認した。五匹、全部同じ個体群。ボスらしき大型反応はなし』
イータの声が、通信機から淡々と流れる。家に残っていても、彼女は俺たちの動きを追跡している。
「なら、ここで全部倒す。シイナ、お前は右の二匹を頼む」
「了解。ツカサさんは?」
「俺は左の三匹だ」
俺はカードを抜き、ドライバーに装填した。
『KAMEN RIDE DECADE!』
マゼンタの装甲が全身を覆う。ライドブッカーを剣形態で抜き、先頭の個体へ向けて踏み込んだ。