EXCEEDS極東支局の執務室は、無駄に広かった。
壁一面のモニター。操作卓。天井近くまで届く本棚。そして、部屋の中央に鎮座する巨大なデスク。その向こうに、八神はやては座っていた。
白いロングコートを羽織り、腕を組んでいる。ニュースで見た時よりも、ずっと現実感があった。そして、ずっと威圧感があった
「せやから、順番に話すさかい。ツカサ先生、もう少し大人しく聞いてな」
関西弁。昔と変わらない口調だが、その目は笑っていない。総督の目だ。
「大人しく聞くのは性分じゃない。知りたいことがあるなら、自分で聞く」
俺はデスクの前の椅子に座らず、立ったまま言った。隣にはゼータがいる。シイナの家で待機のはずだったが、本部に着くなり俺の影からひょっこり顔を出した。気配を消してついてきていたらしい。なのはもフェイトも驚かなかった。当たり前のように受け入れていたところを見ると、この組織には珍しいタイプが他にもいるのだろう。
「先生の悪い癖やね。せやけど、今日はそうしてもらうわ。時間がないし、私らが背負っとるモンもデカいから」
はやては手元の端末を操作し、壁のモニターに映像を表示した。巨大な生物の映像。山を背にして立つ、ありえないほどの質量を持った怪物だ。
「超大型侵略種『原種』。現在の人類の技術力や魔力をもってしても、不可侵とされてる存在や」
「不可侵、か」
「倒せない、ってことと同義やない。ただ、今の私らじゃ被害をゼロにして駆除することはできひん。それぐらいのモンやってことや」
はやては映像を切り替える。原種の断面図、推定される戦闘力の数値、再生速度のグラフ。どれも桁が違う。
「全ての侵略種は、この『原種』から生まれたとされてる。屁理屈やなくて、本当に親子みたいな関係や。小型の侵略種も、中型の侵略種も、全部原種の欠片から繁殖しとる。せやから、私らEXCEEDSは原種群の駆除を最優先目的に定めとる。親を殺さな、子はいくらでも湧いてくるからな」
「戦闘力、再生力、繁殖力。どれを取っても既存の侵略種より桁外れってわけか」
ゼータが短く呟いた。彼女の目はモニターの数値を追っている。
「せや。普通の侵略種が竹槍やったら、原種は戦車みたいなもんや。いや、核弾頭かもな」
はやては肩をすくめ、次の映像を出した。今度は生物ではない。人間だ。いや、人間だったものだ。
モニターの中の男は、路地裏で何かを貪り食っていた。周囲にはバラバラになった人間の一部。男の目は充血し、口元は血に塗れている。そして、その身体の一部が、侵略種のように変異していた。
「侵略種因子適合人類。通称『魔人』」
言葉が、部屋の空気を重くした。
「文字通り、侵略種の因子を持った人間や。ある意味やったら、侵略種に適応した人類の進化系とも言えるんやけど……大半はあんな感じや」
はやての声が低くなる。
「因子に侵されて、人格が凶暴化する。理性なんてとっくに消えて、侵略種の本能のままに人を食らう。違法薬物の依存症と変わらん。いや、もっと悪質や。手遅れが多すぎる」
俺はモニターの中の男を見つめた。見覚えがある。いや、似ているだけだ。かつて俺が戦った転生者たちに。
「魔人の特徴は、それだけじゃないだろ」
俺は口を開いた。はやてが目を細める。
「先生、気づいてたか」
「ああ。お前がわざわざ俺を呼んだ理由は、それだろ」
俺は一歩、デスクに近づいた。
「魔人の特徴は、転生者に似ている。本来その世界にいないはずの力、あり得ない記憶、そして崩壊した倫理観。どこかで聞いた話だ」
はやては頷いた。表情は固い。
「せや。魔人の発生原因はまだ断定できてへん。せやけど、転生者と呼ばれる連中と、魔人の間には共通点が多すぎる。そして、その両方の裏に、必ず特定の組織の影が見え隠れするんや」
「財団X、か」
俺の言葉に、はやては否定しなかった。
「名前は何でもええ。重要なのは、誰かが意図的に侵略種の因子を人間に埋め込み、魔人を作り出しとるってことや。そして、その技術や情報を転生者にも流しとる可能性が高い」
「なら、やることは一つだ」
俺はデスクに手をついた。
「裏で糸を引いてる組織を潰す。魔人の発生を防ぐ。それがEXCEEDSの方針ってことでいいんだな」
「そうや。駆除だけやったら、私らただの掃除屋や。元絶たなきゃ、意味ないからな」
はやては立ち上がった。白いコートが翻る。その目には、かつて俺が教えた頃と同じ、揺るがない光があった。
「先生とゼータちゃんには、その捜査と制圧に協力してもらいたいんや。もちろん、久瀬シイナちゃんのことも、私らが守る。約束するわ」
「守る、か。お前らしいな」
「当然やろ。私が守れへん奴を、誰が守るんや」
俺は短く息を吐き、背を向けた。
「ゼータ、行くぞ。シイナを待たせてる」
「了解。はやて、データは共有して」
ゼータが壁のモニターに向かって手を振る。
「もう送っとるよ。ゼータちゃんの分析力は頼りにさせてもらうで」
部屋を出る俺の背中に、はやての声が追いかかってきた。
「先生、無茶したらあかんよ。私の前やからって、格好つけすぎやで」
「うるさい。俺はいつでも本気だ」
俺は振り返らずに答えた。
廊下に出ると、ゼータが小さく呟いた。
「はやて、大きくなったね」
「ああ。背丈だけじゃない。背負ってるものもな」
「私たちが置いてきた時間は、ここでは重かったんだ」
俺は何も答えなかった。答える必要がなかったからだ。過去の時間は取り戻せない。だが、これからの時間は、まだ変えられる。
俺はシイナの待つ部屋へ足を向けた。伝えるべきことがある。この世界の敵は、外側だけじゃない。内側にもいると。