悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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最強の恐怖

マンモスの武装が戦場を“重く”していく中で、六道の笑みだけが不自然に浮いていた。割れた路面、舞い続ける粉塵、跳ねる破片――全部を止めると言い張り、止め続けることに意識を吸われているのに、口元だけは余裕を演じたままだ。デルタはそこに付き合わない。崩れない顔ほど、崩れた瞬間が分かりやすい。ツカサと旅して学んだのは、技じゃなくて癖の見抜き方だ。防御を誇る奴は、守りが揺れた瞬間に“声”が大きくなる。つまり、次に伸びるのは舌だ。なら、次は喉を詰まらせる。

 

デルタはマンモスのブーメラン刃を手元に戻したまま、もう一つのバイスタンプを取り出す。獣の意匠が異なる。燃える鬣、鋭い爪、胸の奥で唸る炉心。力を“熱”に変換するための獣。デルタはそれを躊躇なくドライバーへ叩き込み、ハンドルを捻った。

 

『LION!』

『DOMINATE UP!』

『GENOMIX!』

 

音声が鳴った瞬間、空気の温度が変わる。炎が出たわけじゃないのに、夜の冷えが押し返される。ケルビムの肩に獅子の意匠を刻んだ装甲が噛み合い、前腕には爪のようなガントレットがせり出す。胸部――白金の装甲の奥で、獣が息をするみたいな低い鼓動が鳴った。獅子炉。熱と圧を溜め込み、吐き出すための心臓だ。マンモスで“重さ”を足し、ライオンで“熱量”を足す。デルタのやっていることは単純で、止めるものを増やすという一言に尽きる。

 

「何、また付け足してんだよ。意味ねぇって。無限は――」

 

六道は言い切りながらも、わずかに首を引いた。粉塵の中に混じる熱気が、喉の粘膜を刺したからだ。届かないはずなのに、息が苦しい。自分の防御は攻撃を止める。距離は無限に挿し込まれて、接触は成立しない。頭ではそう理解しているのに、身体が先に反応する。汗が額に浮く。街灯の光が眩しく見える。瞳孔が開閉する。

 

「無駄だ、無駄無駄。熱も衝撃も止まる。全部止まるんだよ、俺の――」

 

六道が“全部”を強調した瞬間、デルタが踏み込んだ。マンモス装甲で地面へ楔を打ち込むような一歩。衝撃でアスファルトが沈み、次の瞬間に割れる。その割れ目へ、ライオンの熱が落ちた。火炎というより、圧縮された熱量が夜の空気を膨張させ、粉塵を上へ押し上げる。火の粉が舞い、破片の縁が赤く焼ける。街の一角が、急に“炉”になった。

 

六道の無限は、デルタの拳を止める。だが、街そのものの破壊と熱膨張と粉塵の乱流まで、完璧に制御できるほど繊細じゃない。止めようとしているのに、情報が多すぎる。止め続けるほど、維持のコストが重くなる。六道はそれを認めたくなくて、さらに声を張った。

 

「俺の六眼は全部見えてる! 術式は完璧だ! お前の攻撃は届かねぇ! だから――」

 

言葉の途中で、六道の視界が揺れた。デルタがマンモスのブーメラン刃を投げたからじゃない。投げる前から熱で空気が歪み、街灯の光が揺らいで見えた。見えている情報が増えすぎて、逆に焦点が定まらない。六眼を誇るほど、視界がノイズに埋もれていく。

 

デルタはブーメラン刃を投げる。狙いは六道ではない。六道の背後の壁。回転刃がコンクリートを抉り、破片を撒く。その破片はただの瓦礫じゃなく、ライオンの熱で焼けた“赤い破片”だ。飛び散るたびに、空気の温度が針のように刺さる。六道の膜の外側で起きている現象なのに、喉が熱で乾く。恐怖が、理屈を追い越して足元を掴む。

 

「……っ、なんで……熱……?」

 

六道は自分で呟いてから、慌てて口を結ぶ。認めたくない。効いているなんて。無駄なはずだ。届かないはずだ。最強のはずだ。なのに、胸の奥がざわつく。自分が“安全地帯”にいるはずなのに、世界の方が壊れ始めている。その壊れ方が、自分の術式の外側から侵食してくるように感じる。

