「せやけど、先生。話はこれだけやない」
はやてはデスクの向こうから、じっと俺を見据えた。総督の顔だ。さっきまでの関西弁で旧交を温める雰囲気は、ふっと消えている。
「私とEXCEEDSは、先生の力が必要や。ただの戦力としてやない。先生がおるかおらんかで、この世界の行方は大きく変わる。そう思とる」
大げさだ。俺一人に何ができる。だが、この世界の現状を見れば、戦力が足りないのは事実だ。原種、魔人、そしてその裏にいる組織。打破するための切り札がいくつあっても足りるはずがない。
「所属、か。俺は一箇所に留まるのは性分じゃないが」
「形式的な所属でええんよ。給料も出るし、便利やで?」
はやてが片目を閉じてみせる。軽口だ。だが、その目は笑っていない。俺の返事を待っている。
「……いいだろう。ただし、俺のやり方でやる。指図はされるつもりはない」
「望むところや。先生に指図できるなんて、この世界には誰もおらんやろからな」
はやてがふっと息を漏らし、デスクの上の端末を操作した。俺の名前が、EXCEEDSの戦力リストに加わったのだろう。これで、俺もまたこの世界の防衛体制の一部になったというわけだ。
ふと、気になったことがあった。俺はデスクの縁に手をついたまま、視線をはやての顔へ戻す。
「ヴォルケンリッターはどうしてる。あいつらも、お前の側にいるのか」
はやての表情が、少しだけ和らぐ。妹のことを聞かれた兄のような、あるいは家族の自慢をする親のような顔だ。
「あの子らは今、各地におるよ。ここにおるだけやない」
「各地?」
「この世界のあちこちで、現地の人たちと協力して侵略種の駆除に当たっとるんや。私が総督として本部におる間、皆は最前線で現地のハンターや自衛隊と組んで動いてくれとる」
なるほど。守護騎士たちが分散しているということは、それだけ状況が広域化しているということだ。一箇所に戦力を集中させる余裕がないほど、敵は各地で湧き出している。
「シグナムは南方の沿岸防衛。ヴィータは北方の山岳地帯。シャマルは医療班として中央拠点と現場を行き来しとる。ザフィーラは……まあ、あちこち飛び回って、一人でも多い場所を助けとる」
はやては指を折りながら、彼らの配置を言った。まるで将棋の駒を並べるみたいに。だが、その声には確かな信頼が乗っている。
「現地の人と協力、か。あいつらに合わされる側が大変そうだな」
俺の軽口に、はやてはくすりと笑った。
「せやな。ヴィータなんか、口うるさい現地の隊長としょっちゅう喧嘩しとるらしいで。でも、その分、信頼関係は厚いみたいや」
彼らは強い。それに、誰かと組んで戦うことも知っている。かつて俺が教えた頃から、彼らはずっとそうだった。一人で抱え込むのではなく、隣にいる仲間と力を合わせる。そうやって生きてきた連中だ。
「各自が現地と連携して動いているなら、ここはお前一人でも大丈夫そうだな」
「当たり前やん。私がおる限り、この本部はそう簡単に落ちんよ」
はやてが胸を張る。その姿は、俺の記憶の中の小さな少女とはもう違う。世界の重みを背負い、それでも立ち上がる総督の姿だ。
「先生も、よろしゅう頼むで。私の家族が、先生の力になるはずやから」
「ああ。期待してる」
俺は短く答えて、執務室を後にした。
廊下に出ると、ゼータが静かに壁にもたれていた。
「終わった?」
「ああ。所属することになった」
「そう。なら、動く範囲は広がるね」
ゼータが淡々と言う。彼女にとっても、守護騎士たちが各地に散らばっているという情報は有用なはずだ。連絡網が広がれば、それだけ情報の入り口も増える。
俺は窓の外を見た。空は青く、雲がゆっくりと流れている。この平和な空の下で、守護騎士たちが現地の人々と共に戦っている。そして俺も、これからそこへ加わる。