 

デルタは淡々と、六道の反応を見ていた。視線の揺れ、息の詰まり、強がりの声の高さ。崩れ始めている。なら、次はその崩れを加速させるだけだ。デルタはライオンの爪ガントレットを握り込み、獅子炉を鳴らす。胸の奥で“加圧”が完了した合図のように低音が響き、同時にマンモス装甲が衝撃を受け止める姿勢へ移る。

 

「無駄だ、無駄だ無駄だ! 無限なんだよ! 近づけない! 触れない! 当たらない!」

 

六道は叫びながら、ほんの一歩だけ後ろへ下がった。自分では気づかないほど自然に。足が勝手に逃げた。恐怖が、身体を正直にした。デルタはその一歩を見逃さない。逃げる方向が分かれば、追い詰める角度が決まる。ツカサの教えは、こういう場面で効く。相手の理屈を否定しない。理屈を成立させる余裕を奪う。

 

デルタはマンモスの重い踏み込みで路面を砕き、ライオンの熱で空気を膨張させ、逃げ道の“環境”そのものを悪化させる。六道が止めるべきものは増え続け、止め続けるほど維持は重くなる。六道は笑みを保とうとするが、口角が痙攣して上がらない。目が乾いて瞬きが増える。最強のはずの自分が、ただ立っているだけで苦しい。そんな現実が怖い。

 

マンモスの重さが街を沈ませ、ライオンの熱が夜の空気を膨張させるたび、六道の「無駄だ」という声だけが場違いに明るく跳ねた。粉塵は熱でゆらぎ、街灯の光は蜃気楼みたいに歪む。路面は割れて段差になり、砕けたコンクリ片が赤く焼けて転がり、金属片が火花を引きずりながら跳ねた。止めるべき現実が増えるたびに、六道の防御は“働いている”はずなのに、本人の呼吸が浅くなる。自分の術式が世界を支配しているという顔を崩さないために、六道は声を大きくする。声が大きくなるほど、デルタは確信していく。もう余裕じゃない。余裕のふりだ。

 

デルタはブーメラン刃を手元へ戻し、次のスタンプを抜いた。獣の意匠は翼と爪、そして獲物を裂くための輪郭を持っている。マンモスが「場を重くする」なら、ライオンは「場を熱くする」。その二つの上に、最後の一つを重ねれば、残るのは“逃げ道”じゃない。逃げるという概念自体が崩れる。

 

六道はそれでも笑い、距離を詰めることを恐れない。むしろ、近づけば近づくほど勝ち誇れると信じている。届かない。触れられない。だから煽れる。だから見せつけられる。最強の舞台は、自分の足元に敷かれている――そう思い込んでいた。

 

デルタの手がドライバーへ走る。スタンプが叩き込まれ、ハンドルが捻られた。

 

『GRIFFON!』

『DOMINATE UP!』

『GENOMIX!』

 

音声が鳴った瞬間、目に見えない“境界”がずれた。背中の翼ユニットが開くのとは違う。空間そのものが、見えない布みたいに引っ張られて皺を作る。マンモスの装甲が受け止める衝撃の余白と、ライオンの獅子炉が吐き出す熱の余白、その両方にグリフォンの“掴み裂くための力”が滑り込むことで、余白が余白のまま残らなくなる。圧と熱と爪が、同時に同じ場所へ収束していく。街灯の光が一瞬だけ二重に見え、音が遅れてついてくる感覚が、戦闘域全体に広がった。

 

デルタの前腕に、爪の延長のような装甲が噛み合う。肩から背へかけて、翼の骨格を思わせるフレームが追加され、重量は増したのに、姿勢は軽く見える。軽いのではない。重いものを振り回すために“無駄”が削ぎ落とされた動きだ。グリフォンの武装は、攻撃のための装飾ではなく、接触のための意思だ。掴む。裂く。落とす。そういう単語が、武装の形そのものに刻まれている。

 

六道はまだ余裕を崩さず、口元だけを吊り上げたまま踏み込んだ。至近距離。相手が武装を増やしたところで届かないと信じているからこその距離だ。ここなら煽りが効く。ここなら“最強”が映える。

 

「どうした? また追加か? 無駄だって言ってんだろ。俺に近づけない。触れられない。俺は――」

 

言い切る前に、デルタの獰猛な叫びが夜を裂いた。理屈でも怒鳴りでもない。狩りの合図みたいな、獣の芯から出る咆哮だ。声が空気を押し、粉塵の渦が一瞬だけ潰れる。フェイトが遠くで息を呑むのが分かるほど、戦闘域の密度が跳ね上がる。

 

六道は笑いを保とうとする。保ったまま、目がわずかに見開かれる。怖いと思ったのを認めたくないのに、身体が先に反応してしまう。恐怖は理屈を通さない。熱で乾いた喉、揺れる視界、止めるべき情報の洪水。そこに、この咆哮。六道の防御が“守っている”のは攻撃であって、こういう生理的な圧迫ではない。守られているはずなのに、心臓が早鐘を打つ。その矛盾が、六道の足を一瞬だけ鈍らせた。

 

デルタはそこへ踏み込んだ。マンモスの脚部装甲が地面へ楔を打ち、ライオンの熱が空気を膨張させ、その膨張をグリフォンの爪が“掴む”。掴んだのは六道の身体ではない。六道の周囲に挿し込まれているはずの“距離”――その繋がりの輪郭を、デルタの本能が見つけてしまった。

 

ツカサと旅した時間が、ここで不意に噛み合う。世界が壊れる戦いを、デルタは何度も見た。地形が捲れ、空が割れ、理屈が後から追いついてくる戦い。そこでは、相手の能力を理解してから勝つのではない。勝った後に、なぜ勝てたかを誰かが説明する。デルタは説明役ではない。説明できないまま勝つ側だ。身体にだけ残った“壊し方”が、偶然、六道の未熟な無限の継ぎ目に噛み合った。

 

衝撃波は起きなかった。火花も飛ばない。代わりに、空間に一本の“線”が走った。剣の軌跡ではない。斬撃の光でもない。もっと乾いていて、もっと冷たい、現実の裂け目のような線だ。線が走ってから、遅れて音が追いつく。世界が一拍遅れて悲鳴を上げる。

 

六道の目の前で、距離が崩れた。永遠に挿し込まれているはずの隔たりが、隔たりとして成立する前に断たれた。六道の理屈の上ではあり得ない。無限は“届かない”を作るためのものだ。届く前提が壊れるなんて、説明がつかない。

 

「……は? なんで、近い……?」

 

六道の声は、煽りではなく素の疑問だった。最強の口調が剥がれ落ち、理解の外側に立たされた人間の声になる。六眼で見えているはずの世界が、見えているほどに理解できない形で崩れる。その瞬間、六道は初めて“自分が守られている”のではなく、“自分が維持している”のだと気づきかけた。維持なら崩れる。崩れたなら――届く。

 

デルタは同じように理解していない。狙っていない。狙って出せるなら、それは技だ。今のは技ではない。噛み合っただけだ。偶然、爪が引っかかっただけだ。デルタの視線は冷たく、だが本人の中にも違和感が走っていた。今の感触は、殴った感触ではない。切った感触でもない。もっと根本的なものが、ぷつりと断ち切れた感触だ。

 

「知らない。切れた」

 

短い答えだった。それ以上の言葉が出てこない。出てくるべき理屈を、デルタは持っていない。持っていないまま、結果だけが現実に残る。

 

線が走った場所には、炎も煙も残らない。残るのは、妙に静かな空白だ。そこへ遅れて、砕けた路面の音、焼けた破片が転がる音、街灯が震える音が追いつき、世界が“今起きたこと”をようやく受け入れ始める。六道は一歩退こうとして、足がもつれる。届かないはずの距離で、デルタの圧が目の前にある。恐怖が、六道の膝を曲げた。

 

それにより、彼から特典を、その手にカードを手に取り、回収する。

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